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◆ 素朴な疑問




 どういうわけだか、小さいころから「バナナの皮=滑って転ぶ」という図式が頭のなかにあった。
 おそらくこれはぼくだけでなく、平均的日本人に共通する思考だとおもう。
 でも、ここで素朴に疑問にかんじる。どうしてバナナの皮が道端に落ちているのだろうか? だれかがバナナを歩きながら食べる。そしてそのへんにポイ捨てするのだろうか。
 そんな場面を想像すると―――いや、とても想像できない。スーツでビシッときめたビジネスマン、懐からおもむろにバナナを取り出して、皮をむいて食べる、なんてことがあっていいだろうか。
 歩きながらものを食べるということ自体、あまりこのましい姿ではない。せいぜい菓子パンとかおにぎり、ハンバーガー程度だったら、まあ許せる。でも歩きながらバナナを食べるなんて… これほど恥ずかしいものはない。
 もしぼくがそんな場面に出くわしたら、きっと吹き出してしまうことだろう。
 …ところが、今日ついにみてしまったのだ。道端に落ちているバナナの皮を。
 そいつは閑静な住宅街のド真中にいた。道路わきの歩道、その中央にドシッと鎮座していた。タコのように足を広げ、そのみごとな脚線美をみせていた。
 「ひかえおろう、我こそはかの有名な〈道端に落ちてるバナナの皮〉様であるぞ」 そういっているかのような実に堂々としたバナナの皮だった。
 それを見た瞬間、そいつをここで食したであろう人物のことをあれこれ想像してしまい、笑いを抑えきれなかった。向こうから制服を来た高校生の女の子がきたので、顔を引き締めようとしたが、どうしてもにやけた顔になってしまった。さらに擦れ違う瞬間、思わずプッと思い出し笑いをしてしまい、慌てて咳をしてごまかしたりしたものである。
 道端に落ちているバナナの皮、それには実に笑いをさそうものがある。誰がどのような目的でこれを食べたのか。どんな気持ちで食べたのか。ポイ捨てするのは、だれかが転ぶであろうことを予期してわざとやったのか。そして、もしこれで滑って転んだ人がいたとしたらその人は何を思っただろうか。
 あれこれ考えていくと、本当に顔が引き締まらなくなる。

 バナナ――実に笑いを誘う果実である。果実界のお笑い大賞をあげたいと思う。






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焚き火のまえで 〜山旅と温泉記
by あきば・けん
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