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日記と随筆 12
若いときの足跡…No.1~4<29~47歳>の随想 : No.5~13<19~29歳>の日記です…
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1 29/5/13
・疲れ
鳴呼 何と昨今の学校は疲れることぞ!
生徒の学業不振に 心胆寒し
着実なる「学問」の 如何に少なきものぞ!
時に教師は 全く疲労困憊す
ここに 何の発展が嘱望されようぞ!
疲れを自認するは不味い
わが主体を確立せんがために
厳しき鞭を用意せよ
・学びの時間
食後1時間は 休養すべし
食事は腹8分目で 留るべし
夜は12時迄とす 或いは1時迄とす
精神の弛緩は 是等の不徹底の証左なるべし
自立せずんば やまじ
わが精神は 健全なるも
時間消費法を 前提とするものなり
偉大なる 山を仰げ
2 29/5/17 月曜日
・土曜は宿直にて不帰。日曜は日直にて不帰。生徒土曜締切にて旅行記提出せり。
・旅行記
人生 是れ一冊の歴史の本
「一日再び朝(あした)成り難し」と
古来 人士は教えたり
一日一日と 頁は彩らる
自己の人生を放棄するは いざ知らず
より高めんとするもの 充実を期すべし
旅行記について 一つの訓戒とす
われまた 五十歩百歩なりせば
深き猛省を 憚ること勿れ
・睡眠
睡眠時間は六時間にて足るもの
夜と朝とは問わず
遅くも早くも問わず
この鉄則を破る可からず
・知と行
文学には それぞれ狙うものがある
思想にも それぞれ狙うものがある
何れにしても 個人の脳中の世界であり
机上の楼閣である
脳中の世界から 躍りでて
知と行が一体となったとき
初めて その人の生活が現実となる
文学をやるにしても
思想を組立つにしても
その中核が 据わらない限り
文学者とも 思想家ともなれない
3 29/5/23 日曜日 終日家
・卒論の資料を研究。古文書の難解さに泡をくう。6月10日までに完成したい。
・旅行記が先週完成し、一段落の感が強い。新体詩の朗読を思い出し呻吟す。
春去りゆかば青丹よし 奈良の都に尋ね人り
としつき君がこひ慕う 御堂のうちに遊ぶとき
古き芸術(たくみ)の華の香の 伽藍の壁に遺りなば
如何ににほひを身に秘めて 深き思ひに沈むらむ
藤村「晩春の別離」
4 29/5/30
・いよいよ5月も最後に近づいた。初旬の家庭訪問、中旬の旅行記完成、下旬の論文作成、と次々に大きいことが待っていた。明日一日で5月が終わる。
・昨日は各機関の野球の試合があり、中学は役場とやり敗れた。これが勝てば夕方まで家へ帰れなかっただろう。途中で家へ帰る。
・昨夜は腹一杯ウドンを喰い休む。最近の疲れを挽回して12時間近く眠った。
・本日は1日家にいる。午後4時頃学校へ古文書を持ちに行く。
・千代の松島優、川手清、平沢武子、桐生正宏より手紙が来る。木下氏の手紙には降参する。異常児である。
・小心棒大の言葉を次に掲げる。即、ナマクラ代議士の新党政策なるものである。
政策大綱
「道義は地に落ち、思想は混迷し、政治は汚濁し、経済は危局に立っておる。その間、平和の愛好を擬装する容共破壊勢力は、純真なる国民を惑わし祖国の崩壊を企てている。この危機を打開するため、われわれはここに厳粛なる自省を加え、国民の正しき世論を振起し自立精神を作興して新しき民族主義にめざめたる政治力を結集して新党を樹立し、内は戦争時代の弊風を一掃して文教を刷新し、道義と民主主義を基調とする独立国家の建設を完成し、外は自由主義国家群と相携えアジア諸国との親善友好経済提携を回復両陣営対立を緩和し東亜安定と世界平和に寄与するものである」
余は生徒の前で阿呆なる言葉を使ったことがあるが、一体誰が考えたのか、こんな古くさい馬鹿げた文章など。まさに阿呆のポンスケである。何が故に道義が地に落ちたのか、知っているんだろうか。またもし道義を正さんとするならば、何を以って根本第一のことと考えるのか。「純真なる国民を惑わし」などと、自分からが驕慢の態度をもっていることを、知ることが出来ぬ自惚た議員である。貧弱な文章よ! 哀れなるかな、である。こんな連中が国政を担当する人の中に数多くいることは日本の恥であり、日本の悲劇である。
盲人は感が働くものという。同じく論理的盲人である、反容共を唱導する輩には、感も目もない。十把ひとからげにした、国民を見下した態度、国民の批判はどこから生まれてくると思っているのだろうか。私たちは正しき自由人として生きるための、政治上の資料すら与えられていない現状である。
・教育二法案再度衆院通過、ここに成立。秘密保護法案も成立す。
・今宵思うに
為せば成る為さねば成らぬ何事も 成さぬは人の為さぬなりけり
先ず手始めに鍬をとり、先ず手始めにペンをもて!
