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第三章 自然とは何か

 

 

 

 

「ったく、あいつら。一体どこにいるんだ?」

呟きながら頭を掻く。

校舎中を一通り回ったが、倉崎と美影の姿はどこにも見当たらなかった。

現在、適当に廊下を歩いている所。

今日も部活あるってのに、連絡1つしないで何やってるんだか。

(……一旦戻るか。もしかしたらもう来てるかもしれんし)

そう思って、俺は美術室の方へ足を向けた。

溜め息をつきながら歩き出す。

「……。?」

少し歩いた所で、俺は何処からか聞こえてきた声に立ち止まった。

(これは、泣き声? ……こっちか)

夕日に照らされた教室に足を踏み入れる。

廊下で聞こえていた声は、確かにこの中から聞こえる。

だが誰の姿も見つからない。

「……ひっぐ…………ぐすん……」

(やっぱ、この中だよな)

声を頼りに探していると、

教卓の横を覗いた所で、俺は体育座りをして一人で泣いている美影を見つけた。

「っ! 美影っ? おい、どうしたんだ」

隣にしゃがみ込んで美影に声を掛ける。

すると美影はゆっくりと顔を上げて、俺と目を合わせた。

目には大量の涙。

身に着けている制服と、顔に巻かれている包帯は、もう随分と濡れてしまっていた。

「ゆう、さく……?」

途切れ途切れにそう問いかけてくる。

俺は困惑の色を隠せないまま、美影に言葉を返した。

「ああ、俺だよ。一体どうしたんだ? 何があった?」

この間にも、美影は絶え間なく涙を流し続けていた。

その涙が、一粒、また一粒と流れる度に、俺の中で困惑の度合いが大きくなっていく。

「ゆう、さく……。私、わたしっ! 彼を傷つけてしまった……! 私のせいで、彼が……」

傷つけた? お前が? 彼って誰だ?

そんな疑問が俺の頭の中に蓄積されていく。

話に付いていけていないまま、美影は続けざまにこう言った。

「あんなことっ、言うつもり……無かったのにっ。

もっと、自然に……返す、つもりだったのにっ!」

「私は、彼にあんな酷いことを……! あんなに、不自然なことを、言ってしまった……!」

「美影っ、おい落ち着け」

「私がっ、私が、不自然だったから……! もっと自然に、返せたはずなのに……」

「ごめん、なさい……正一。ごめんなさい……順斗。私は、私は……!」

「美影――」

 

 

「いやああああああああああああああああああ!!」

 

 

「!? おい、美影! しっかりしろっ!」

突然大声を出した美影の肩を掴む。

泣き喚く美影を抑えるように呼びかけたが、

まるで俺がここに居ないかのように、美影は声を荒らげた。

「嫌っ! 嫌ぁ!! お願い、許してっ! 私が、私が悪かったから!!」

「ごめんなさい……ここに居てごめんなさい……存在してて、ごめんなさい……」

 

「嫌……不自然、嫌……嫌ぁ」

 

「っ!」

その時、俺は美影を抱きしめていた。

そうしなければ、いけない気がして。

このままだと、美影が壊れてしまいそうだったから。

「ゆう……さく……」

消え入りそうな程の小さな声を漏らす。

そんな美影に、俺は耳元で囁くようにこう言った。

「大丈夫だ、落ち着け。大丈夫だから」

そう言うと、美影の体から力が抜けた。

壁に寄りかかるようにして、美影を抱きながら座り込む。

「ひっぐ……ごめん、なさい……」

すすり泣くような声が聞こえる。

俺にはこれくらいしか出来ないが、せめて美影が安心してくれれば。

そう思いながら、俺はしばらくそうしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらいこうしていただろうか。窓の外をちらと見て、ふと俺はそう思った。

そんなに長い時間ではなかった気がするが。

夕日は未だ、この教室を赤く彩っていた。

「優作……」

耳元から、か細い声が聞こえた。

俺はなるべく優しい口調を努めて、美影に問いかけた。

「落ち着いたか? ほれ」

ポケットからハンカチを取り出し、俺は美影に手渡した。

少し震えた手で、美影がそのハンカチを受け取る。

「……ん。ありがと」

「どういたしまして」

そう返しながら、一度頭を撫でてやる。

ここで、俺はようやく安堵の息をつくことが出来た。

見つけた時には既に泣いてたもんな……。

正直、焦ったどころじゃなかったぜ。

「…………」

一息ついた所で、俺は今の俺達の状況を考えてしまった。

クラスの奴らに目撃されたら、確実にどやされるよなぁ、これ。

ま、知ったこっちゃないがね。

「…………」

なんだろう。間が持たない。

これは俺から話しかけないといけない雰囲気なんだろうか。

美影は話し出すつもりは無さそうだし。……よし。

「なぁ美影。一体何があったんだ? もし良かったら、俺に話してくれないか?」

「…………」

美影は何も言わない。

この無言が拒否だと解釈した俺は、慌てて言葉を付け足した。

「あ、嫌ならいいんだ。なにも無理に話すことは――」

「いい。……ちゃんと、話すから」

美影は、そう小さく呟いた。

この言葉を聞いて、俺は少し驚いた。

またこの前みたいに、俺が聞いちゃいけない事だと思っていたから。

俺が内心ほっとした後、美影はやがてぽつぽつとここに至るまでの経緯を話し始めた。

 

 

 

 

 

「なるほどな。だからお前、あの時様子がおかしかったのか」

確かに女子同士の色恋沙汰の話は、男たる俺は入っちゃいけないよなぁ……。

男同士なら、意地でも入り込むが。

でもまぁ、一応、嫌われたわけではなかった、と。

ここでも安心した俺がいた。

安堵の息をつきながらそう言うと、美影は俺の胸に顔をうずめさせた。

(? これは、どういう意思表示なんだ?)

