〜光と影を抱きしめたまま2〜




 目の前にどう考えてもありえない光景を目にしているというのに、マイクロトフは不思議とどこか冷静だった。驚愕しつつも、心のどこかで、ああ、やっぱりな、という思いがあるのである。それは、朝から感じていた違和感、何かが欠けているような虚無感の正体がわかったのだ。
「マ、マイクロトフ……? これは一体……」
 2人の顔を見比べて茫然と口を開くカミューに、マイクロトフは静かに答えた。
「そこにいるのも……俺だ」
「え?!」
 マイクロトフは苦いものを噛み潰したような感覚に襲われながら、カミューと向き合う格好で横たわっている『自分』に視線を向ける。その『自分』も特に驚いた様子もなくこちらを見上げていた。
 そんなどこか落ち着いたふうの2人とは対照的に、事情がさっぱりわからないカミューが立っているマイクロトフに問いかける。
「ど、どういうことなんだい……?」
「……そこにいるのは、俺の醜い部分だ」
「え?」
 目を見開くカミューの隣でもう1人のマイクロトフがカッとしたように上半身を起こし、怒鳴った。
「醜いだと?! よくもそんなことが言える。こうなった理由は、おまえが一番わかっているだろうが!」
「なんだと?!」
 寸分違わぬ顔で睨み合う2人、という光景にカミューは唖然としていたが、ただならぬ険悪なムードを察すると、慌てて2人の間に割って入る。しかし、右を見ても左を見ても同じ顔、という状況はあまりにも現実離れしていた。
「ま、まあまあ、落ち着いて……当人同士で喧嘩しても仕方ないだろう……」
 当人同士、というのも変な感じがしたが、それ以外に言うべき言葉が見つからない。カミューはとりあえず、後から部屋に入ってきたほうマイクロトフを見上げた。
「つまりは、おまえがもう一人増えたってことでいいのかな?」
「あ、ああ……そうだな……。どちらかと言うとふたつに分かれたというべきか……」
 立っているマイクロトフがぎこちなく頷く。こんな非常識な事態の当事者だというのにどこか冷静に見えたが、やはり事情をすべて把握しているわけではないようだ。
「どうしてこんなことに……」
 カミューが途方に暮れたように立っているマイクロトフの顔を見つめていると、
「カミュー!」
 もう一人のマイクロトフが怒ったようにカミューの耳を引っ張り、注意を引こうとしてきた。
「俺だって本物だ! いかにもそっちがオリジナルであるかのような態度はやめてくれ!」
 かなり遠慮のない力で耳を引っ張られ、カミューは痛みに涙目になりながら慌てて謝る。
「あ、ああ、すまない……」
 カミューの傍らにいるマイクロトフの思いがけない行動に、カミューはわずかに違和感を持った。マイクロトフは思ったことをすぐ口にする直情的な男だと思われがちだが、それは理不尽なことに対して真っ向から意見を述べるのであって、こんなふうに子供じみた感情を露にするようなことはあまりない。むしろ個人的な感情は押し殺してしまうほうである。
 立っているマイクロトフはこちらのマイクロトフを『自分の醜い部分』と言った。ふたつに分かれたと言っていたが、まったく同じ人格というわけではないらしい。それは何を意味するのか……。
 カミューの思考はますます混乱を極める。どちらかに偏らないように2人の顔を見比べながら問いかけた。
「どうしてこんなことになってしまったか、わかるのかい……?」
 すると、立っているマイクロトフは言いづらそうに口を閉ざし、そのまま視線を逸らしてしまう。対して、カミューの隣にいるマイクロトフはカミューのほうを向き直った。その顔にはどこか挑発的な笑みが浮かんでいる。
「じきにわかる」
「え?」
 目を瞬かせるカミューにマイクロトフは目を細め、その首にするりと腕を回した。
「どちらが……」
 囁くように言いながらカミューに顔を寄せ、ちらり、と立っている己を見る。そして、
「消えるべきか……な」
 そう言うと、ゆっくりとカミューに口付けた。驚くカミューを余所にマイクロトフは普段からは考えられない大胆さで口付けを深めていく。
「きっ、貴様! 何をする?!」
 一瞬茫然としていたもう一人のマイクロトフが我に返ると、慌ててカミューに口付けているマイクロトフの肩に手をかけて無理矢理引き剥がした。邪魔をされたマイクロトフはじろりともう一人の自分を睨みつけたが、見せつけるようにカミューの身体に抱きつくと、
「……おまえだってわかっているのだろう? カミューがどちらを選ぶか」
 と、立っているマイクロトフに向かって目を眇める。立っているマイクロトフは一瞬目を見開き、唇を噛んで顔を背けた。その険悪な雰囲気にカミューは戸惑いながら、またも仲裁に入るしかない。
「どうしてそんなにいがみ合うんだい? 元はといえば一人のマイクロトフなんだよね……?」
 カミューの言葉に、立っているマイクロトフは硬い表情を崩さないまま口を開いた。
「……確かに俺たちはどちらも本物だが、同じではない」
「え?」
「そのうち、必要とされないほうが消えるだろう」
 そう答えたのはカミューの傍にいるほうだ。そして、立っているマイクロトフに向かって挑むような笑みを浮かべる。
「まあ、消えるのはそっちだろうがな」
「なんだと?!」
 またも睨み合う2人にカミューは慌てて叫んだ。
「と、とりあえず城主殿やシュウ殿に報告に行こう! それからホウアン殿に診てもらったほうがいい」



