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第二章 爽やかな恩人候補

 

 

 

 

「えっと、ここ、だよね?」

恐る恐る中を覗いてみる。

中には僕より背の高い男子生徒がいた。

僕と目が合った彼は、ニコッと笑顔を向けてくれた。

爽やかな印象を受ける、明るい笑顔だった。

 

 

 

ここに来るまでの間に、鈴本さんから返事が返ってきた。

そのメールには、可愛らしい絵文字付きでこう書かれてあった。

『うん、分かった〜』

年度始めに、連絡のためってメアドを交換しておいて良かった。

自分の先日の行動と、文明の利器に感謝しつつ、僕は携帯を閉じた。

 

 

 

机すらも置かれていないその教室の中へと入っていく。

少し間を空けてから、彼は丁寧にこう言った。

「ごめん、急に呼び出して。俺は3年5組の山川 正一(やまかわ しょういち)

正一って呼んでくれ。これからよろしく」

「あ、うん。よろしく」

爽やかに自己紹介を終えた正一君に言葉を返す。

5組ってことはお隣さんか。

一応僕も自己紹介した方がいいのかな? どうなんだろう。

「えっと確か、倉崎君、だったよね? 合ってるかな?」

悩んでいた所で、正一君が恐る恐る問いかけてきた。

あ、やっぱり僕のこと知っていたのか。

どこかで会ったことあったかな……。

「うん、合ってるよ。倉崎順斗」

とりあえず言葉を返す。

正一……山川、正一君か……。

うーん、見覚えないけどなぁ……。ん? あれ、山川ってもしかして……

「倉崎君。君を呼び出したのは他でもない。これを、彼女に渡してほしいんだ」

記憶を掘り返していると、正一君が真剣な面持ちになって話を続けた。

しょうがない、後で聞いてみよう。

思い出したことを一旦片隅へと放置して、僕は正一君が差し出してきた物に目を落とした。

その物とは――

「手紙?」

真っ白な便箋に入れられた一通の手紙だった。

手渡された所で、1つ正一君に問いかける。

「えっと、彼女っていうのは……」

それだけじゃ誰なのか分からない。

僕に頼んだのなら、僕の知り合いなんだろうけど……。

僕がそう問いかけると、正一君は沈痛な面持ちでこう答えた。

「ごめん、名前は分からないんだ。ずっと遠目から見ていることしか出来なかったから」

相槌を打ちながら正一君の話に耳を傾ける。

その間、僕は少しだけ当たりを付けていた。

話の調子や雰囲気から察するに……多分、この手紙は――

「話しかけようとも思ったけど無理だった。

あの人が視界に入るだけで、胸が張り裂けそうで……。どうしようもなく苦しくなるんだ」

どうやら僕の予想は当たっているようだった。

正一君の言ってること、とても良く分かる。

みんなも、同じように悩むんだ。

あと一歩踏み出せないのは、僕だけじゃなかったんだ。

沈痛な面持ちで正一君は続ける。

「だったらせめて手紙をと。それがきっかけになればって思ったんだ。

それで、いつ渡そうかタイミングを見計らっていたら、

その人と君が仲良さそうに話していたから。

だから俺は、君に頼むことにしたんだ」

なるほど、それで僕を呼び出したのか。

納得がいった僕は、今までの話を踏まえてそうだと思われる女の子を思い浮かべていった。

うーん、誰だろう。

「正一君。その人と僕が話していたのっていつの話?」

僕がそう問いかけると、正一君は考え込むように顎に手を当てながらこう答えた。

「俺が見に行った時は、いつも君と話していたよ。一番最近で言うと、今日の昼休みも話してた」

今日の、昼休み? 今日の昼休みは確か……。

ということは、正一君が言うその『彼女』ってまさか……

「もしかして、柊さんのこと?」

「柊さんって言うのか!」

「い、いや、多分そうだと思うんだけど……」

