第四章 明るい夜道
「「「「「あざっしたー!!」」」」」 あれから少し経った後、グラウンドに最後の礼の声が響き渡った。 立ち尽くしている友人の代わりにバッグを手に取り、その上の空な顔面に放り投げる。 「……サンキュ」 雑に投げられたバッグを受け取り、力無く礼を言う正一。 その表情は暗いという他に言いようがなかった。 見かねた葉山が、正一の肩に手を乗せながらこう声を掛ける。 「それで? どうだったんだよ」 何がとは言わない。そんなことは言わなくても伝わるから。 そして、その問いに対する正一の答えは―― 「……」 無言。 この返答が意味することはただ一つ。 葉山はそれを察し、それ以上は聞かなかった。 そしてその後、彼は明るい口調で言葉を繋げた。 「そっか。よし、んじゃこれから飯食いに行こうぜ。 近くにうまいラーメン屋が出来たんだってよ」 「え、いや俺は――」 「遠慮するなって。なんなら奢ってやるよ」 「いや、そうじゃなくて……。気が、乗らないんだ」 その時の正一は、葉山が今まで見たことがない程の落ち込みようだった。 明るくて、前向きで、いつも笑顔だった友人の沈んだ表情。 葉山は、そんな正一と強引に肩を組み、笑みを浮かべながらこう言った。 「んだよ、お前らしくねぇな。ほら、シャキッとしろよ。一回振られた程度で何をそこまで」 「程度って……。お前、今俺がどんな気持ちか――」 「分かるよ」 正一の言葉を遮るように、葉山ははっきりとそう言った。 驚いて言葉を失った正一が、葉山の方を見ると、彼はとても真面目な顔をして、こう続けた。 「分かるさ。これだけお前と友達やってんだ。大体分かる。 それに、俺だってそういう経験、無いわけじゃないしな……」 何かを思い出したのか、少し悲しげな表情になる葉山。 それからすぐに、彼は再び明るい笑みを浮かべてこう言った。 「元気出せよ。俺には、これくらいしか出来ないが……。 振られた者同士、これからも仲良くやってこうぜ」 「真也……」 葉山の鼓舞に、正一も元気を取り戻し始めていた。 目に光が灯り始めた友の姿を見て、葉山は先程の話を進めた。 「よっしゃ! んじゃ行きますか。あ、どうせなら他の奴らも誘うか。おーいっ!」 自分らと同じく、部活帰りのクラブメイトに声を掛ける。 その声に反応したのは、もちろん正一とも友人関係である3人の男連中だった。 「お? どっか行くのか?」 「ラーメン屋だよ。つい最近出来た」 「お、マジか。行く行く」 人付き合いが良く、ノリも良い持田。 少し背が低いのが、コンプレックス。 「俺も行きたいぞ〜」 「来い来い。大歓迎だ」 「え、もちろんおごり――」 「それはない」 「ちぇ」 残念そうに口を尖らせたのは、お調子者の手塚。 現在、彼女募集中。 「お前も来るよな?」 「当然だ。まさかのけ者にしようなどと思っていたのか?」 「まさか」 「ならばよし」 少し堅苦しく話すのは、学年でもトップクラスの体格の持ち主。内村。 こう見えて、冗談は誰よりも通じる。 総勢5名。 なかなかに丁度良い人数で、彼らは目的地へと歩いていった。 正一の表情は、いつも通りとまではいかなくても、調子を取り戻し始めていた。 それでも、親交が深い人からして見れば、落ち込んでいることは一目瞭然だが。 合流した3人がその事に気づいたかどうかは分からないが、 彼らが正一の様子に対して問いかけることはなかった。 二つ三つ話題が飛び交った後、葉山がうっかり(割と意図的に)口を滑らしてしまう。 「お前ら、聞いてくれよ。こいつ実は今日振られたばっかでな?」 「ちょっ、お前このやろう!」 少し頬を赤らめながら、慌てた様子で正一は葉山に取り付いた。 取っ組みがかった所で、もう既に聞いてしまった面々が驚きの反応を示す。 「えーっ!? あの正一が!?」 「マジでか。