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第一章 クラスメイトからのお願い

 

 

 

 

昼休み。

「鬼さんこちら、手の鳴る方へっ」

「死ねっ、この変態が!」

愉快な煽りと共に、激しい罵倒が聞こえてくる。

今日は一段とエキサイティングな追いかけっこが展開されていた。

西園寺さんが割と本気で怒っている。

今度は何をしたのかねぇ。

「止めなくていいの?」

「いい。どうせ彼が綾をからかっただけだと思うから」

2人の動きを目で追いながら、柊さんが言葉を返す。

増田の心配をしていない辺り、これもおふざけの一環なんだろう、と僕は思うことにした。

この頃、自分の感覚が麻痺しているようで少し怖い。

「いいぞ〜! もっとやれー!」「そこだっ! やっちまえ!」

「はーい、ここ危ないよ〜。早く避難避難」

僕だけじゃないようだ。

 

「この頃、あの2人を見ていると、ふと思うことがあるの」

呟くように彼女はそう言った。柊さんの方へ向き直り、続く言葉を待つ。

すると柊さんは遠くの方を見据え、達観したような目でこう言った。

「自然ってなんだろうって」

「…………」

返す言葉が見当たらなかった僕は、黙り込んでしまった。

じゃれあっている2人を見て、そんな壮大なことを問いかけられても困る。

しかし柊さんは真剣に考えているらしく、こう言葉を続けた。

「あの2人の行動は、明らかに一般高校生男女にそぐわないというのに、

何故か誰からも何も言われない」

「行動は不自然。でも、もうあの2人はああしていない方が不自然」

「……ねぇ、順斗。自然って、なに?」

あ、だめだ。目が完全に逝っている。

どんな答えを返しても否定されそうな勢いだよ。

そうじゃなかったとしても、僕は今の柊さんに返す答えを持っていないけれど……。

「あ、やべ……うおわあああ!」

増田がバランスを崩して、机をいくつか巻き込んで倒れこむ。

その時、たまたま近くに居た人が増田に非難の声を浴びせた。

「おいおい、あぶねぇだろうが。気をつけろ」

「痛っつ……すまんすまん。っ!」

謝りを入れた所で、倒れこんだ増田の近くまで来た西園寺さんが、

真っ直ぐに増田を見据えて日本刀を突きつけた。

「何か言い残したことはあるか?」

冷ややかな視線を浴びせ問いかける。

答える増田の表情はとても動揺していた。

「ははは……出来れば、見逃してくれないかな〜なんて」

「言いたいことはそれだけか?」

増田の言葉は一切聞き入れられなかった。

西園寺さんは刀を逆手に持ち替え、そして――

「覚悟っ!」

躊躇なくその鋭い日本刀を突き下ろした。

切っ先が体に到達する寸前、教室内に増田の声が響き渡る。

「! 見えたっ!」

「っ!」

下ろすその手を止めて、西園寺さんは慌ててスカートを押さえた。

彼女の顔がみるみる赤くなる。

倒れ込んでいた増田はその隙に飛び起きて、ビシッと西園寺さんを指差して再びこう叫んだ。

「嘘だよ! まだまだ甘いな、綾!」

「っ……! 死ねっ!! お前が死ぬまで斬り刻む!」

再び追いかけっこが再開された。

こんなに教室中で暴れまわっているのにも関わらず、

我がクラスの人達は全く気にしていなかった。

近くに居た人達が荒らされた机を元に戻す。

全く、人騒がせな奴だ。

「? …………」

小さく溜め息を吐いていると、柊さんが急にキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

怪訝に思って、彼女に問いかける。

「どうしたの、柊さん」

「いえ。少し、視線を感じたのだけれど……」

そう言って、もう一度見渡す柊さん。

僕も軽く周りを見てみたが、怪しそうな人は居なかった。

居ても困るけど。

「気のせいじゃない?」

楽観的に、僕はそう返した。

僕の言葉を聞いた柊さんも、大体僕と同じく感じていたらしく、こう返した。

「そうね。多分、私の勘違いだわ」

「ぎゃー!! 綾っタイム! ちょ、待っ……!」

「待つわけあるかっ!」

「ひいいいぃぃぃ! お助け〜」

「「…………」」

まだやってるよ……。

これは一度痛い目にあった方が良いと思う。

そうすれば、少しは大人しくなるんじゃないかな。

「……そろそろ止めてくるわ」

呆れたように額に手を当てながら、彼女はそう言った。

そんな苦労人な彼女に返事をしながら、僕はこう問いかけた。

「僕が手伝えることってある?」

「……。無事を祈ってて」

「彼の」

あっ、痛い目に遭いそう。

直感的に僕はそう思った。

彼女は、まるで散歩に行くかのように、普通に立ち上がり、

スタスタと2人の方へ歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

「じゃあな、倉崎」

「うん、また明日」

隣の席のクラスメイトを見送る。運動部の人は大変だなぁ。

荷物を手に取り、僕は美術室に向かおうとした。

教室を出ようとした時、後ろから名前を呼ばれて僕は振り向いた。

そこには、柊さんが居た。

「少し遅れる」

「? どうしたの?」

僕がそう問いかけると、柊さんは溜め息を1つ吐いてからこう言った。

「設置し直し。また使っちゃったから」

「あー。僕も手伝おうか?」

「いい。多分すぐに終わるから」

「そう。じゃあ鈴本さん達にそう伝えておくね」

「ありがとう」

そう言って、柊さんは廊下へと出ていった。

掃除当番の人が机を後ろに下げ始めている時だった。

僕もその人達の邪魔にならないように、教室を後にした。

 

 

 

 

 

HR直後のごみごみした廊下をなんとか前にと進む。

階段まで着いた所で、後ろから声が聞こえた。

「おーい、倉崎っ!」

「?」

怪訝に思って振り返った所で、とある男子生徒と目が合った。

同じクラスの葉山君だった。

僕の目の前で立ち止まり話し始める。

「はぁ、やっと追いついた。さっきから声掛けてたんだから気づいてくれよ」

「ご、ごめん」

申し訳なく思って頭を下げる。全然気づかなかった……。

僕が頭を上げたら、葉山君は改めて話を続けた。

「ちょっと、話があるんだ。あぁえっと……俺じゃなくて、俺の友達から」

「葉山君の友達から?」

「そうなんだ。なんでも、どうしてもお前と話がしたいらしくて」

話? 僕に? 

心当たりは無かったが、クラスメイトのお願いなので快く承諾する。

「まぁそういうことなら。あ、その前にちょっと連絡させてもらっていい? 部長に」

「おう。悪いな」

断りを入れてから、携帯を開く。

今は掃除の時間中だし、少しの間だったら大丈夫だろうけど。

でも念のため、僕は鈴本さんに連絡を入れることにした。

携帯を操作してメールを打つ。

『ごめん、ちょっと遅れる。少し話をするだけだから、すぐ行けると思う』

ここまで打った所で、僕はさっき柊さんに頼まれたことを思い出した。

追加で打ち込む。

『あと、柊さんも少し遅れるって』

そうして僕は送信ボタンを押した。

これでよし、っと。

「待たせちゃってごめん。大丈夫だよ」

「いやいや。すまねぇな」

申し訳なさそうに頭を掻いた後、彼は階段下を示しながらこう言った。

「そいつには三階の空き教室に居るようにって言ってある。後はそこに居る奴から聞いてくれ」

空き教室? 三階の?

そう聞き返して確認を取った後、僕は指示された教室へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

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