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日記と随筆 11
若いときの足跡…No.1~4<29~47歳>の随想 : No.5~13<19~29歳>の日記です…


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1 29/2/26   栞完成・言葉

・栞完成  生徒は非常に嬉しそうだった。自分の過ぎしその日を考えてみて、旅行ほど楽しく憧れているものはないと思える。若い鋭い感覚、記憶力は、あとあとまでその情景を脳裏に刻むことであろう。「旅」はいろいろのものを我々にくれる。

・言葉、重厚ではなくて浅薄  私たちの生活は、全体としての個人の統一は、欠くことのできない条件である。3か月前に「AはBなり」と主張し、今日また「AはCなり」と主張していたとすれば、そこには統一的個人の存在は考えられない。横の関連ということを以前に書いたことがあったが、考え方の中に時間的な連結というもののない人は悲しむべきものである、と考えていた。以来今年で8年目になるが人間の考えの浮遊性には驚く。

 一般に人対人の交渉は「言葉」を通して行われる。人は主に言葉を通して理解し、批判し、判断している。だから「言葉」というものには、大きな注意をはらい、価値をもたせています。言葉によって如何に大きな感動を得たことがあったことだろうか。反対に、どうも眉つばかなと考えながらも、又ことの真実を見抜こうと気をつけて聞いていたのにも拘わらず、表面的な言葉に左右されてしまったようなこともある。考えてみると、言葉によって対人関係では右往左往することはあっても、自分の考え方や生活態度や思想には、血となり肉となったと思われた記憶は少ない。話し言葉には、一般的に浮遊性があるものである。

 文字言葉は、個人の責任を生ずるので、お愛想をいうとか、適当に相づちを打つとか、そうした態度がないだけに或る程度信頼できるものである。

2 29/2/28 教員の政治問題がいよいよ「討論会」の議題に

 うとうと午睡をしていて一時になった。ラジオが一人で鳴っていたのでスイッチを切ろうとした。ところがラジオから流れている話は、現在問題になっている教員の政治活動云々であった。出席メンバーは自由党、社会党、毎日論説委員の三名であった。以下放送討論会を聞いての私の感ずることを述べる。

 簡単にこの問題について述べることは不可能であるので、結論的な事項について書きたい。まず自由党より法案の提出理由をあげ、この法案がなくては教育が危機にあると主張している。法案の条文はいずれ全文知る機会があるとおもう。枝葉末節の理論から、なんの核心をつくこともなく、吉田内閣の代弁をしている。アメリカ代弁者吉田の出張講義であって、思想問題が内包されるのに何等の思想的裏ずけもない空念仏であった。吉田の再軍備ひいては憲法改正のためには、日本の労働組合の一つである、しかも有力な教職員の組合、日教組の力が大きい障害であるはずだ。戦争に反対する教師は、アメリカの政策、即ち、反共戦線の強化のためには大きい障害である。しかも教師は、有識階級の一代表者であって、これら五十万余の教師の活動は、アメリカ資本主義的な、そしてその結果戦争誘発的な政策に反感をいだいている。日本は、アメリカの.防共の植民地化されようとしている。ここには思想の自由はありえない。アメリカ流の、否、アメリカの善良な市民ではなくて、その資本家としての指導者流の考え方、による思想の自由以外考えられない。

 左派社会党は、理路整然と法案に反対していて胸がすっきりした。この党は正面より自由党と対抗しているからではあるが、今回の法案をそれ自身として論じなかった。自由党政策の一環として、今回の思想活動取締は必至の道程であり、かかる無道な法案には全力を挙げて反対すると論じている。これはその通りであって、平和を愛するものにとって、戦備を無言裡に推進し頬かぶりをしている考えには、決して同調することは出来ない。

 次に、同様、反対を声明した、毎日新聞論説委員の説を挙げよう。「従来、報道関係者の意見としては中立を守ることが普通であるが、率直に申してこの法案には、屋上屋を重ねる法案として反対したい」と第一声を放った。勿論良心的には中立を守るべきことを百も承知しつつも、日本の教育の今後が非常に心配されるために、斯様に主張しているということが理解できる。

 気につくことは、三人の演者に対する聴衆が、法案反対を支持していることがはっきり判ることである。それなのに、自由党はこの法案を立法化すべく前進している。軍備はしないと選挙の時は言いながら軍備をし、M・S・Aが反対されながらもそれに調印せんとしている。権力、是に対する民衆の無力、選挙の低級さ、政党内の代議士の腑甲斐なさ。棄権防止など、とんでもない運動に学校が参加したことは反省して余りある行動だった! 私は別に政治的な色彩をもって教壇に臨む気持ちはない。時の政府に反抗すベきときは、私の信念のために反抗しなくてはならない。真理は平和と通ずる。私たちは心の中に芽生える闘争意識を、まずそれから改めなくてはならない。平和のために剣を取れとは言えないのである。剣を取るまえには、それまでの方法があることを考えなくてはならない。私はいたずらに時の政府に乗ずる気持ちは毛頭もない。また時の権力に屈服する気持ちは毛頭もない。真理を心の中に確立し、その伸長を期するつもりでいる。そこで、個人的なものとして、いま私が声を大にしてみても、何の価値もないので、選挙の時には一人一人が、ほんとに真剣になってもらいたいと願うのである。自由党の諸君が叫ぶことにいつも従うほど、馬鹿げた人間ばかりてはないだろう。汚職でもなんでも、豪傑然としてフンゾリ返っている大臣よ、身の汚い恥を知れ、代議士も恥を知るべきである。途中だがこれでやめよう、眠くなってきた。