お前でも振られるんだな」 「そうか……。正一元気だせ。な?」 「もう出したよ。ところで、こいつ殴っていいか?」 「いいんじゃね?」 「むしろ殴れ」 「よっしゃ」 「えっ? あっ、ちょ…まっ! アーッ!」 実際にやられた痛さとは全く似つかわしくない悲鳴を上げる。 近所迷惑なのは、言うまでもない。 全く人のことを考えない奴が静かになった所で、その他4人は葉山そっちのけで話し始めた。 「気にすんなよ、正一。大丈夫。お前なら近い内に彼女出来るって」 「そうだな。お前と違ってモテるからな」 「んだとっ! 童貞ナメんなよっ!」 「今童貞関係無いだろ」 いや、2人で話している。が正しかった。 顔を見合わせながら、お互いやんややんや言っている。 そんな2人をほっときながら、内村が神妙な面持ちで正一に問いかけた。 「で、本当なのか? その話」 「……ああ、本当だよ。今日の、放課後な」 答えづらい質問を、正一ははっきりと答えた。 その目はまだ少し悲しげだったが。内村も沈んだ調子で返す。 「そうか……」 「なに、お前まで落ち込んでるんだよ。俺ならもう大丈夫だからさ」 「…………」 そう言う正一の表情は、やっぱりというべきか、落ち込んで見えた。 そんな正一に、返す言葉が見つからなかった内村は、そのまま黙り込んでしまった。 丁度その時、言い争っていたはずの2人が、こちらの沈黙を破った。 嬉しそうに笑みを浮かべながら、正一に問いかける。 「なぁなぁ。なんなら俺が良い女紹介してやろうか?」 「おい、手塚。お前少しは空気を――」 「良いじゃねぇか。失恋は新しい恋で忘れた方が良いって言うだろ? 俺は、正一のためを思って……」 100%の善意で、手塚は正一にそう言った。 励まし方は総じて雑だが、それでも優しさが十二分に伝わってくる言葉だった。 正一はそんな手塚に感謝しながらも、強い意志を持った目で、彼にこう返した。 「ありがとうな、手塚。でも、いいよ。俺はもう十分立ち直ってるし、それに俺……」 少し間を置いて、正一ははっきりとこう言った。 「まだ、好きなんだよ。その人のことを」 「「「…………」」」 正一は笑った。強がりから来る笑いではなく、本心からの笑み。 その時の正一の笑顔は、誰から見ても輝いていて、とても清々しかった。 「ほんと、ゾッコンじゃねぇかお前」 そう冷やかしたのは、今まで黙っていた葉山だった。半分呆れが入った言葉だった。 笑顔を浮かべ続けたまま、正一も言葉を返す。 「そうみたいだ。しばらく冷めそうにない」 「ふん」 言葉では突き放しながらも、正一のその笑顔をみた葉山は、心の中で胸を撫で下ろしていた。 前言撤回。 正一は、もう十分元気だ。やっぱり、こいつは凄く前向きな奴だった。 ……ノロケを言えるほど。 「ヒュー。言うじゃない言うじゃない。まさかお前がここまで恋に溺れるとはな」 「そこまでの人なら、俺も気になるな。一体誰なんだ?」 「4組の、柊 美影さんだよ」 「? 誰だったっけ?」 「さぁ?」 「……包帯巻いてる中二病女だよ」 「あー!」 「これまた酔狂な……」 「はぁ!? お前ら、美影さんを悪く言うな! 美影さんはなっ、綺麗で、美しくて、かっこよくて、そんでもって凄く優しいんだぞ!! あの包帯の下に隠されている彼女の素顔は、それはそれは悲しい――」 「はーい、ストッープ。ここでしめきりまーす」 「出たよ。正一のマイ・ワールド」 「相手は巻き込まれる」 「柊 美影か……。まさかそのような御人だったとは……これは盲点だった」 「そこ、本気にしない」 「そうだな。ライバルが増える」 「いや、そういうことじゃねぇよ」 そんなやり取りをしながら、彼らは街灯に照らされた明るい夜道を歩いていった。
続
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