私が生まれ育った町は、北海道の北端に近く、とても寒いところです。日本海に面しているので、冬は西からの強い季節風が積もった雪を巻き上げるため、毎日のように吹雪になります。
市街地のはずれに農業高校がありました。今でもあります。日本で最も北に位置する農業高校です。ところが、周辺一帯で過疎が進んでいて、生徒がとても少なくなっているため、このままでは廃校になるかもしれないのだそうです。私は隣町の普通高校に通いましたので母校ではありませんが、私の町の唯一の高校ですから、廃校になりかねないと聞くと心配になるのです。
その農業高校の先生が実話をもとに書いた物語が「羊に名前をつけてしまった少年」です。なんでも、最初は生徒を募集するための絵本を作成しようとしていたのが、ひょんなことから物語を書いて出版しようということになり、国語の先生が書くことになったのだそうです。しかも本の装丁をしている人は同じ町の出身で、私もよく知っている人です。そんなわけで早速アマゾンで購入して読んでみました。
この小説が扱っているテーマは、特に珍しいものではないと思います。家畜の命と、それを食べる我々人間との関係。人間が生きるためには他の動物を殺して食べなければならないこと、食べるために育てることをどう思うか、などなど・・・。誰もが一度は考えることでしょう。
この物語の場合は、農業高校に通う高校生が、誰よりも熱く、そして濃く、直接的な経験をしてしまったところに特色があります。農業高校が飼っている羊は家畜であり、ペットではないのですが、その家畜に感情移入してしまった高校生の動揺が伝わってきます。「羊に名前をつけてしまった少年」という題名からストーリーがなんとなく想像できてしまうにもかかわらず、読んでいて引き込まれました。日常の食生活で忘れてしまっていることに気づかせてくれます。また、若い高校生の純粋な気持ちに心打たれました。物語は主人公の高校1年生の終盤から始まって2年生の途中までで終了しているので、高校生活の後半をどのように過ごしたのか、とても気になるところです。
この本には私の故郷の自然や風景も正確に描写されています。冬の厳しい吹雪、遅い雪解け、春の芽吹き、短い夏・・・。それぞれの季節の空気に特徴的な肌触りと香りがあったことを思い出させてくれました。
また、高校と小学校、神社の位置関係など、町の様子が忠実に書かれています。主人公が新聞配達をしていた区域に家具店があると書かれていると、それはA家具店に違いないとか、高校に向かう途中の坂道はあそこだとか、手にとるようにわかります。書店がつぶれてしまったことは、この本を読んで知りました。読んでいて、高校時代まで過ごした町の風景が瞼に浮かんできました。とても懐かしく思い出させてくれた作者に感謝したいと思います。