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交響曲第4番



 私が初めて買ったCDに入っていたので、よく聴いた。最初は何がなんだかさっぱりわからない理解不能な曲だったが、他にCDがなかったのでしょうがなくて何度か聴いているうちに、これもまたいい曲だと思うようになった。

 最初から最後まで一貫して暗く、陰鬱な雰囲気だ。第4楽章の最後も、暗くて深い海の中に沈んでいくように終わる。そこから這い出すことはできそうにない。絶望感が漂っている。第3番までの交響曲とは、まるで違っていて、同じ人が書いたとは思えないくらいだ。

 そんな第4番の中での私のお気に入りは第3楽章。暗い中にも盛り上がりがある。この第3楽章の後半部分をどのように盛り上げるかが、この曲における最も重要なポイントだ。心にじ〜んとくるような、身体がしびれるような演奏をしてほしい。それまでの暗くて優柔不断とも思える曲想も、このクライマックスがあるからこそ、許せるのだ。すべてがここにかかっている。絶対に失敗してはならない。

 ただし、それまでのやりどころのない鬱憤をここで一気に晴らしてほしいと期待するとしても、大きすぎる音量で派手に演奏されては、元も子もない。過ぎたるは及ばざるがごとし。節度ある盛り上がりで我慢すべきである。

 なお、この曲の第1楽章は、ドレ〜ファ♯〜ミ〜 と始まる。モーツァルトの交響曲第41番第4楽章の主題である ド〜レ〜ファ〜ミ〜 と比べると、ファに♯がついているかいないかが違うだけで、とても似ていることに気がつく。音の動きは似ているが、シベリウスは重くて暗いのに対してモーツァルトはとても軽快。聴いた印象は全く違う。




パーヴォ・ベルグルンド指揮 ヘルシンキ・フィルとボーンマス響

 この曲はもともと暗いのだが、パーヴォ・ベルグルンドが指揮するこのふたつのオーケストラの演奏は、他の演奏に比べても特に暗い。どうしてこんなに暗く演奏できるのだろうかと思うほど、暗い。。。 ただただ、暗い。。。 演奏が終わった後、演奏者たちが鬱病になりはしなかったかと心配するほどである。落ち込んでいるときに聴くべきではない。
 第1楽章の最初から期待(?)を裏切らない。陰鬱さを漂わせている。
 第2楽章は、冒頭のオーボエだけではなく、最後のティンパニの小さな3つの音までも悲しい響きだ。
 第3楽章は、絶望感にうちひしがれてどうすればよいかわからないとでもいうように、苦しみ、悶えている。そして意を決したように、チェロが深い穴の底から這い上がってくるような旋律を弾き始めるのだが、勇んで地上に出てきてみたところで、期待に反して何も解決されない。
 第4楽章では、どうにかして明るくしようとする試みが感じられる。しかし、それは無駄な努力に過ぎなかったことがわかる。最後は暗くて深い穴の底に戻るしかないのだから。


マゼール指揮 ウィーンフィル

 他の4番の演奏とは印象が大きく違っている。力強いのだ。この曲はどう演奏しても明るくならないので暗いところは相変わらずだが、決して落ち込んでいる印象はない。弱音部でも各楽器の音がか細くならずにしっかりとした音を出しているせいなのだろう。しっかりと大地に足を踏ん張って前を見据えているように感じる。第一楽章のチェロのソロも聴き応えがあって、なかなかよい。
 他の演奏と違っているので、江戸時代の武士ならば、「くせ者っ!」と叫びつつ、刀を抜いて斬りかかろうかというところである。しかし、「くせ者」ではあっても、決して「まがいもの」ではない。マゼールにとって幸運なことに、現在は江戸時代ではなく、人命が尊重されているので、早とちりされて斬りつけられることもない。こういう4番もおもしろいと思う。


カラヤン指揮 ベルリン・フィル

 私のシベリウスの交響曲とのお付き合いは、このCDから始まった。久しぶりに聴くと20数年前を思い出して懐かしく感じる。暗い曲想ながらも、全体的に力強さと美しさとが同居している。なんとも言えない怪しい魅力を感じる演奏である。


ブロムシュテット指揮 サンフランシスコ響

 ほかの演奏に比べて、あまり暗さを感じない。サンフランシスコ響のもともとの音質がそうなのか、録音技術によるものなのかは分からないが、明るいカラッとした響きがこの曲の印象を変えているように思う。演奏自体も、深刻になりすぎることなく、だからといって表情が乏しいわけでもないから、この曲の新しい一面を見たように(聴いたように)感じた。