・兄の結婚のため、本日牧内芳雄先生が富田へ酒入れに行った。2時半のバスで帰ってこられて後、本家の武兄と共に五人で内祝いをした。3月14日は結納を取り交わす日である。兄の幸福を祈る。

・WORK WHILE YOU WORK     働く時は働け
  Work while you work,    働く時は働け
  Play while you play,    遊ぶ時は遊べ
  That is the way      これが 
  To be cheerful and gay.  快活悦楽の方法である
   Whatever you do,      やるときはいつでも 
   Do with your might;    力一杯 やれ
   Things done by halves   中途半端は
   Are never done right.   快活悦楽にならず
  One thing at a time,    二兎を追わず
  and that done well,    一兎を追え
  Is a very good rule,    一切現蔵こそ
  as many can tell,     基本原則だ
   Moments are useless    無為に過ごせば
   when trifled away;     蛍雪の功なし
   So work while you work,  故に 学ぶときは学べ
   and play while you play.     休むときは休め

・ゆびふるることのみばかりおもえただ
       かえらぬむかししらぬゆくすえ

3 29/3/12   高校選抜試験

 本日より高校選抜試験が行われる。受験者の気持ちになりきることの如何に困難、且つ不可能なるかを知る。生存競争の一断面である。

   継ぐ子等が 今日を先途と 覇を競い

 この句は傍観的なもので、少なくも俳句に非らず柳多留に類す。資本主義は利己主義の肯定を前提として成立している。日本の経済機構がそうであれば、思想傾向も当然利己主義を包含している。そこで利己主義を論破しようとするものは、自分の立っている舞台が何造りであるか悟らぬものか、さもなければ社会知識と判断力に欠陥をもつものである。継ぐ子等、教えてきたこの生徒達が、世の構造とその背景になっている経済力および歴史的な問題に対して適確な洞察をなし得るものであれば、柳多留川柳の依って生まれる心境が理解できよう。吉川美代子は文集の作品「勉強」の中で、知識と生活を結びつけることにより、学問本来の意義があると説いている。彼女の考えは、その年齢からみるとき高度な理解力をもつものの考えである。人間が真実、善行を或いは美を希求する崇高な目的をもつかぎり、心あるものは人生の「品」を大切に取り扱い、人格の構成を真剣に考え、またこれらと日常生活万端の諸問題を統一的に理論化し、その実現を夢想するものである。こうした立場は実に大切であり、小生の考えが知らぬまに生徒の血となり肉となったのかも知れない。この正しき考えが、やがて数年後到達するそのときの姿は、如何なるものであろうか。矛盾、自己撞着、自我意識の没却などから種々の問題を生ずる。さあその時だ、人間が生物界の動物であり無力な個人であるということを悟るか否か、そして、自己内部に哲学をもち、宗教について決然とした気持ちを持ち得るのは。

 生存競争は激しい。学校でも同じようにテストだ。世の中の知識が啓発され、文化が向上すればする程、教育の分野では将来の或る時がくるまて、必然的に知識の鍛え上げの教育が行われ、それが生存競争の一断面として、強力に進められて行くであろう。

   鉛筆を いじりまわして 一時間  …犠牲者の姿…

4 29/3/22   教師の師走の姿

 3月12日以降旬日の時が流れた。その間ついに日記を書かずに終えてしまった。しかし悔のない生活の連続であった。生活記録としての価値はないが、幾多の参考になることを耳にし、実際身をも顧みて何等か感ずるところがあって有意なる生活であった。殊に、実は人間生活の中では最も排斥さるべきことに関することだが、職員相互の動静が強く胸に響いた。これは異動の問題に関連して耳へ入ってきたことである。S先生から校長、教頭両氏の人事に対する内幕を耳にし、次いでZ先生の大下条行きの件、更に来年度の学級編成と各先生方について、或いは本年度を通じてのクラプ、総合テストの問題、賞状云々の件、等相次いで耳にした。またK・A・T先生の批判、Y先生転任内幕など種々の問題が姿を現してきたのである。更に前校長とK・A両氏の交渉、Y先生から小生へのクラス引き継ぎについての内幕露呈等々、流れゆく小川の泡の如く表面に浮いてきた感じがする。こうした事々に耳をかす機会がおおく、人間の腹の小さい点と自己欺瞞の関係、自己安住と不平との関係、更に自己満足と言語活動の関係などが、直接小生の頭脳を剌激した。これらはここ十数日の職員の動向である。更に言を重ねるならば、生徒が自分を慕わなければおれないような考えをもつ小人の存在すること、更に、人間が感情動物の典型であることを、言い換えれば、人間が自己の思想・理念を放棄して自己満足によって自己の存在を自認するような動物であるということを、典型的に発揮したと言えるのではあるまいか。正直のところS・K・M先生三人は良き友と言える。K・A両氏が如何に多くの不純な考えをもっているかということを知るとき、哀れな心さえ襲ってくる。一年間小生は黙って歩んできた。そして、幾多の日常行動をみるとき、どうも割り切れない問題が胸に浮かんでくるのである。