その行動の意味は俺には分からなかったが、

とりあえず俺は美影の髪を優しく撫でながらこう言った。

「ま、もう気にすんなよ。初めてなんだからしょうがないって」

明るい口調を努めて話しかける。

それでも、美影は未だ何も言う気配は無かった。

……何を言えば、立ち直ってくれるだろうか。

「優作……」

俺がしばし考え込んでいると、美影がそのままの体勢のまま話しかけてきた。

軽く聞き返すと、美影は少しこもった声でこう続けた。

「私は、どうすれば良かったの……? どうすれば、一番自然だったの?」

泣き出しそうな声でそう言う。

どうすれば、って言われてもなぁ……。

さて、どう言えば……普通に言えば良いか。

少し悩んだ俺だったが、すぐに考えをまとめてこう返した。

「そりゃあ、アルテミスだとか、眷属だとか、

そういう中二病的なことを言わなきゃ良かったんじゃね?」

軽く返したつもりだったのだが、どうやら俺はまた地雷を踏み抜いてしまったらしい。

耳元から、俺を慌てさせるには十分な声が聞こえた。

「…………ひっぐ……」

「わぁー!! 無しっ! 今の無しで、お願いします!」

慌ててそう言うと、ひとまず美影は踏みとどまってくれた。

こいつ、こんなに泣き虫だったのか。

地雷踏んだら即爆発じゃねぇか……。

いやそれにしても、いい加減学習しろよな、俺。

(? ちょっと待て。じゃあ俺は今から何を言えば良いんだ?)

次の言葉を出そうとしたが、俺の頭の中には、その続く言葉が出てこなかった。

美影を泣かせないようにするためには、はっきりと指摘することは出来ない。

でも、それが一番この問題に適した答え。…………。

(考えろ! 考えろ俺!! 言葉の魔術師(今考えた)の力を今こそ解放するんだっ!)

鈍い頭をフル回転させて、もう1つの答えを見つけ出そうとする。

美影はどうすれば良かった? 

いや、こうすれば良かったってのはすぐに思い付く。

でもそれって、さっきの答えですし。他のってのが分からないわけであって……。

だぁー! 早く考えろ、俺! 

……というか本当に見つけ出せるのか? 

唯一の答えを除外してるんじゃないのか? だって、これ以外の答えなんか……

 

 

 

あっ、あった。なんだ、いつも言ってることじゃないの。

ピンチになると覚醒する人種なんです、わたくし。

「美影。今から俺が言うことを、『最後まで聞いてくれ』分かったか?」

俺は両手でそれぞれ美影の肩を掴んで、しっかりと顔を見合わせた。

少し驚いた顔をする美影。

「……」

無言の頷き。

釘を打ったことを確認してから、俺はゆっくりと話し始めた。

「本来なら、やっぱり中二病的なことは言わない方が自然だ」

「……やっぱり、私は――」

「最後まで聞け」

自虐に入ろうとした所を、強引に引き戻す。

そして俺はあまり間を置かずにこう続けた。

「でもな、それは一般論を言ってるだけだ。俺はそうとは思わない」

一般論はあくまで一般論。

この場合は、俺は当てはまらないと思う。だから俺は――

「お前が中二病で返したこと。俺は自然だと思うぞ」

「っ!」

こいつがしてしまったことを、絶対に否定しない。

人間、誰だって間違えることはある。

今回は、たまたま状況が物凄く悪かっただけだ。

まぁ、反省はし続けてもいいが、それは俺から言うことではないだろう。

「どう、して……? そんな考え、不自然……」

「どうしても何も。俺がそう思ってるだけだ。

前にも言ったろ? 自然か不自然かの捉え方は、一人一人違うって」

激しく困惑している美影に、微笑みながらそう返す。

前に、そう言った記憶があるんだよな。俺の記憶が確かならば。

美影から特に反論が来ないので、続けて言う。

「それに、自然ってのは自分らしさを出す事とも言った。

逆に言えば、そいつらしいと思えたなら、そいつは自然ってことだろ?」

無理矢理な理屈だが、元来理屈なんてものは半分無理矢理みたいなもんだ。

だから、俺は気にせずに続ける。

「緊張して、自分の考えとは違うことを言ってしまったことも、

そんな時に、つい中二病が出ちまうことも」

「全部、お前らしいじゃねぇか。だから――」

「お前は不自然じゃない。むしろ俺からしてみれば、凄く自然だ」

ここまで言った所で、俺は言葉を止める。

そして俺は、美影に向かって精一杯の笑みを浮かべた。

涙をポロポロと零しながら、美影は言葉を繋げていた。

「そんなの、不自然……! やっぱり、あなたは変……どうして、あなたは……」

美影が俺に返した言葉は、再び流れ始めた涙によって途切れ途切れだった。

その涙を見て驚いた俺は、慌てて美影に問いかける。

「お、おい。どうしたんだよ。もしかしてまた、俺――」

「違う。違うけど、あなたのせい」

「?」

「ごめんなさい。……すぐ、すぐ泣き止むから。だから、あと少しだけ……」

そう言うと、美影は俺に体を預けるようにして、再び涙を流し始めた。

 

 

 

「……」

同じく彼女を探していた少年は、静かにその場を去っていった。

自分は出ていくべきではない。

中から聞こえてくる彼女のすすり泣く声と、

困惑する友人の慌て声が聞こえてきた時、少年はそう思った。

もうすぐ日が落ちる。

空が少しづつ青みがかり、

差し込んでいた光も徐々に無くなっていった廊下の奥に、少年は消えていった。

 

 

 

 

 

 

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