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魔送球についての考察

2001年3月20日UP


 私と同じくらいの年代の人、それも男性ならば、誰もが知っていると思います。「魔送球」のことを。 野球漫画の「巨人の星」で、星飛雄馬の父である星一徹が投げた魔球です。先日、なぜかわかりませんが、この魔送球のことが気になってしょうがなくなりました。そして、いろいろと考え込んでしまったのです。
 最初に、知らない人のために「魔送球」とはどういう魔球なのか、それを簡単に説明しておきます。

 むかしむかしあるところに、巨人軍の三塁手で星一徹という選手がいました。彼は、戦争(太平洋戦争)に出兵し、肩を負傷してしまいました。そのため、戦争が終わってから野球を再開してみると、三塁から一塁まで速いボールを投げられなかったのです。一塁まで届くのがやっとというありさまでした。この弱点を克服するため、星一徹は、一塁に走る走者に向かってボールを投げ、あやうくぶつかりそうになったところで急角度でカーブし、一塁手のミットに吸い込まれるという魔球を生み出しました。これが魔送球です。一塁に向かう走者は、自分に当たりそうになるので、思わず立ち止まってしまいます。そのため、ボールが先に一塁に届き、アウトになってしまうというわけです。
 この魔送球は、星一徹から息子の星飛雄馬に受け継がれました。そして、星飛雄馬は、魔送球の原理を応用して大リーグボール2号(消える魔球)を生み出すのです。

 このような素晴らしい魔球であるにもかかわらず、この二人の親子以外に、魔送球を投げる野球選手は現れていません。とても不思議です。なにか魔送球には問題があったのでしょうか・・・? この点に関する考察の結果、魔送球は、意味のない魔球、言い換えると、恐れるに足りない魔球だったという結論に達しました。その理由を、順を追って説明しましょう。



 

 同じ人が投げる場合、最も速い球は、変化球ではなく、直球です。変化球は、途中で曲がるために、スピードが犠牲になっているのです。ですから、星一徹にとって、魔送球は、直球よりも遅かったはずです。これが理解できれば、あとは簡単です。

 魔送球はどういうときに投げるのか、それをもう一度思いだして下さい。普通に直球を一塁に投げたのでは間に合わないときに投げるのです。もしも走者よりも速く一塁にボールが届くのならば、魔送球を使うまでもなくアウトにできるのです。

 したがって、直球を投げても一塁に間に合わないときに魔送球が必要となるのですが、ところが魔送球は直球よりも遅いわけですから、魔送球を投げても、走者が先に一塁に着いてしまうのです。だから、魔送球を投げられても、走者は一目散に一塁に駆け込めばよいのです。そうすれば楽々セーフになるはずです。

 漫画の中では、一塁へ向かった走者が魔送球に当たりそうになり、足がすくんでしまってアウトになりました。しかし、本当に魔送球が当たりそうだったのならば、普通の送球でも一塁でアウトにできたに違いないのであって、魔送球を投げる必要はなかったのです。そうではなくて、そのまま走り続ければセーフになるのに足がすくんでしまったということならば、それは走者があまりにも臆病だったためです。いくら戦後の選手不足の時代とは言え、プロ野球選手としての資質が問われると言っても過言ではありません。



 これで魔送球は意味のない魔球であり、星一徹の血の滲むような努力は無駄だったということがおわかりいただけたと思います。しかし、これだけで話を終わらせてしまうのは、星一徹に対して失礼に当たります。上に書いたような問題を理解しつつも、全く意味がないと言い切ってしまって良いのかどうか、もう少し考察を加えてみましょう。

 三塁手星一徹になったつもりで考えてみると、なんとしても一塁へ向かう走者に恐怖感を与えなければならないのです。そのためには、たまには本当に走者にぶつけることも必要になります。ちゃんとした魔送球と、魔送球に見せかけた走者直撃の直球とをうまく組み合わせることにより、魔送球が効果的になるのです。星一徹の持って生まれたあの恐い顔とドスの利いた声は、この場合に非常に有利に働きます。敵に勝つためには、まず己を知る必要があるという、勝負における必要最低条件をクリアしていたと言えるでしょう。

 それに加え、ぶつけられるのを恐れたバッターが、三塁方向に打たないように気をつけるようになることは明らかです。これこそが星一徹が考えていたことではないかと私は想像するのです。打球が飛んで来なければ、こんなに楽なことはありません。すなわち、星一徹は、いかに楽して野球をやるかということも考えていたに違いないのです。

 しかし、一見もっともそうな(?)この考えにも弱点があります。たまに走者にぶつけなければならないのですが、ぶつけることができる場合は、ボールが走者に追いつくわけなので、一塁に投げればアウトにできます。それなのに、ぶつけてセーフにしてしまうのですから、勝つための野球にとって、これは重大な問題です。チームにとっても大きな迷惑に違いありません。もしも江本が巨人のピッチャーだったら、「サードがアホだから・・・。」と言って、野球をやめてしまったであろうことが容易に想像できるのです。

 しかも、星一徹は肩が弱いので、ボールのスピードは決して速くありません。走者は簡単にそのボールをかわすことができると思います。走者だってプロ野球選手なのですから(一部にその資質が疑われる選手が混じっている可能性は否定できませんが・・。)。