是、終生忘るべきことに非ず。
読書また然り。
5 29/6/1 いよいよ六月
・体が大変疲れている。学校の第5時間目の授業、B組の社会科では、目が渋くなって開くのも困難なるほどなり。生徒に対しては申し訳なしと思う。卒論のために全く疲れる。しかし旬日にして脱稿するよう力を入れなくてはならない。序文完成す。次いで、伊那における農民騒動の様子を概観しようと思う。簡単なことに非ず。
・合併問題 職員会にて合併問題の話あり。村の腹は合併に一致せぬ趣あり。面白くなし。下より盛り上がったことでないだけに、熱が無いのは理の当然。上からの法令に依るものなり。10年後でなければ、合併中学校新築の予測はつかぬとのこと。種々なる理由があるだろうが、余は納得できぬ。村民大会か何か、適当な手段を講じたらばと存ずる。先生方としても何の決定的意見なし。村の教育は村の人が考えねばなるまい。責任の所在はやはり村にある。余は政府の方策を疑う。文教政策は結局、金をかけずに教育を行うという、経済的な目的にある。実質的に教育を向上させ、以って未来の日本の水準を高めんとする方策に非ず。教師の負担は倍加する。文教政策が左様であってみれば、教師の活動範囲を狭く限定し、充実した教科指導が行われるよう、自らの手によって改善するようにせねばならない。
6 29/6/3
・学校が早く休みになれば卒論も楽々作れるのだが忙しい。渡辺が野球選手をやったら良いかどうか尋ねに来る。
・漢文に交友の道なる文章二篇あり。大いに参考とすべきものにて、折々漢文を見て精進すべきだ。なかなかの名文である。
・時に思う、授業に当って神が目の前に居るものと考えることは良い着想なりと。余の神は全能であり、理性と愛と美の神である。いよいよ宗教を心の中に確立する準備が出来てきたように思う。余の神は余の前に在るであろう。そして総ての考えを善導するであろう。余はその生命を神にゆだね、神の激励を受けて進むであろう。余の神は余の健康一切を管理している。
7 29/6/16 終日降雨
・学校より10時半のバスにて帰宅す。以降今晩12時まで卒論の草稿仕上げを急ぐ。一方ならぬ苦労なり。
・国会の乱闘は目に余る。余の感想をまとめんとすれども時間なし。為に新聞を保存す。中国北京放送及びイギリスより、日本の政局に関するニュースを10時に聞く。殊に北京放送にては、吉田内閣は再軍備と軍国主義の法案を強引に国会を通過させて、米国訪問の手土産とせんとしている、と言う。その吉田内閣に反撃せる国民の反駁が今国会の不祥事件である、と見ているようだ。ここ数日の新聞は保存するつもりだ。
・土産
この土産 なかなかいつも(平常国会)と 異うなり
何時まで待たば 荷はまとまらむ (吉田)
おっとドッコイ そうとはいかぬ 臭いもの皆さらけだせ (野党)
早く荷造りができんか!
ヤッ、この紐は・・・切れそうだ。
オィ!・誰か手をかせろ!
