第五章 正直すぎにご用心
僕らが美術室に近づいた所で、中から西園寺さんが凄い勢いで飛び出してきた。 「? どうしたの、西園寺さ――」 「順斗、美影。後は任せた」 「あ、綾っ? ちょ、ちょっと!」 柊さんの制止も聞かずに、西園寺さんは僕らの横を走り去り、何処かへと行ってしまった。 「どうしたのかしら?」 「さぁ……」 僕には返答しかねる。 不思議には思ったが、僕らはとりあえず美術室に入っていくことにした。
「うーん、特技はピアノかな? 小さい頃、習ってた時期があったから」 「うわぁピアノですか。素敵です! かっこいいです!」 「ははは、ありがとう。あ、倉崎君。おかえり。美影さん見つかったんだね」 「うん、教室に居たよ」 「あ、おかえりなさいです。順斗先輩」 「ただいま」 美術室に入ってみると、すぐそこの机で、レイ君と桐ヶ谷さんが座って話をしていた。 談笑中、大変に申し訳ないが、さっきのことについて聞いてみる。 「ねぇレイ君。さっき西園寺さんが飛び出していったけど、何かあったの?」 「え、いや別に、何って言う程の事は無かったような……」 首を傾げながら、レイ君はそう答えた。 うーん……何か急用でも思い出したのかな? 僕らはそう解釈することにして、ひとまず話題を変えた。 「順斗。その子が例の新入部員さん?」 桐ヶ谷さんの方へ視線をやり、そう問いかける柊さん。 「うん、そうだよ。新入部員の桐ヶ谷 小明さん」 「そう。よろしくね、私の名前は柊 美影よ」 「あっはい。よろしくです」 その後二人は交流も兼ねて、少し話し始めた。 その様子を静かに見守っていると、レイ君がふと僕の方に近づいて来てこう促した。 「ごめん、倉崎君。ちょっと来てくれる?」 そう言って準備室の方を指差す。 「え、うん。分かった」 僕はレイ君と一緒に準備室に移動した。
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奥に行くと、そこには篠原さんと鈴本さんがいた。 「一体、どうしたの?」 見ると篠原さんは複雑な面持ちをしていて、鈴本さんは笑顔のまま固まっていた。 ……状況が理解出来ない。 「えっと、順を追って話すとね――」 篠原さんが代表して、事のあらましを説明してくれた。
倉崎君が出て行った後、残った私達は小明ちゃんの回復を待ってから、自己紹介を再開したの。
そしてその場にいる全員の自己紹介が終わった後、部長がこの部の説明をし始めたのね。
それで、説明が中盤辺りに差し掛かった所で――
「――だから基本的に、絵を描いてもらって」 「あ、あの。すみません」 「? 何かしら?」 「すみませんが、もう一度言ってもらって良いですか? 声が小さくてよく聞き取れなかったもので」
その言葉がショックだったのか、部長はそれ以来固まってしまって……
「――というわけなの……」 「ちょ、直球だね」 「その場はなんとかなったんだけど、未だに帰ってきてくれなくて」 な、なんという……。 確かに鈴本さんの声は、 ポスターをスピーカー代わりに使っていても、ぎりぎり聞き取れるかどうかの世界だ。 だから桐ヶ谷さんの言いたいことは分かるんだけど……。 何もそんなにストレートに言わなくったって良いじゃない。 鈴本さんに悪気は無いんだし。 「……。鈴本さん。鈴本さん、起きて」 いつぞやの時と同じく、笑顔のまま固まっている鈴本さんに僕は声を掛けた。 しかし、返事はない。 「鈴本さんっ。おーい」 お次に鈴本さんの頬を軽く叩く。 この前はこれで戻ってきてくれたんだけど……。