「なるほど。朝起きたら2人に分かれていたということか」
 シュウの言葉にカミューは頷いた。本当はもう少し状況が違ったが、そこまで説明する必要はないだろう。シュウはカミューの背後に立った二人のマイクロトフを交互に見比べたが、まったく瓜二つの姿にその説明を信じざるを得ない。シュウはいつも以上に気難しい表情でこめかみのあたりを押さえた。
「どちらもマイクロトフさんなんですか?」
 その隣から、好奇心いっぱいといった表情で若き城主が無邪気に尋ねた。これくらいで動揺していては、個性的な生き物ばかりが集まっているこの同盟軍でリーダーなどやっていられない。だいたい、ここ、ノースウィンドウ城ではこんな騒ぎは日常茶飯事なのである。嫌でも免疫がつくというものだ。
「ええ」
「そうですね」
 城主の問いに頷く2人にカミューは内心安堵した。さっきのようにいがみ合いがはじまったらどうしよう、と密かに心配していたのだ。2人に分かれようと、公私の区別をきちんとつける真面目なところはどちらにも備わっていたようである。
「原因はわからないのか?」
 シュウの問いに2人は視線を交わし、しばし沈黙したが、「申し訳ありません」と深々と頭を下げた。城主はうーん、と考えるように腕組みをして首を捻る。
「何が原因ですかね〜。昨日はナナミは料理してないはずだし……。アダリーさんの実験台になったりしました?」
 城主の義姉・ナナミの料理は極悪な不味さのあまり、モンスター攻撃ばりのバッドステータスを引き起こすことがあるし、自称天才発明家・アダリーは日々の怪しい研究に城の住人をいやおうなく巻き込むため、とんでもない騒動となることもあった。そのため、たいがいの騒ぎはこの2人が主犯となることが多い。
 しかし、
「いえ、昨日はアダリー殿には会ってませんが……」
 城主の問いにマイクロトフたちは同時に首を振った。
 どちらでもないとすれば、あと考えられるのは……
「ピクシーが迷い込んできたのかなぁ?」
 ピクシーとは手のひらに乗るほどの小さいモンスターなのだが、身体を小さくしたり、魔法を封じたりする奇妙な力を持っている。生息地はマチルダの洛帝山周辺なのだが、たまにこの城にも亜種らしきものが迷い込んできて、騒ぎを起こすことがあった。