オャ!誰か引っ張ってやがる、誰だ貴様は? (吉田)
俺だよ。ただじゃ、やらねえぞ。 (野党)
ハイハイ、吉田さん、なんですか? (国警)
外遊がのびて、お生憎様ですな。 (亡霊)
えらい重そうやなぁ、一体何が入れてあるんやろ。 (国民)
8 29/6/8 学校休業保健所にてレントゲン検診
・午前9時20分集合、例年より早く済む。11時のバスにて帰宅。向文堂より全集本七冊受け取る。
・5時のバスにて学校登校、明日の国語 (総合テスト) 問題を作成す。原紙2枚一杯書く。帰宅後渋茶を飲みて、卒論草稿に取り掛かる。10日完成の目安つく。丑満の刻なり。安永の農民騒動の項へ人る。峠騒動もおよそ上出来と思う。明晩は安永の項と結言を完成し10日に清書を終えて、11日朝、局にて発送する予定なり。
・警察法国会を通過す。両社、労農出席せず。読売は両社の態度を非難しおる。英国水爆演習中止との記事一寸載せられておる。面白く拝見す。
・何を以って生きたらよからむ。人間も地上一切の生物の範疇を出ず。名も知らぬ路傍の草に同じ生き物なり。所詮、こうした結論に帰一するものかも知れない。
・仏法僧の鳴き声をラジオにて聴く。また、カジカの鳴き声も聴く。兄もいい声だと言う。美しい自然の声か。あの声も哀愁が宿るものかもしれぬが、ともかくいい。
11日 日大通信教育三年編入の卒業論文提出す。
・全力を傾注せり。8日は徹夜、9日2時、10日3時。
・渇望の書、ヒルテイの幸福論を手に入れる。
12日 明日より農繁休み。 ああ、疲れた、草臥れた。
13日 本日より休みに人る。終日沢の草掻きをする。兄もよく働く。体がなまくらになりかかっているので、体のためには非常に良かった。
14日 天候悪しく雨が降る。余は卒論の控えを書き始める。柴田さん、小林先生がよくやると言って驚いていたが、何も特別のことではない。時間を最大限に使うだけのことなり。
15日 宿直にて登校す。続いて16日は日直。登校途中、吉川美代子に遭う。きちんとした支度なり。朝、学校へ掃除に来て遊んで・・・というのは不味いが、家の仕事も無く暇をつぶしていたのは、W・M・Kの三人なり。俸給、期末手当、勤勉手当等支給さる。大いに有難きことなり。
17日 卒論が終わってしまったら一度に疲れが出たのか、夜はさっさと眠る。しかし、今度は7月10日までにレポートを16通書かねばならない。自分のことながら御苦労なことなり。
・本日家にて2階の整理をす。2週間ほどガタガタであったので、ものの見事に混乱していた。夕刻蛍光燈を購入して取り付ける。学校が休みになると、全く精神的に楽になり、自己の世界を内省し、考えを取りまとめるには好都合。明日は蚕の上簇で、終日忙しいことだろう。レボート書き始む。
・漱石の文体は誠に宜敷い。何度読んでも飽くことがない。根幹となっている、彼の思想・人格主義が淀みなく深いところを流れているからだと思う。広田先生には好感をもてる。恐らく漱石も広田をして、自己の生活態度を表現せんとしたものてあろう。少しも誇張したところなく、極く平凡のうちに力強いなにものかが、余の脳裡を刺激する。まだ三四郎続きなり。何とか勉強して、こうした・・・漱石のように、書いてみたい気持ちにさせられる。余は既に満25歳なり。
9 29/6/19 千代訪問
・昨日は上簇にて、一日中手伝いをする。回転式上簇という珍しき方法なり。夜風呂に入って休む。
・本日思いつきて、千代へ行く。9時発の千代行きなり。窪田先生歯を抜き、総入れ歯となりたるとの由、お爺さんのようで見違えた。立派な人だ。ものにくよくよせぬ、一緒にいれば、もうそれで良いような感じをうける人だ。余もそのようになりたい。何の話をせずとも、温かき情を感ず。北川先生は不在、6時30分に訪問す。長谷部先生が奥さんになっていたのを始めて見る。なんだか可笑しい風情なり。もはや彼らは、れっきとした夫婦なればなり。熊岡君にあう。川手千尋が妻となれば最上なれども、まだ20歳にて若しとの事。誰でもよいような気がするが、余が生徒を見て判然とする如く、それぞれ人には異なる性格があるから、余程考えたらよかろう。6時40分発のバスにて帰る。「自由と規律」を借用す。
・イーヴリン・ウォーの小説「衰頽と落魄」の中で、主人公、ダライムスは言う。
「しかもその上、いいかね、俺はパプリック・スクールの卒業生なんだぜ。こいつが大変なことなんだ。イギリスの社会には、パプリック・スクール卒業生は、決して餓鬼道には陥さないという有難い掟があるんだ。どの道、人生が地獄の苦熱としか思えないあの年頃に、4年か5年、パプリック・スクールで地獄の経験を済ましておけば、後はこの社会制度のお陰で、どうにかやっていけるというわけさ」
要するに、大学とか高等専門学校とかは、高等な学問を修めるための施設てあって、例え一家の経済が許すとしても、ここは学ぶ意欲や素質を持たないものが志すところではない、という平明な常識なのである。学校とは学問をする人間の行くところ、然らざる人間は行かない・・・はっきりしているではないか。学問を志す人間が「本日休講」の掲示に手を拍って喜ぶあの心理状態は、到底彼らの解し得ない所なのである。
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