・クラス会誌「足跡」の原紙を切り終えた。大変骨の折れる仕事であった。

・6時過ぎ学校を出てS氏と談ずる。彼の妻に対する態度は余り宜しくないから注意すベきである。彼の恋愛推奨論には反対である。彼のクラブに対する考えにも反対である。然し彼の経験は広く、耳にすべきことも多かった。

5 29/4/2   三年 第一歩出発

 多忙なるままに4月2日を迎えた。昨夜は宿直のため日記を書かず。3年C組は2階東の広い教室となり、机が新しくなった。生徒は喜んでいた。清潔という感じとともに3年第一歩が引き締まって出発できたのはよい。生徒にはできる限り知識の世界へ深入りさせたいと思う。始業式後教室へ入ってから、担任の希望を話した。皆の顔が明るく希望に満ちている。そんな生徒を前にして、最後の義務教育課程である中学3年を迎えての希望とか計画を建てるようすすめた。いろいろ問題があればあるだけ勉強の時間がさかれていくのは必然的帰結である。小生はそのため、生徒が時間的に余裕をもって行動できるよう取り計らってやりたい。

 さて、人間それ自身全く口やかましいものである。やはり理屈が多過ぎて、自分をも泥沼の中に飛び込ませると共に、他人に対しても、自己の支配下に置くよう要請するため、義理とか人情とか誤りやすい言葉を使わねばならぬようになる。

6 29/4/11   混沌

 連日多忙である。ほんとに疲れる。こうしたことは教育上幾多の問題があることだと思う。小生がやってきたことを列挙することは意味ないことだが、兎も角、この日記を手にすることのできぬほど多忙であった。しかもこの間の問題を一言でいうとすれば混沌と言わざるを得ない。

愚作 一波乱剣もほろろに参りけり  3・31時間割の発表
   哀れなり施政演説幼稚園    4・2 式辞
   解らずや口角泡を飛ばしつつ  4・3 クラブ編成朝会の空気
   風薫る桜にベボー舞い集う   4・3 教室前三分咲き吉野桜を愛でて
   閑かなり風にサイレン鳴り渡る 4・3 3C教室、昼のサイレンを聞く
   来る年も無常なりけり花吹雪  4・8 朝HR教室、中庭を眺めつつ
   浮名をばこれを先途とふんばりし
        哀れ人の世春は爛漫 4・8 同上

7 29/5/3   五月雨は大地に

・五月雨、絹糸の雨、これは素敵な表現だ。何故か細く続いている。天から地まて続いているのかと疑う程である。五月雨は美しい雨だ。千代の酒屋の庭が思いだされる。ドウダンは美しくなっただろう。

・横光利一40歳にして「旅愁」を書く。しかしながら、われ弱冠にして之を通読せんと試みるに、読むに耐えぬ所あり。如何なる思想が全編を通して流れているか知らないが、作品主要人物である矢代と久慈についての風貌は隙間が多く、思想が透徹していない欠点がある。そのため、小生には満たされぬ所あり、継続して読む気持ちを失う。これが偽らざる感想である。

・そこへいくと、明治の文豪夏目漱石の作品は、精選され、すっきりした感じを与えてくれる。大変な相違である。旅行記を書くようにしてから、坊っちゃんを読んでみたが、またして文体から得るところがある。語彙が多いのには驚く。総ゆる思想も言語を自由に使い得ることを前提とする。こうした意味で漱石の作品に敬服する。

・家では二階へ箪笥を二つ上げた。兄の結納の支度のため、父は飯田からいろいろな水引きをかけたものを買ってきた。夜は草餅を食べる。

8 29/5/5   賢兄結納献上の日

 祝福すべき日なり。幾多のことを感ずるなかに、本家の武兄をみて、人生の推移を痛感する。仲人桐生武、先導牧内芳雄、桐生ユキ、宮脇ミスラ、宮井茂人、松沢保雄夫妻及び子供2人、以上が客人であった。夜11時に及ばんとし、客人や家の者は休む。独り母は台所で茶碗や皿を洗っている。こうした音が、静かな家の内から無辺の世界へ消えていく。父なるかな、母なるかな、兄も私も頑張らねばならぬ。無言の教育は皿の音に宿っている。多言すべからず。 こうして5月5日、兄の誕生日と結納及び子供の日は暮れた。さあ、これから漱石の三四郎を読もう。

9 29/5/12

・ドリルは月曜より始む。教科書に準ずる。

・4時より図書委員会、校長の異議について協議、結論を得ず。

・4時半より旅行反省会、特記することなし、6時半まで。

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