「ホウアン殿には診てもらったのか?」
「いえ、これからです。まずは報告を先にしておこうかと思いまして……」
「そうか。では、とりあえず診てもらったほうがいいだろう。身体に異常がなかったら、しばらく様子を見るということでどうだ?」
「そうですね……」
 どうだと言われても、原因も何もわからないのではそれ以外にどうしようもない、といったところが本音だろう。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 2人のマイクロトフが頭を下げると城主がまあまあ、と手を振る。
「まあ、特に人体に影響がないのであれば、手が増えたということで歓迎なのだがな」
 退室する間際、人使いの荒い軍師がにやりと笑う。カミューは、そんな気楽なものじゃないんだけどなぁ、と思いつつ、はぐらかすような笑みを浮かべて軽く頭を下げた。



 結局、ホウアンに診てもらっても身体には異常がないということがわかっただけで、原因などはさっぱりわからなかった。カミューはそんなところだろうと思っていたので、特に落胆もせず、2人を連れて部屋に戻る。
 部屋の前では隣室のビクトールとフリックが待っていた。
「よう。本当に2人に分かれちまったんだな」
 すでに知っているふうな口ぶりにカミューは、混乱が起きないように城主が城中に触れ回ってくれたのだろうと推測する。本当に行動力に溢れたリーダーである。
「ええ、ご覧のとおりです」
 カミューが背後の2人に視線を向けると、2人のマイクロトフは恐縮したように頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません」
「なぁに、別に身体に不調はないんだろ? 今回はおまえだけだし、たいしたことないって!」
「そうだな……。前の騒ぎに比べたら……」
 豪快に笑い飛ばすビクトールの隣でフリックが疲れたような笑みを浮かべる。

 ちなみに前の騒ぎとは『どんな料理でも美味しくなる薬』というアダリーの発明品をナナミの料理に使ったところ、食べた人間が動物になってしまった、というものであった。はりきったナナミがハイ・ヨーのレストランで、運ばれる料理と自分の料理をすり替えたために被害は広範囲に及んだ。巻き込まれ体質のビクトールはステーキを口にしたとたん、大きな熊となり、不幸のくじを引き当てずにはいられない体質のフリックはパスタを飲み込んだとたん、リスとなった。2人とも偶然というよりは必然に近い確率でこういうトラブルにあってしまうのは最早、周知の事実である。
 結局、その場に居た10数人が動物の姿になってしまって大騒ぎとなったのだが、早い者はその日の夜、遅い者でも次の日には元の姿に戻った。食べたものが体外へ排出されれば効果も切れたようだった。
 そんな人騒がせな副産物がついた発明品だったわけだが、ナナミの料理の味の破壊力は変わらなかった、というオチつきである。

「2、3日もすりゃあ、元に戻るさ。な!」
「ありがとうございます」
 ビクトールの能天気な励ましに2人はもう一度頭を下げた。
「カミュー、シュウのやつが呼んでいたぜ。マイクロトフは今日は様子見を兼ねて休んでくれってさ」
 肩をすくめるフリックの言葉にカミューは、2人が言伝を頼まれて部屋の前で待っていたことを知った。……まあ、多少は好奇心もあったのだろうが。
 今日は2人とも(いや、3人か?)休みをもらえると思っていたカミューは小さくため息を吐いた。やはり人使いの荒い軍師殿はそう甘くはないらしい。
 カミューはちらり、と背後に立つ2つの同じ顔を見る。
 2人(+カミュー)で居るときは何やら険悪な雰囲気だったが、人前に出たら、いつものマイクロトフが2人居るような感じだった。そのため、周りがそれほど危機感を募らせてはいないのも無理はない。だが、顔を合わせるなりいがみあった2人を思い出すと、2人きりにするのは少々の不安を抱かずにはいられなかった。しかし、命令は命令である。
「わかりました。準備ができたら向かいます」
 カミューはそう言うと部屋のドアを開け、先にマイクロトフ2人を入らせた後、ビクトールたちに軽く頭を下げてから、自分も部屋に入った。



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何やら不穏な空気が漂ってます
わけがわからないカミューと原因をわかっているふうのマイクロトフ
ちゃんと終われるようにがんばります


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