第二章 勧誘競争
放課後。 午前中で全ての時程が終了し、今は美術室でのんびりとした時間を送っている。 「久しぶり〜。私の定位置♪ ん〜やっぱり落ち着く〜」 何やら椅子に座って、 目の前の机に体を預けながら、ほんわかとした笑顔を浮かべている。凄く幸せそうだ。 「もう部長。みんな居るんですから、もうちょっと部長らしくして下さい」 「あと5分〜」 「シャキっとして下さいよ。 今年は何としても、新入部員を手に入れなければならないんですから」 「はっ! そうだった……」 篠原さんの説得により、ようやく鈴本さんが脱力モードから、気持ちを切り替えたようだった。 と思ったのだが、今度は必要以上にオロオロし始めた。 「どうしよう……。勧誘とか何も考えてなかった……。 えーっと、まずポスターを作って、校門前で待ち伏せして……それから、それから――」 「す、鈴本さん? ちょっと落ち着いて……」 声を掛けても、その声は鈴本さんには届いていなかった。 頭を抱えて、一定距離を行ったり来たりしている。顔色も随分と青ざめていた。 「新入部員……。失敗したら廃部。嫌、そんなの嫌……。どうにかしなくちゃ、どうにか……」 何かを呟きながら、教室中を歩き回っていた鈴本さんは、 いきなりその呟く口をつぐみ、同時に歩き回るその歩をも止めた。 「部長?」 篠原さんが心配に思って、鈴本さんに駆け寄った。 何度か声を掛けたり体を揺すった後、篠原さんは僕らの方へ向き直り、こう言った。 「……私達で何とかしましょ」 僕らは黙って頷いた。
「それにしても、本当にどうしようかしら。何かしようにも、時間も人員も足りないわ」 話し合いが始まるや否や、篠原さんは沈んだ声でそう言った。 僕らの学校は、公に勧誘する場を提供していない。 部活側が出来る手段としては、ポスターを掲示するか、 それこそキャッチセールスよろしく、校門前等で勧誘するくらいしか出来ない。 ……当然、人数は多い方が効率が良い。 「校門前はもう運動部の人達が占拠してたよ。キャッチはもう期待出来ないかも」 レイ君が様子を見に行ってくれたようで、美術室に足を踏み入れながら、そう僕らに報告した。 やっぱり一等地は早々に取られちゃうよね……。 「じゃあ、ポスター?」 「まぁそれしかないかな」 とりあえず最善と思われるポスター作成に取り掛かろうとした僕らだったが、 篠原さんはまだ悩んでいるようだった。 「ポスター……。いいえ、でも今回は倉崎君が居るから。でも……」 「どうした、篠原。まだ何かあるのか?」 「……なんでもないわ。それじゃあ、早速ポスターを作り始めましょうか」 そうして僕らは、急いで勧誘ポスターの作成に取り掛かった。
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それから俺らは急ピッチでポスターを描き進め、 その甲斐あって数日で学校中に掲示することが出来た。 のだが……。
ポスターを掲示してから約一週間後。 美術部には未だに新入部員はおろか、見学者すらも来ないという状態だった。 「……来ないな」 「うん……来ないね」 何度このやり取りをしたことか。 重苦しい空気を感じながら、暇を持て余していると、篠原がぽつりと呟いた。 「今年も駄目なのかなぁ……」 そう言う篠原の表情は、とても悲しげで。半ば諦めの入った声だった。 「だ、大丈夫だって。きっと今日は誰か来てくれるはずだよ」 「だと良いのだけれど」 倉崎が篠原のフォローに入る。 しかし、そう言う倉崎の表情も、篠原と同じく沈んだ表情だった。 (きっと今日は、きっと今日は。と言い続けてもう一週間か。 そりゃ落ち込むわな。どうにかしてやりたいが、新入部員だなんて俺にはどうしようも――)
プルルルル。プルルルル。
「おわっ! すまん、俺だ」 無機質なコール音と、情けない俺の悲鳴が美術室内に木霊した所で、 俺は慌ててポケットから携帯を取り出した。 (ったく、誰だよ。これでふざけた内容とかだったら、覚えてろよ) 俺は通話ボタンを押しながら、迷惑になることを考慮して、少し倉崎達から離れた。 「もしもし」 電話の相手は、どこかで聞いた事があるような渋めの声の持ち主だった。 「もしもし、私だ。遅れて済まなかった」 私? そんな挨拶をする奴は、俺の知り合いにいないんだが。 ……いや、心当たりが一人だけ。 「すまん、ちょっと出てくるわ」 俺は携帯のマイク部分を指で抑えながら、走って美術室を飛び出していった。 (どこか、どこか人気の無い所に……!) 「きゃっ!」 「おっと、悪い!」 美術室を出た所で、誰かと接触しそうになってしまった。 とっさの反応で何とかニアミスで済んだが、相手側は大丈夫だろうか? 少し罪悪感を感じながら、俺は人気の無い所を探してその場を走り去っていった。
続
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