今までにとてもたくさんの弦楽四重奏団がベートーヴェンの弦楽四重奏曲を録音していて、私が持っているCDは、そのほんの一部でしかありません。ネットで検索してみると、もっとたくさんの弦楽四重奏団の演奏を聴いている人もいるようです。残念ながらその人たちには及びませんが、まずは現段階で思うところを書いてみて、だんだんと追記していきたいと思います。
ベルリンSQ (ズスケSQとも呼ばれる)
最初に、ベルリンSQ(SQはStringQuartetの略)のことを書かなければなりません。なぜならば、とても華麗で洗練されているだけではなく、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の模範的な演奏と言えると思うからです。部分的に見れば他の弦楽四重奏団の演奏が優っていると思うこともないわけではありませんが、全体的なバランスが良く、ベルリンSQの演奏に不満はありません。決して意表をついたりせず落ち着いた丁寧な演奏であり、かつ華やかで、しかも曲によっては深みや厳粛さも十分に感じられます。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲に必要な要素を全て備えていると言ってもよいと思います。
加えて特筆すべきは、スケルツォの乗りがいいこと。特に第6番第3楽章のスケルツォは素晴らしいと思います。速いテンポでリズムに変化があり、そのリズムの変化がおもしろい曲です。他の弦楽四重奏団に比べると速いわけではなく、むしろ少し遅いくらいですが、それでも十分に軽快です。聴いていて自然と身体が揺れてきます。
というわけで、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を初めて聴く人にも安心してお勧めできます。他の弦楽四重奏団の演奏については、ベルリンSQとの比較で評価しても良いのではないかと思えるくらいです。1970年代が中心で1960年代後半の録音もありますが、古さを感じさせず、とてもきれいな音を聞かせてくれます。
エマーソンSQ
細かいところまで神経の行き届いた繊細で情感豊かな演奏です。柔らかくてきれいな音を聞かせてくれます。絹のシャツを思わせるような肌触りの良さを感じます。ベートーヴェンと聞くとしかめっ面をした肖像画を思い浮かべますが、エマーソンSQの演奏を聴くと、ベートーヴェンは笑ってはいないものの、どこかゆとりのある顔をしていて、未来への希望を持っているような、そんな印象を受けます。
美しさという点に関しては、所有する全集の中でも一二を争います。ただし、力強さや厳しさが求められる曲は苦手なのかもしれないとも思います。
脇役を務めることが多くて普段はあまり目立たないビオラが、ここぞとばかり他を押しのけるように前に出てきて頑張ることがあり、そんなビオラが微笑ましく思えます。私はビオラの温もりのある音色が好きなので・・・。
グァルネリSQ
落ち着きのある骨太の演奏で、充実したベートーヴェンの弦楽四重奏曲を聴かせてくれます。チェロの豊かな低音が全体をしっかりと支えています。そのチェロがところどころで第一バイオリンに負けないぞとばかりに自己主張するのが特徴的です。
全体的に遅めのテンポ設定で、例えば第7番(ラズモフスキー1番)第1楽章の演奏時間を比べてみると次のとおりです。
グァルネリSQ 11分25秒
ベルリンSQ 10分48秒
ウィーン・ムジークフェラインSQ 10分28秒
エマーソンSQ 10分14秒
メロスSQ 9分53秒
このようにグァルネリSQの遅さが際だっています。地に足の着いた、しっかりとした演奏とも言えます。ベルリンSQの印象が上品な薄手のカシミアのセーターだとしたら、グァルネリSQは厚手の温かいウールのセーターといったところでしょうか。
ウィーン・ムジークフェラインSQ
ベートーヴェンの弦楽四重奏の全集の中では最初に買ったものです。ブックオフで中古品を見つけ、思いがけず全集を3000円台で買うことができたので、とても喜んだことを覚えています。その後、グァルネリSQやエマーソンSQの新品の全集が同じくらいの値段で買えることがわかり、それほど喜ぶようなことではなかったということに気づくわけですが・・・。
