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第三章 五日間、六日間

 

 

 

 

「待ってくれえええええええぇぇぇぇぇぇ」

「うわっ! び、びっくりした〜」

「……ここは、どこだ?」

辺りを見渡す。清潔で真っ白な内装。カーテンに仕切られた間取り。

そして、すぐ横には胸に手を当てて、何度も深呼吸をしているレイの姿があった。

「驚かさないでよ。ちょっと前にうなされたかと思ったら、急に飛び上がって……。

君は僕の心臓を止める気かい?」

「す、すまん」

状況が理解出来ないが、驚かせてしまったのは事実なのでレイに頭を下げる。

レイは首を横に振った。

「それにしても、よほど怖い夢を見たんだね。今日の君のうなされ方は尋常じゃなかったよ」

「夢……?」

まさか、あれは全部夢だったのか……? 

いや、そんなはずはない。夢だったらどれだけ良いことか。

俺はこの身で感じたんだ。冷たくなった綾を。俺の腕の中で息を引き取った美影を。

思い出したくもない、あの血の気が引くような惨状を。

「ど、どうしたの? 凄く顔が青ざめてるけど……」

「あ、あぁ。大丈夫だ……。少し、嫌なことを思い出しちまっただけだから」

座っているのに、目眩がする。どこからか吐き気も感じられた。気分が悪い……。

どうにかなっちまいそうだ……。

「そ、そう。今、琴音さんがお医者さん連れて来てる頃だから。

それまで、少し横になっていた方が良いよ」

「琴音が……? あぁ、分かった」

座ってることすら辛くなってきた。

俺はレイとの会話を終えた後、力無くベッドに横たわった。

 

 

 

 

 

 

その後程なくして、琴音が医者をこの部屋に連れてきた。

気分の悪さはだいぶマシにはなったが、俺はだるい身体のまま、医者の診断を受けた。

「精神的に参ってますね。それで、身体にも支障がきたされている。

しばらく安静にしていれば良くなるでしょう」

これが最終的に言われた言葉。器具を引き上げてから、医者はこの部屋を出ていった。

 

 

「大丈夫? はい、お水」

片手に紙コップ。そしてもう片方の手で、ポスターを口に当てているという、

器用な芸当をしながら、琴音は俺に水の入った紙コップを手渡してきた。

「おう……サンキュー」

琴音から紙コップを受け取る。

俺は水を一気飲みして、近くにあった小さいテーブルに空の紙コップを置いた。

「どう、調子は?」

レイが心配そうな顔をして、俺に問いかけてきた。

俺は極力心配させないように、気持ち明るめで答えた。

「も、もう大丈夫だ。ほらっこんなに元気だしよ」

「……まだ、安静にしてた方が良いね」

呆れたように息をつきながら、レイはそう言い放った。

やっぱ、虚勢を張っても見抜かれちまうか……。

「琴音さん。他のみんなは、あとどれくらいで来れるって?」

「えーっと、もうみんな来ると思う。少し前に、学校終わったってメール来たから」

壁に掛かった時計に目をやりながら、琴音はそう答えた。

「学校……? レイ、今日は何曜日だ?」

「今日は金曜日だよ」

「そうか……。俺は、6日も意識を失っていたのか」

俺がぽつりと呟くと、レイがキョトンとした顔で、俺の言葉を否定した。

「6日? え、5日の間違いじゃない?」

「は?」

何を言ってるんだ……? 

俺が気を失ってたのは、6日で合ってるはずだ。

あの日はバイトがあったから、土曜日。で、今日は金曜日。

1日1日指折りで数えても……間違いない。6日で合ってる。

「琴音さん。僕、何か間違ってること言ってるかな?」

「ううん。レイ君の言う通り、5日で合ってるよ」

話が噛み合わない。

琴音まで5日だと主張してきた。でも、俺の記憶上ではどう考えても6日なのだ。

数え方が間違ってるのかとも思ったけど、どう数えても5日にはならない。

どうなってるんだ?

