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第五章 一筋の涙

 

 

 

 

「――ということがあったんだ」

とりあえず、キリの良い所まで話し終えた。具体的に言うと、学校での出来事まで。

いじめられていた小明を助けた話とか、バイトでのこととかはまだ話してない。

小明を助けた話はともかく、バイトでの話はしたくないな……。

美影のためにも。俺の身の安全のためにも。

「増田、お前って奴は……」

深く溜め息を吐いて、侮蔑十割の目で見据えてくる倉崎。

「ま、まぁ増田君も男子だしさ。そこは大目に――」

「当然、レイ君はそんなこと、想像……してないわよね?」

「ま、まっさかぁ。ぼ、僕がそんなこと想像するわけないじゃないかっ。あは、あははは……」

レイがフォローに入ってくれたが、裕子の怒りのスイッチを入れてしまったらしく、

こちらも半ば修羅場気味な様子だ。

「気持ちは分かるし、夢の中での話だけど……。最低ね」

理解してくれたかと思ったら、最大級の罵倒を浴びせてきた琴音。

目が怖いです。

「……やっぱりあのまま殺しておいた方が良かったか」

「激しく同意。万死に値する。死んで然るべき」

そこまで言うかっ? 

いや、だからやめてっ。お前らが本気になったら、俺蒸発するからっ! 

「とまぁ冗談はこれくらいにして――」

「ちょっと待てい! 

約2名本気なんですけどっ? 冗談を言ってるようには一切見えないんですけどっ?」

倉崎の一言で、綾と美影を除いたその他4人は通常モードにシフトした。

しかし、俺は変わらず殺されかけている。目が本気、逃げ場が少ない。

病人に日本刀と呪縛布は反則でしょう! 

あ……呪縛布は正しく使えば、反則ではないか。

「まぁ増田は少し反省した方が良いね。

僕達が凄く心配してたってのに、そんな欲望丸出しな夢を見てるんだから」

「分かった、分かったからっ! 反省してます! それはもう凄くっ。だから早く助けて!!」

そう言っても誰も助けてくれる様子はない。

くそっこいつら、裏切り者ぉ――!

 

 

 

 

 

 

長き死闘の末、ようやく俺は安息の時間を与えられた。

もう息はとっくに切れており、肩で息をしている状態だった。

今の俺なら、鉛筆にも負け越しが出来る自信がある。

「お疲れ様」

倉崎が労いの言葉を投げかけてきた。そうは聞こえないのは俺だけだろうか?

「でもなんかすっきりしたわ。だからあんなに嬉しそうな表情をしていたのね」

「そんなに嬉しそうだったのか?」

気を失っている時の自分の表情なんて知ったこっちゃない。興味はあるが。

「それはもう。

私がお見舞いに来た時はずっとニヤニヤしてたわ。殺意が湧いたのも丁度その時ね」

可愛い顔して何を言ってるんですか、琴音さん。もう勘弁してくださいよ。

「……」

レイは何か納得しきってないような表情をしている。

レイはレイなりに思う所があるのだろう。

「ところでさ」

「まだ何かあるのかっ」

倉崎がまた何かを言おうとしている。

もう俺の身体は保たんぞ。

俺が心身共に身構えていると、倉崎は素朴な疑問を口にした。

「いや、別に大したことじゃないんだけど……。

その夢の中での僕らはどうなってたのかな? って」

「…………」

また爆弾が来ましたよ。

せっかくその部分だけは、上手くはぐらかしてきたのに……。

今度こそ死ぬよ? 俺。

今度は綾と美影のみならず、この場に居る全員を敵に回しちゃうよ?

黙秘権を発動しようと思ったが、この話もみなさん大変に興味津々で。

俺は泣く泣く話すことになってしまった……。

 

 

 

「はーい。私はどうなってたの?」

最初は琴音が我先にと志願した。

もう俺は腹を括ることにし、淡々と話を続けることにした。

「琴音は……何というか、凄く引っついてきた」

「引っつく? あぁ、なるほど」

倉崎は何となく理解したようだった。

まぁいつも引っつかれてるから、心当たりがすぐに見つかったのだろう。

「……他には?」

もう既に黒いオーラが部屋中に立ち込めている。

あれ、何か明日が凄く遠い……。

「他には、やたらと名前で呼ぶことを強制してたくらいか。こと……鈴本はそれくらいだ」

名前の話で思い出した。

あれは夢の世界なんだから、元の呼び方で呼んだ方が良いよな。

少しでも災いの種はまかないようにしなくては。

「ふーん」

黒い笑顔を浮かべながら、何となく納得したような表情を浮かべる鈴本。

とりあえず第1関門突破か……。

「じゃあ次は私? あんまり想像出来ないけど」

次はゆう……いやいや、篠原かよ。

俺は第2関門で息絶えるようだ。

さようなら、おかあさん。

母さんの肉じゃが美味しかったよ…… 

心の中で自作走馬灯を見ながら、俺は死地に足を踏み入れた。

「篠原は……その、俺の……彼女だったよ」

「「「「「「…………」」」」」」

あれ? てっきり数秒後には地獄へご案内かと思ったのに。

俺は今もこの世に健在だ。

代わりに病室内が氷河期も顔負けするほど凍りついているが。

しかし、徐々に氷河期は終わりを迎えたらしく、解凍に成功した人達から話し始めた。

「最っ低」

まず始めに鈴本からジャブ。アクセントを添えて。

「増田君……。これは流石に見損なったよ」

横からストレート。やけに効くのは何故だろうか?