さて、演奏自体は、ウィーンの弦楽四重奏団だけあって、華やかで整った印象を受けます。丁寧な演奏で音もきれいです。ただ、録音した場所の問題だろうと思いますが、残響がとても多いのが気になります。音が豊かに響くので、第6番第2楽章のようなゆったりとした優雅な曲の場合はこれで良いのかもしれません。しかし、音が消えるべきところで完全に消えずに残響が長く残りますから、歯切れが悪くなってしまいます。この録音環境が良かったのかどうか、疑問なしとしません。
メロスSQ
これは硬派のベートーヴェンです。固くかっちりとして、ぐいぐいと力強く進んでいきます。目標とする地点が決まっていて、そこに向かって4人が脇目も振らず突進して行くようです。まるで「走れメロス」です。ですから、全体的に強い集中力と緊張が感じられます。特に私が気に入っているのは、7番(ラズモフスキー1番)の第3楽章から第4楽章に切れ目なく移るまでの緊張感と、第4楽章に入ったとたんの開放感、そしてその対照的なところです。
中期(7〜11番)の弦楽四重奏曲を最初に聴いたのはメロスSQで、それから何年もの間、メロスSQの演奏しか知りませんでした。なので、メロスSQの演奏を聴くと、これこそベートーヴェンだと感じるのです。
その後、図書館でメロスSQによるベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全集(CD8枚組)をみつけました。その図書館に置かれているCDはさほど多くないので、自分が聴きたかったもの(しかも販売が終了している全集)があるなんて全く予想していませんでした。大喜びで借りてきました。
初期と後期の弦楽四重奏曲を聴いてみて、以前の「硬派のベートーヴェン」という印象が少し変わりました。堅実な演奏であり、ベートーヴェンの力強い意志が伝わってくる演奏であることに変わりはないのですが、それと同時に優しさや温もりも感じられます。私がベートーヴェンの弦楽四重奏に求めるものが十分に備わっているように思います。この全集を見つけることができて、とても幸運でした。
タカーチSQ
11番から16番までと大フーガが収録されているCD3枚セットを買いましたので、聴いてみての感想を書きます。本来11番は中期の作品なのですが、12番以降の後期の作品とのセットで売られていました。
4本の弦楽器が一糸乱れぬ繊細な演奏を聴かせてくれます。各奏者の高度な技術と「統制」が感じられます。切れ味の鋭い演奏とも言えます。まるで鋭利な刃物のようで、迂闊に触れば切れて血が出てしまいそうです。全体的に緊張が強く感じられ、楽章間の切れ目なく続く14番では、終曲までの約40分間、緊張が持続します。
しかし、弦楽器の美しいハーモニーが聞こえてこないのです。全体的に響きが薄く、弱音部で音が弱すぎるのも一因でしょうか。曲によっては、もう少し肩の力を抜いて演奏してほしかったと思います。良くも悪くも聴いていて疲れる演奏ですので、ベートーヴェンの弦楽四重奏を初めて聴く人にお勧めするのは、ちょっと気が引けます。
イタリアSQ (2018年4月追記)
全体的にゆっくりとした速度で、一つ一つの音に細かなところまで心を配りながら、表情豊かに演奏しています。その歌い方や表情のつけ方がやりすぎだったら飽きてしまいますが、決してそんなことはありません。とてもよく歌っていながらそれは許容範囲であり、そして自然さを感じる歌いまわしですから、何度でも楽しく聴くことができます。
しかも、4人の奏者が心を合わせ、一糸乱れずに演奏しています。そんなことは一流の弦楽四重奏団なら当たり前と思われるかもしれませんが、イタリアSQの場合は「表情豊かによく歌っているにもかかわらず」そうなのでありまして、他の弦楽四重奏団とは一線を画す演奏だと思います。
もっと早く聴けば良かったと思う一方で、今までにいろいろな弦楽四重奏団の演奏を聴いた後にイタリアSQに辿り着いたからこそ、その素晴らしさをはっきりと認識できたのではないか・・・とも思うのです。
なお、1960年代後半から1970年代前半にかけての録音ですが、当時の最高レベルの録音技術を駆使していると思われます。音質に全く問題はなく、4つの音がほどよく分離され、かつ、ほどよく重なり合っていて、気持ちよく聴くことができます。