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「うーん、どうしよ。戻ってくる気配すらないね」 琴音さんを引き戻すために、色々試してくれた倉崎君だったが、 どうやら倉崎君でも手に負えないらしく、困り顔でそう言った。 「……とりあえず、もう少し頑張ってみましょ。いつかは戻って来てくれるはずだから」 「そうだね」 そうして、二人は再び鈴本さんに声を掛け始めた。
…………。 僕がここに居ても、何も出来ることは無いか。 「ちょっとあっちの二人の様子を見てくるね」 「あっ、うん。ありがとう、お願い」 琴音さんを一瞥してから、僕は美術室に戻っていった。
美術室に戻ると、美影さんと小明さんは、とても楽しそうに談笑していた。 「あ、お帰り」 美影さんが僕に気づき、笑みを浮かべながらそう言った。 僕も笑顔で言葉を返しながら、手近な椅子を引き寄せて座る。 「うん、ただいま。今は何の話をしていたのかな?」 「今は美影先輩の話をしていましたっ。凄いんですよっ、美影先輩。 こう、シュバッて感じで、包帯を操ることが出来るんです!」 「へぇーそれは凄いね」 小明さんは身振り手振りを交えながら、そう教えてくれた。 僕はその姿を見て、明るい子だなぁ。と思った。 今日初めて会ったはずなのに、そんな壁は一切感じない。 太陽のような子って、小明さんみたいな子の事を言うんだろうな。 「美影先輩っ。もう一回見せて下さいよ」 「ええ、良いわよ」 そう返事すると、美影さんは器用に指を動かして、包帯を操ってくれた。 見てて思わず見とれてしまう凄さがある。 その凄さはまるで……こう、シュバッとした感じ。 「わぁ〜凄いです凄いです!」 手をパチパチと叩きながら、感歎の表情を浮かべる小明さん。 すると美影さんも心を良くしたらしく、先程よりも気持ちを高揚させながらこう言った。 「フハハハ! そうであろう、そうであろう。貴様も我がアルテミスの力に魅せられたか。 よかろう、ならば更に我の美技に酔いしれるが良い!」 体をやや仰け反らせながら、美影さんはそう言った。 返す言葉が見つからなかった僕は、苦笑いをするしかなかったが、 小明さんはそのキラキラとした視線を美影さんに浴びせながら、はっきりとこう言った。 「か、かっこいい……。それって、『中二病』って言うんですよねっ? 私、初めて見ました!」
ゴンッ!
「み、美影さんっ?」 「大丈夫ですか!?」 小明さんの言葉を聞いた後、 美影さんは仰け反った状態からまるで机に吸い取られたかの如く、思いっきり頭を打ち付けた。 慌てて椅子から立ち上がり、美影さんの元に駆け寄る。 肩を掴んで、ゆっくりと起こすと、 美影さんは虚ろな表情を浮かべて何やらぶつぶつと呟いていた。 「私は中二病……。中二病は不自然……。私は不自然……。私は――」 「美影さん! 美影さんってば! 大丈夫?」 何度声を掛けても、琴音さんの時と同じように一向に戻ってきてくれない。 その後も何回も声を掛け続けたが、額を真っ赤にしたまま、美影さんは同じ言葉を呟き続けた。 「大丈夫っ? 何か凄い音がしたけど」 準備室から倉崎君が飛び出して来た。 僕は美影さんを抱きとめながら、倉崎君に事のあらましを説明した。 「そう……。それで、柊さんは?」 「……こんな状態」 尚も呟き続ける美影さんを示す。倉崎君はその姿を見て、小さく息を吐いた。 「あ、あのっ……。私の、せいですよね? 私が失礼なことを言ってしまったから……」 「い、いやそれは――」 今にも泣き出しそうだった小明さんのフォローをしようとした所で、 美術室の扉が勢い良く開き、僕の言葉を遮った。 「うーっす。只今帰ったぜー。 あとなんか、そこらでうろちょろしてる奴が居たから、ついでに連行してきたぞ」 右手で綾さんの制服の襟を掴んで、増田君が電話から帰ってきた。
続
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