第二章 三人目だった美術部員
2人の声が完全に聞こえなくなってしばらく経った後、突然美術室の扉が勢い良く開いた。 (あれ、もう帰ってきたのかな?) 気になって視線をよこした所で、入ってきた人は元気よくこう言った。 「こんにちは。邪魔するわよ」 そう堂々とした佇まいをしたその人は、僕には見覚えの無い女の子だった。 「あっ、由里ちゃん。久しぶり〜」 「琴音、元気そうで何よりだわ」 「うん、由里ちゃんも」 最初に鈴本さんがその人に反応した。 柔らかな笑顔を浮かべながら、その女の子の方へと近づく。 「由里、久しぶり」 「あんたも、久しぶりね。どう? 上手くやってけてる?」 「うん。由里がいないから、少し寂しいけど」 篠原さんも、その人に近づいて言葉を交わし始めた。 篠原さんと鈴本さんが知り合いってことは、美術部関連の人だろうか? 言葉遣いから察するに、先輩でもなさそうだけど……。 由里と呼ばれたその人は、篠原さん達と二言三言交わした後、 その様子を見ていた僕の方に寄ってきて、こう言った。 「あんたが噂の倉崎順斗ね。……ふーん、思ったより普通ね」 随分なご挨拶だ。 知ってもらえているのは、ありがたいことなんだろうけど。 悪気が無いことは十二分に分かっていたので、僕は至って普通に言葉を返した。 「初めまして。えーっと、由里さん、でいいのかな?」 「ええ。早坂 由里(はやさか ゆり)よ。これからよろしくね」 「うん、よろしく」 そう自己紹介して、彼女は肩口までかかっている髪をかき上げた。 星をモチーフにした髪留めが、明かりによってキラリと光る。 「随分と部員も増えたのね。男子も何人か居るようだし」 教室内を見渡しながら、そう呟く早坂さん。 一通り見渡した所で、この場に居る全員が僕の所にとやってきた。 一旦部活は中断して、談笑ムードへと入る。 「もう美術部は安泰かしらね。廃部は撤回になったんでしょ?」 「うん、みんなのおかげでね」 篠原さんと早坂さんは仲良さそうに笑いあった。 その後、西園寺さん達も自己紹介する流れになって、 一足先に終えてしまっていた僕は、しばしその流れを眺めていた。 柊さんの紹介に移った所で、 鈴本さんが僕の背中から手を回して、いつものポジションから話しかけてきた。 「由里ちゃんはね、丁度1年前くらいまで部員さんだったの」 あちらの話の邪魔にならないように、僕も小さめの声で返す。 「そうだったんだ」 それなら鈴本さん達と仲が良いのも頷ける。 (え、でもそれだったらどうしてやめちゃったんだろう?) 気になったので訊いてみると、鈴本さんはこう説明してくれた。 「兼部してた漫研の方で部長さんに選ばれてね。 忙しくなっちゃったから、こっちはやめちゃったの」 少し寂しげに言う鈴本さん。そして、鈴本さんは続けてこう言った。 「だから、今日来てくれたことが凄く嬉しいんだ」 笑顔を浮かべて彼女はそう言った。 話が一旦途切れた所で、鈴本さんは早坂さんの方に移った。 自己紹介が終わった篠原さん達の輪の中に戻る。 「そういえば、聞いていたより人が少ないようだけど?」 ざっと見渡して、そう尋ねる早坂さん。篠原さんが言葉を返す。 「あ、うん。今さっき飲み物を買いに行くって、出て行っちゃったの。 だからもうすぐ帰ってくると思うわ」 「そう。じゃあその人達に挨拶したら戻ろうかしら」 戻る、というのは漫研にだろうか? 本当に忙しいんだな。 「えぇ〜帰っちゃうの〜」 「しょうがないでしょ。今だって、内緒でこっちに来てるんだから」 「いいじゃん、今日はこっち」 「あのねぇ――」 早坂さんの背中で鈴本さんがごねり始めた所で、 遠くの方から聞き覚えのある声が近づいてきた。 男女1人ずつの言い争っているような声が聞こえる。 鈴本さんが篠原さんによって早坂さんから離された時、 その声の持ち主達は美術室へと入ってきた。 「だからおまっ! それは俺のだって!」 「追加給料ですよ。出張手当です」 「学生が何を言うか。ほれ、返せ」 「きゃードロボー」 「てめっこのっ」 ……もしかして、ずっとこの調子だったの? だとしたら凄いね、2人とも。 僕が感心していると同時に、篠原さんが帰ってきた2人を早坂さんに示した。 「あの2人よ。増田君に小明ちゃん。これで全員揃ったわ」 篠原さんはそう軽く2人を紹介したが、 早坂さんはその2人の姿を見て、凄く驚いた顔をしていた。 力無く立ち上がりながら、増田達の方を向き呟く。 