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R.シュトラウス


リヒャルト・シュトラウスのメタモルフォーゼン

 リヒャルト・シュトラウスの作曲といえば、交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」が有名です。映画「2001年宇宙の旅」の冒頭に流れる派手な曲です。映画の幕開けでこの曲を聴くと、ただならぬストーリーが展開されるのではないかという期待が高まります。実に効果的でした。映画の最後で再びこの曲が流れたときには、何がなんだか理解できなくて頭の中が「??????」という状態でしたけれど・・・。 

 そのリヒャルト・シュトラウスが作曲した「メタモルフォーゼン」をピアニストのグレン・グールドが絶賛していたことを知り、どんな曲だろうと思って聴いてみました。デイヴィッド・ジンマンが指揮するチューリヒ・トーンハレ管弦楽団による演奏です。

 同じリヒャルト・シュトラウスの作曲であっても、「ツァラトゥストラはかく語りき」とは全く違う印象の曲です。最初から最後まで、重苦しく陰鬱な雰囲気が続きます。それもそのはず、この曲には、第二次世界大戦の終わり近くにシュトラウスゆかりの街が爆撃によって破壊されたことに対する憤怒、嘆き、諦念が盛り込まれているのだそうです。

 この曲の特徴として、楽器の使い方がとても珍しいことが挙げられます。バイオリン10本、ビオラ5本、チェロ5本、コントラバス3本、合計23本の弦楽器を使っていて、この点は普通なのですが、なんと23本のそれぞれに異なる楽譜が割り当てられています。つまり、弦楽23重奏とも言えるのです。普通の弦楽合奏は第一バイオリン、第二バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスの5つのパートから構成されるのに対し、この曲は23のパートから構成されているわけです。

 演奏する弦楽器の本数が増えたり減ったりしつつ、多くの音が重なり合い、もつれ合い、絡み合い、かけ合いながら進みます。今までに聴いたことのない独特の響きを聴くことができました。管楽器を使わない弦楽器だけの演奏なのに、23重奏のために様々な響きが生まれます。写真に喩えれば、モノクロだけれども、とても豊かな階調を持っているために、そこにあるはずのない色彩を感じてしまうようなプリント・・・ということになるでしょうか。

 それぞれの弦楽器の音が人間の声のようにも聞こえます。それは悲しみの声であったり、嘆きの叫びであったり、または祈りの声であったりします。いろいろな思いの詰まった声があちこちから立ち上がり、それが溶け合うこともあればぶつかり合うこともあり、そして儚く消えていくような錯覚を起こします。

 30分近い演奏の最後は、もつれた糸がほどけたかのように、静かに静かに終わっていきます。ほかに似たような曲を聴いたことがありません。異色の曲であります。



デイヴィッド・ジンマン指揮 チューリヒ・トーンハレ管弦楽団(2002年)

 上の記述は、この演奏を聴いて書いたもの。私が初めて聴いたメタモルフォーゼンがこの演奏であり、とても感動した。その後、何度聴いても感動的である。
 遅いテンポのじっくりとした演奏であり、ひとつひとつの音に深い感情が込められているようだ。暗くて重々しく、胸が締め付けられるような悲しみ、慟哭と言ってもよいような悲しみが漂っている。メタモルフォーゼンのCDをどれか一枚選べと言われたら、これをお勧めしたい。

カラヤン指揮 ベルリン・フィル(1980年)

 とても美しいメタモルフォーゼンである。美しい弦楽器のハーモニーを聴くことができる。テンポは速めで、滑らかに淀みなく、さらさらと流れていく。他の演奏に比べてとても速く、演奏時間が26分台と短くなっている。
 こんな演奏だから前半部分は物足りなさを感じるが、全体の3分の2を過ぎたくらいのところから、だんだんと暗くなり、足取りも重くなる。この辺りから終曲にかけて表情が豊かになり、深い悲しみや諦念が感じられる。
 というわけで、リヒャルト・シュトラウスのこの曲に込められた強い思いを、途中からではあるが、十分に感じることができる。やはりメタモルフォーゼンは、こうではなくてはならない。カラヤンは、最初から最後まで感情を十分に込めると聴いている人が疲れると考えて、前半は軽く流したのだろうか?

オーマンディー指揮 フィラデルフィア管弦楽団(1978年)

 とても落ち着いたメタモルフォーゼンである。音色が柔らかで丁寧であり、しみじみとした味わいがある。そして優美な雰囲気すら漂っている。
 このような演奏だから、厳しさや険しさはあまり感じられない。この曲に込められている悲しみが心の深いところに抑え込まれているようであり、外に向かって泣き叫ぶような演奏ではない。しかし、感情が抑制された表現であるがために、かえって心に染みてくるようでもある。静かな気持ちでじっくりと聴きたい演奏である。

ブロムシュテット指揮 シュターツカペレ・ドレスデン(1989年)

 とてもゆっくりと始まる。弦楽器の音が艶やかで美しく、全体的に柔らかだ。この曲はどうしても暗くなってしまうのだが、他の演奏に比べれば暗くなく、そして特に重苦しいというわけでもない。薄暗がりではあるが、向かう先には明るい光がはっきりと見えているかのようである。深い悲しみや慟哭のようなものは感じられない。
 この曲に込められた作曲者の思いを聴きとろうとするのではなく、23本の弦楽器が織りなす音が絡み合いながら、様々な和音を響かせながら進んでいく、その音の多層性と、そこから生み出される響きの移り変わりを楽しめばよいのだろうと思う。
 途中でテンポが速くなるが、最後はゆっくりになって静かに終わっていく。悲しみよりは美しさを感じるような終わりかたである。