「……もう斬りたくもない」

「なんで私達はこんな人と話しているの? 一緒に居るだけでも不自然なのに……」

「心配してた僕らが馬鹿みたいだ」

親しい奴らからもことごとく突き放された。

こいつらにここまで言わせる奴は、世界中探しても俺だけだろう。やったね♪ 

そして極めつけは――

「も、もうみんな本気にしないでよ! 

私が、増田君と付き合うなんて、『未来永劫』『絶対に無い』んだからっ」

 

KO!!!! 

 

しかも、未来永劫と絶対に無いって所を凄く強調された。

「もういっそ、殺してくれよっ!!」

心から切実に俺はそう思った。

 

 

 

完全にこの場が解凍するのと、

俺の心の傷がある程度、癒えるのを待ってから、レイが再び話を振ってきた。

「じゃあ次は僕だ。

話を聞く限り、僕と倉崎君はあまり関係なさそうだけど、一応聞いておきたいな」

もうライフゼロを飛び越して、仮死状態な俺だけど、

レイと倉崎の話は、俺にとって砂漠にあるオアシスと同じくらい安住の地なので、

俺は言葉を絞り出すように質問に答えた。

「レイと倉崎は、あまり違いは感じられなかった。いつも通りだったよ」

「そう、ありがとう」

安住の地終了。

だって言うことないんだもん。しょうがないじゃん……。

「……じゃあ次は私達?」

来たよ最終関門。

綾と美影にとっても、俺にとっても嫌な時間の始まりだ。

美影だけなら何とかなるかも知れないが、綾の話まで入ってしまうと、

どうしてもあの時のことを言わざるをえない。

美影は純粋な疑問を俺にぶつけてきたが、

その純粋さは俺を、ひいてはこの場に居る全員に苦しませた。

「……俺の夢の中で、綾と美影は――」

「あっもう時間だよみんな。早くしないと怒られちゃう」

「え?」

レイがいきなり俺の話を遮った。

時計に目をやると、時刻は7時になるという所だった。

レイが言う時間というのは、面会時間のことだろうか?

「えっもうそんな時間?」

「大変、早く帰らないと」

レイに促されて、他の奴らも身支度を始めた。

虚を突かれた俺は、その間終始ポカンとしていた。

 

 

 

「じゃあまたね、増田。ちゃんと安静にしてるんだよ」

「お大事に」

「お、おぉサンキュー」

ぎこちなく返事を返したら、みんな順々に部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

病室から出て、僕は少し安堵した。

(良かった、何とか成功したみたいだ。時間を確認されてたら危なかったな……)

面会時間終了は、本当は8時。

本来より1時間程早く、僕らは増田君の病室を後にした。というのも……

(あれ以上は、踏み込んじゃいけない気がする)

僕はそう強く感じた。何となくって意味合いが強いけど、

それ以上に僕の中で、ある違和感が拭いきれなかったからだ。

 

 

 

「うっ……ううっ。うああああああぁぁぁぁぁぁ」

「っ! どうしたの、増田君! 琴音さん、お医者さん呼んできてっ」

「わ、分かったわ」

僕の言葉を聞いて、琴音さんは急いで担当のお医者さんを呼びに行った。

僕は、突然の出来事に困惑し、必死に増田君を落ち着けようと手を尽くした。

(一体、どうしたんだ。このうなされ方は……普通じゃないっ)

ただでさえ増田君は何日も昏睡状態だった。そんな状態でこのうなされよう。

彼の身に何かが起こっていることは明白だった。

増田君はベッドを壊す勢いで、頭を抱えながら暴れ続けていた。

「増田君っ! 落ち着いて、一体何が――」

僕が必死に増田君を押さえつけていたら、増田君は不意に暴れることをやめた。

そしてその時、彼の目元から一筋の涙が流れ落ちた。

「涙……?」

「――てくれ」

「えっ?」

ポツリと何かを呟いたかと思ったら、増田君は上半身を勢い良く起こし、大声で叫んだ。

「待ってくれえええええええぇぇぇぇぇぇ」

 

 

 

女の子にモテモテだった? 裕子が君の彼女になっていた? 

……とてもそうは見えなかった。

そんな夢を見ていた人が、涙を流すはずがない。

あの涙が、そして増田君が叫んだあの言葉が、何を意味するのか、僕には分からない。

でもこれだけは確信出来た。

増田君が見ていた夢は、決して笑い話で済むような楽しい夢ではなかった。

って事くらいは……。

 

 

 

 

 

 

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