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第三章 過度なスキンシップ

 

 

 

 

「すまん、ちょっと出てくるわ」

そう言って、増田は勢い良く美術室を飛び出していった。

「きゃっ!」

「おっと、悪い」

増田が美術室のドアを通り過ぎた所で、誰かの短い悲鳴が聞こえた。

何かあったのか、と少し心配になり、僕は廊下に出て様子を見に行った。

「痛ぁ……。もうなんなんですか、一体」

廊下に顔を出してみると、そこには見知らぬ女の子が尻餅を突いていた。

「大丈夫? ごめんね、僕の知り合いが迷惑をかけちゃったみたいで」

僕はその女の子に手を差し伸べながら、

迷惑を掛けてしまった友人に代わって、その子に謝罪した。

「あ、いえ。ちょっとびっくりしちゃっただけですから」

女の子は僕の手を取り、軽く身じろぎをしながら立ち上がった。

「ありがとうございます」

「ううん、気にしないで。それじゃ僕はこれで」

「あ、すみません。一つ聞いても良いですか?」

僕が美術室に戻ろうとしたら、女の子が鞄から何かを取り出しながら、僕を呼び止めた。

振り向きざまに了承の意を伝えると、女の子は手元の紙を僕に手渡しながら、僕にこう言った。

「ありがとうございます。あの……美術室ってどこにありますか?」

手渡された紙には、美術室までの簡易的な地図が書かれていた。

僕は少し動転してしまい、

恐る恐る上に掲げられているプレートを指差しながら、女の子に答えを返した。

「えっと……ここだけど」

簡易地図は丁寧にお返ししました。

 

 

 

 

 

 

「あっあの! 私、1年8組の桐ヶ谷 小明(きりがや あかり)っていいますっ。

特技は跳び箱、好きなことは掃除です! これからよろしくお願いしますっ」

頭を深々と下げながら、彼女はそう自己紹介した。

そして対する既存部員達は、とても嬉しそうな顔をして、彼女を迎えた。

「部長……! やっと、やっと念願の新入部員が……」

やったよ裕子! 私達、やり遂げたんだよっ

お互いに手を取り合って、篠原さんと鈴本さんは満面の笑みを浮かべていた。

「ど、どうしたんですか先輩方っ」

「多分嬉しいんだよ。初めての新入部員さんだからね」

そう言う僕も、内心凄く喜んでいた。

肩に乗せられていた荷物が一気に取りさらわれたような、そんな気持ち。

表情も自然と笑みを浮かべていた。

「あ、申し遅れちゃった。僕の名前は倉崎 順斗。今年で三年生だ。これからよろしくね」

「よろしくお願いします。先程は本当にありがとうございました」

「いやいやそんな。こちらこそ、入ってくれてありがとうだよ」

軽く感謝合戦。また増田に怒られちゃうかも。

いや、今回は謝り合戦じゃないから大丈夫なのかな?

ここに居ない友人が一瞬頭をよぎったが、

とりあえず流れをスムーズにするため、進行役を買って出た。

「ほら、鈴本さん。ちゃんと挨拶しなきゃ」

僕がそう促すと、鈴本さんは少し慌ててから、ビシッと身なりを整えて自己紹介を始めた。

あ、ごめんなさい。私の名前は鈴本 琴音。この美術部の――

「ストップ、ストッープ!」

うっかりしてた。いや、うっかりしてたのはむしろ鈴本さんの方だけど……。

何よ、順斗君。これからって時に

「……いや、だから聞こえないんだって」

頬を膨らましている所から察するに、僕を非難しているのだろうけど、

その非難すらも僕の耳には届いていない。

ていうかもっと正確に言うなら、僕らに、だろう。

「ちょっと待ってて。今、取ってくるから」

僕は鈴本さんに一言言ってから、急いでポスターを取りにいった。

 

 

 

 

 

 

(なに、この状況……)

僕がポスターを取ってみんなの居る所に帰ると、

そこはもう、それはそれは物凄い状況になっていました。

私の名前は鈴本 琴音。

この美術部の部長をしているわ。これからよろしくね、あ・か・り・ちゃん♪

「<*‘%’!? ……は、はい。よろ……よろしくっ、お願い、します……」

そう返してから、桐ヶ谷さんはその場にへろへろと座り込んでしまった。

その一部始終を見た他の人達は……。

「ああっ! 大丈夫? 小明ちゃんっ」

「ごめん、倉崎君。僕らも止めたんだけど……」

「力及ばず」

「あぁ……うん。何となく分かったから良いよ」

鈴本さんの悪い癖が出ちゃったか……。全くもう。

まぁ過度なスキンシップだと解釈すれば……ギリギリアウトだね。

「す、すみません。大丈夫です――っ! あっあれ?」

桐ヶ谷さんは立ち上がろうとしたが、また座り込んでしまった。

見ると、足が小さく震えていて、力が入らないようだった。

「大丈夫? 小明ちゃん」

「え、えっと……大丈夫じゃないみたいです。足に力が入らなくて」

「大変だ。少し待ってて、椅子持ってくるよ」

「あ。ありがとうございます」

僕とは違った形で、桐ヶ谷さんの体にも深刻なダメージが及ぼされているようだった。

桐ヶ谷さんの介抱は篠原さんとレイ君に任せて、僕は鈴本さんの方へ向き直った。

「鈴本さん、耳元で囁くのは程々にお願い」

何度も被害に遭っている僕からの切実なお願いです……。

しかしそんな僕からの切望に対して、鈴本さんは薄く微笑みながらこう返した。

ちなみに会話成立のために、ポスターは予め渡してある。

「あれ、もしかしてやきもち?」

「違うよ! 今の桐ヶ谷さんみたいになっちゃうから言ってるの」

「えっへん」

「今の会話のどこを誇らしく思ったのか、後でレポート用紙にまとめて提出してね」

「はーい」

そう言って、鈴本さんは再び笑顔を浮かべた。

本当にこの人は……。はぐらかすのだけは上手いんだから……。

はぐらかされる僕も大概だけど。

 

さて、これからどうしようか。

今は篠原さんとレイ君が桐ヶ谷さんの介抱。増田が外出。

そして僕と鈴本さん、西園寺さんと柊さんが手持ち無沙汰に……ってあれ?

「そういえば柊さんは?」

「ひーちゃん? あれ、本当だ。いない」

鈴本さんも知らないらしい。

思えば、放課後になってからというもの、柊さんを見かけてなかった気がする。

どこにいるんだろう?

「西園寺さん。柊さんどこに居るか知ってる?」

僕がそう問いかけると、西園寺さんは少し首を傾げた後、僕にこう返した。

「知らない。私と優作が美術室に来た時には、もういなかったと思う」

「そう、ありがとう」

どうしたんだろう。柊さんが西園寺さんにまで行き先を告げていないとは。

「それじゃあ僕、ちょっと探してくるよ」

「あ、じゃあ私も――」

「あ、ううん。ちょっと回ってくるだけだから。鈴本さんはここで待ってて」

鈴本さんにまで付き合わせることはないだろう。

鈴本さんは少し不服そうだったが、

僕はそんな鈴本さんに一言謝ってから、美術室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

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