「なんで、なんであんたがここにいるのよ……!」 拳を震わせる程握り締め、早坂さんは憎しみに溢れた視線を存分に浴びせながら、 そいつを指差し声を張り上げた。 「増田優作っ!! よくもまあ、そんな平然とした顔で私の前に来ることが出来たわねっ!」 「は? 俺?」 ここでようやく自分に矛先が向けられていることに気づき、素っ頓狂な声を上げる増田。 その顔は、全く話の流れを理解していない顔だった。 そんな増田に、早坂さんは更に声を荒らげる。 「忘れたとは言わせないわよ。 あんたがしたこと、私は一生恨み続けるって決めたんだから。 さぁ謝りなさい、今すぐにっ!」 「ちょ、ちょっと待て! お、俺は何も……」 手に持っていた缶ジュースが1つ床へと落ちた。 しかしそんな事は一切気にもせずに、早坂さんは怒鳴り続ける。 「とぼけるつもり!? あんた、ふざけるのもいい加減に――」
「やめて!」
増田に掴みかかろうとした所で、 鈴本さんが早坂さんに取り付いて手を上げようとした彼女を止めた。 増田から離れるよう促しながら、早坂さんをなだめようとする。 「どうしたの、由里ちゃん。由里ちゃんらしくないよ。喧嘩はダメだって」 「琴音……だって、こいつは……。っ!」 鈴本さんの思いが届いたのか、とりあえず手を下ろす早坂さん。 でも怒りに満ち溢れたその視線は、増田から離すことはなかった。 「私は、絶対にあんたを許さない」 そう吐き捨てるようにして言った後、早坂さんは足早に美術室から出ていってしまった。 篠原さんが早坂さんを追いかけようとするが―― 「ついてこないでっ!」 ただそれだけを言い放ち、早坂さんはどこかへと行ってしまった。
少し間が空いた後、この場にいる全員の視線がある人物の所へ集中した。 「増田先輩っ! 今度は何をしたんですかっ?」 「い、いやだから俺は何も――ぐえっ!」 先輩後輩の関係だというのに、構わず増田の胸倉を掴む桐ヶ谷さん。 手に持っていたジュースを丁寧に机に置いた所から察するに、理性は保てているようだ。 しかし本当に首が締まっているのか、増田の顔がみるみる赤くなる。 「白状しろ。さもなければ斬る」 殺気をこれでもかと出しながら、増田に日本刀を突きつける西園寺さん。 「早く白状した方が身のためだと思う。 まぁ多分、どんな答えを返しても待ってるのは死でしょうけど」 助け舟を出すかと見せかけて、全く助けようともせずに逆に追い打ちを掛ける柊さん。 3人の尋問が始まる頃には、増田の顔色は赤を通り越して青白くなっていた。 増田の尋問には3人で十分だと思った僕は、先程から立ち尽くしている鈴本さんに声を掛けた。 「大丈夫? 鈴本さん」 「私は、大丈夫。だけど……」 小さく頷いてから、鈴本さんは廊下の方をずっと見つめていた。 僕と同じく近づいてきたレイ君と篠原さんも、心配そうにこう言った。 「どうしたのかしら。普段はあんなこと言う子じゃないのに……」 「ただ事じゃなかったよね。人違いも考えにくいから、やっぱり……」 僕らは、尋問場の方に目を向けた。 「吐いてくださいっ! ストーカーの次は暴行ですかっ? 盗撮ですかっ? それとも誘拐ですかっ?」 「だから、知らねぇ……って」 「しぶといわね。綾、私が許可するわ。薄皮から一枚一枚剥いでいってちょうだい」 「了解」 「ま、マジでっ? え、ちょ、待っ……!」 声ともならない声が部屋中にこだまする。 離れた所から見ていた僕らは、4人揃って同じことを考えていた。
((((ついにやっちゃったのかなぁ……))))
そう思わざるを得なくなっていた。 友人として信じてあげたい所だけど……。日頃の行いって大事。 「隊長っ! 被告は全く白状する様子がありませんっ」 隊員なのか裁判官なのか、よく分からない設定を携えた桐ヶ谷さんが、 こちらのグループに報告しに来てくれた。 力無く笑みを浮かべながら、僕は桐ヶ谷さんに言葉を返した。 「桐ヶ谷さん、そろそろやめてあげて」 「え、でも」 「桐ヶ谷さんだけでもいいから」 僕がそう言うと、桐ヶ谷さんはようやっと納得してくれた。 「わ、分かりました」 返事を聞いた後、僕は再び増田達の方に目を向けた。 柊さんと西園寺さんなら、増田を正しく処理してくれるだろう。 ここはプロに任せた方が良い。
続
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