  最後に、川上哲治について触れておかなければなりません。チームメイトであった川上は、星一徹の投げた魔送球を見て、危険なので使ってはいけないと星一徹に注意し、引退を勧めました。そして、星一徹は巨人軍を去ったのでした。

 あのとき、聡明な川上は、魔送球には意味がないことを知っていたはずです。しかし、そのようには言わず、あくまでも「危険だから」と言ったのです。これは星一徹の涙ぐましい努力を知る川上の温かい気持ちの表れではないでしょうか? もしも「意味がない」などと言えば、星一徹がどれだけ落胆したことか、想像するだけで辛くなってしまいます。そして、川上がこのような配慮ができる人間だったからこそ、その後に監督になり、V9を達成できたのだと私は考えています。

 それに対し、星一徹がこの川上の気持ちを理解できていたかどうかは大いに疑問が残るところです。理解できていれば、息子の飛雄馬に苦労して魔送球を教えることはなかったでしょう。そして、魔送球の原理を応用した大リーグボール2号(消える魔球)が登場することもなかったのです。大リーグボール2号は、大いなる勘違いから生まれた魔球だったと言えるのではないでしょうか。
 


 
 さて、ここまでが考察の中心部分ですが、さらに専門的な考察をいくつか加えてみます。ここからは、巨人の星のストーリーをよく知っていなければ理解できないかもしれませんので、悪しからずご了承下さい。

 

(1)長嶋と魔送球

 長嶋茂雄が巨人軍に入団したとき、まだ子供だった星飛雄馬が、長嶋に魔送球を投げつけた場面があります。このとき、長嶋は魔送球の球筋を読み切り、自分に当たらないと確信し、全く動じませんでした。それを見た星親子は、長嶋の能力に驚きます。
 しかし、この事件が意味することは、プロ野球選手にとっては、直球よりもスピードの遅い魔送球は恐れるに足りないということなのです。なので、このことからも、上に書いた私の理論が裏づけられるのです。
 それにしても、星親子の鈍感さには目を覆うばかりです。少なくともこのあたりで魔送球の威力に疑問を持っても良さそうなものですが、次に記したように、飛雄馬は、その後も魔送球を使うのです。

 

(2)巨人軍入団テスト

 星飛雄馬が巨人軍の入団テストを受けたとき、飛雄馬がピッチャーになり、速水(こんな字でよかったかどうか、自信がありません。)がバッターとなって対戦しました。飛雄馬が投げたボールを速水がバントし、そのボールをとった飛雄馬は、ここで魔送球を投げたのです。そして、速水は、魔送球に驚き、立ち止まってしまったためにアウトになり、飛雄馬が勝ちました。
 このことから、魔送球には意味があるではないかという反論が出てきそうですが、それは間違っています。速水は陸上選手であり、野球に関しては素人だったということを忘れてはなりません。速水のボールに対する反応能力は、プロ野球選手として必要なレベルに達していなかったのです。速水が巨人軍に入団してから全然活躍できなかったことからも、それは明らかです。
 したがって、このことを根拠として魔送球がプロ野球で使えると考えてはならないのです。

 

(3)金田投手との会話

 巨人軍に入団した星飛雄馬は、大先輩の金田正一投手に、自分は直球しか投げられないので、カーブを教えてほしいと頼みました。飛雄馬は、魔送球を投げられるのに、自分には直球しかないと思いこんでいたのです。そして、金田投手も、「君には魔送球があるではないか」とは言いませんでした。それどころか、「大リーグに通用するボールを生み出すんだ!」などと、わけのわからないことを言っただけでした。
 このことからも、魔送球は、プロ野球の世界では使い物にならなかったことがわかります。

 

(4)大リーグボール2号(消える魔球)

 星飛雄馬は、魔送球の原理を利用して大リーグボール2号を生み出します。魔送球が横に急角度で曲がるのに対し、大リーグボール2号は縦に急角度で曲がり、ボールについた泥を利用して消えるという理屈でした。ここで、横と縦とでは全く別のものではないかという疑問が生じますが、この問題には深く立ち入らないことにします。
 この大リーグボール2号も、宿命のライバルだった花形のヘルメット落とし作戦の前に、あえなく打たれてしまいます。落ちたヘルメットが泥の働きを抑えたため、ボールが消えなかったからです。
 しかし、ここでよく考えてみましょう。縦に急角度で曲がるボールならば、たとえそれが消えなくても、打つのは非常に難しいはずです。野茂や佐々木のフォークボールは、大リーグでもなかなか打たれないのですから。ところが、消えなかった不完全な大リーグボール2号は、花形に簡単に打たれてしまったのです。
 このことは、魔送球のスピードなのか、それとも曲がり方なのか、よくわかりませんが、魔送球は恐れるに足りない魔球であったということを証明しているのです。金田投手が魔送球を無視したことも頷けます。そして、上に書いた私の理論を裏づけるものでもあるのです。

 

(5)大いなる疑問

 最後に、どんなに考えても私には理解できない疑問を書いておきます。星一徹も星飛雄馬も同じ方向に曲がる魔送球を投げるのですが、一徹が右投げなのに対し、飛雄馬は左投げなのです。すなわち、これらは全く別の魔球ではないかという疑問なのです。これをいっしょくたにして「魔送球」と呼ぶのは、星親子に対して失礼ではないかと思うのですが、当の星親子自身がそのように呼んでいるのですから、他人がとやかく言うことではなさそうです。