過剰に反応した正一君を抑えながら、少し考え込む。

えーっと、どう言えば確認が取れるかな。

そう思った所で、すぐに分かりやすい特徴を思いつき、

僕は身振り手振りを交えながらこう問いかけた。

「えっと、包帯をしている人、で通じるかな?」

「そう! そうだ! その人だよ!」

山川君は声を大にしてそう反応した。

我ながら酷い説明だとは思ったが、

見た目だけで説明するとなればこれが一番分かりやすいだろう。

ごめん、柊さん。

「柊さん、柊さんか……。名前は!? 下の名前はなんていうんだ?」

「美影。柊 美影さんだよ」

「美影さん! なんて綺麗な名前なんだ……」

愉悦の表情を浮かべて、興奮状態に入る山川君。

よほど柊さんのことが好きなんだろうなぁ。

なんだか見てて微笑ましく思えてきた。

「俺の想像通りだ。あの凛とした佇まい。全てを見通しているかのような漆黒の瞳。

美影……柊 美影さん……名は体を表すとはまさにこのことだ!」

なんだか自分の世界に入っちゃったな。

僕、目の前に居るんだけど大丈夫なのかな?

「あの包帯は、苦しい人生を送ってきた証拠。しかし彼女は、毎日を笑顔で過ごしているっ。

なんて健気なっ……なんて強い子なんだ……! あぁ、ますます好きになってしまったっ!」

い、いやあの包帯は……。

やめとこう。それは本人から聞くか、自分の目で確かめるべきだ。

そろそろ収拾がつかなくなりそうだったので、

お楽しみの所申し訳なかったが、僕は正一君に声を掛けた。

「あのー正一君?」

「あ、あぁ! すまない、つい取り乱してしまった」 

正一君が軽く身繕いをする。

落ち着きを取り戻した所で、僕は話のレールを元に戻した。

「えっと、僕はこれを柊さんに渡してくれば良いんだよね?」

そう問いかけたら、正一君はこちらをじっと見つめて固まってしまった。

あれ、どうしたんだろう?

しばらく待っていると、目に少しの涙を溜めながら彼は大きな声でこう言った。

「おぉ! ありがとう、倉崎君っ! 恩に着るよ!」

「ど、どういたしまして」

僕の手を取り、ブンブンと激しい握手を交わす。

手紙を持っていた右手は無事だったが、対する左手がすっぽ抜けそうになるほど振り回された。

ひとしきり振り終わった所で満足したのか、

正一君は再び落ち着きを取り戻しつつ、こう言った。

「ありがとう。ここまで付き合ってもらっちゃって。部活、あるんだろう? ごめんな」

「ううん、気にしないで」

教室に付けられていた時計に目をやる。

掃除が終わってから、十数分経った所だった。

うん、これくらいなら何も言われないだろう。

「それじゃあ、また。正一君」

「おう。ありがとな、順斗!」

明るく笑みを浮かべて、お礼を言う正一君。

多分、こっちが彼の素なんだろうな。全てが爽やかで気持ちが良い。

教室を出ようとした時、僕は先程のことを思い出し、振り返って彼に問いかけた。

「そうだ、正一君。1つ聞いてもいい?」

「ん、いいぞ」

爽やかに返事をしてくれる。

正一君は桐ヶ谷さんの恩人候補に上がっていた人だ。

この際少し訊いてみよう。

「桐ヶ谷 小明さんって子、知ってる? 1つ下の、背は小さめの女の子なんだけど」

「桐ヶ谷、小明?」

正一君は少し考え込むようにしていたが、やがて軽く頭を掻きながらこう言った。

「ごめん、俺は知らないな。その子がどうかしたのか?」

「あ、ううん。それならそれで良いんだ。ありがとう」

「おう」

正一君は、桐ヶ谷さんの恩人じゃなかったのか……。

彼の返事を聞いた僕は、空き教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

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