交響曲「未完成」
世の中には完成せずに途中で作曲作業が放棄された曲がとても多いはずです。それは完成した曲よりも何倍も何十倍も、いや、それ以上に多いことでしょう。それなのに、シューベルトの交響曲だけが「未完成」と呼ばれるのはなぜなのか? その理由は、この交響曲の第一楽章と第二楽章の完成度が極めて高く、第二楽章で終わってしまうのがあまりにももったいないからです。
別のページではシューベルトのことを能天気であると書きました。しかし、この曲の場合は能天気とかお気楽とか、そんな表現はふさわしくありません。第一楽章は深い地底から聞こえてくるようなコントラバスの陰鬱な響きで始まります。その後は美しいメロディーを奏でつつも、深刻な雰囲気を漂わせながら進みます。第二楽章は少しゆったりとしていますが、気を抜くことができない緊張感があります。一時もゆるがせにできないような、張り詰めた空気が最初から最後まで続き、第一楽章と第二楽章だけでも十分に鑑賞に堪える作品となっています。
しかし、第二楽章が終わったところで、次には軽快な第三楽章が続くのであろうという期待感をどうしても捨てることができません。第二楽章の終わり方としては満点ですが、交響曲の締めくくりを感じさせる終わり方にはなっていないので、第三楽章に続いていくように感じてしまうのです。軽快な第三楽章が続き、さらに締めくくりとして充実した第四楽章が用意されていたら、比類のない素晴らしい交響曲となっていたはずです。
でも、シューベルトは第二楽章までで作曲を終えてしまいました。第一楽章と第二楽章に負けない高いレベルの第三楽章以降をすぐには書けなかったのでしょうか? いずれは書こうと思っていたのかもしれず、途中で終わってしまったことが残念でなりません。