「レイ。今日は何月の何日だ?」

「えーっと……今日は、2月の……21日だね」

携帯のカレンダーを見て、レイはそう答えた。21日だとっ? 

そんな馬鹿な、21日は小明を助けた日……っ!

(まさか、今まで見てたのは全部夢……?)

さっきはそんなわけない、と流したが、そう考えると全てに辻褄が合う。

俺は確認のために、レイと琴音に一つ問いかけた

「なぁ、俺は綾に首を絞められた後。どうなったんだ?」

「どうって言われても。そのまま目を覚まさなかったとしか――」

「増田っ? 気がついたの?」

「良かった……。目を覚ましたのね」

レイが当惑気味に言葉を紡ぎ出していたら、

病室の扉を勢い良く開けて、倉崎と篠原が入ってきた。

俺の姿を見て、とても安心しきった表情をしている。

「あれ? 裕子。ひーちゃんと綾ちゃんは?」

「え? あれっ? さっきまで、後ろに居たのに――」

「っ!? 綾と美影が居るのかっ?」

「居たんだけど……。どこに行ったのか」

篠原の言葉が終わらぬ内に、俺はベッドから飛び降り、部屋を飛び出した。

後ろの方から倉崎の制止する声が聞こえたが、んなことはどうでもいい!

(綾っ……! 美影……!)

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。彼ならきっと許してくれる」

「……」

誰も居ない廊下に佇む2人の少女。

彼が居る部屋はあと数歩も歩けば見えてくる。そこの角を曲がればすぐ。

でも綾は、そこから動こうとはしなかった。

「……」

言葉が出ない。美影にも何を言ったら良いのか分からなかった。

こんな状態で彼の元へ行ったら、それこそどうなるか……。

許してもらえるという保証もなかった綾は、

そこの角を曲がるということが、とてつもなく怖かった。

「増田っ! どこに行くの!?」

廊下に鋭く響き渡る声。

声が聞こえたかと思ったら、勢い良く角を曲がってくる人影があった。

「あ、綾……。美影……」

 

 

病衣のままで部屋を飛び出し、そのままのスピードで俺は最初の角を曲がった。

すると目の前には、あの時失ったはずの、綾と美影が……。

いつも通りの姿で、いつも通りに、そこに居た。

「あ、綾……。美影……」

自然と声が漏れ出る。

緊張の糸が解けたのか、腰に力が入らなくなって、その場に座り込んだ。

そしてその後、堰を切ったように、涙がボロボロと零れ落ちた。

「良かった……。本当に、良かった……」

「ど、どうしたの? いきなり泣き出すなんて不自然」

美影が慌てて俺の近くに駆け寄った。介抱するその手は、とても暖かった。

お前らが生きている。

そんな当たり前なことが、今の俺にとっては凄く嬉しいことなんだ……。

「綾は……? 綾はどこだ?」

滲んだ視界で、俺はもう一人の女の子を探した。

 

 

「良かった……。本当に、良かった……」

いきなり現れたかと思ったら、これまた突然に増田は大粒の涙を零して、泣き始めた。

「ど、どうしたの? いきなり泣き出すなんて不自然」

美影が綾の元を離れ、増田の介抱に向かう。

綾は状況が理解しきれずに、その場に立ち尽くしていた。

「綾は……? 綾はどこだ?」

名前を呼ばれて、ビクッと体が反応した。

増田はぎこちない動きで辺りを見渡している。どうやら、綾には気づいていないようだった。

「っ……」

彼の元へ歩きだそうとした。でも、足が動かない。

嫌われたらどうしよう。拒絶されたらどうしよう。

未だに恐怖している自分が居た。

……いや、彼はそんなことはしない。

分かりきってはいたが、どうしても踏み切れなかった。

そう心の中で葛藤し、立ち尽くしていたら、

美影がこちらに向き直り、微笑みを浮かべながら綾にこう言った。

「大丈夫だから。私と、そして……彼を信じて」

その言葉が綾を動かした。

今まで、自分を縛り上げていた恐怖が取り去らわれ、綾は増田の元へと駆け寄っていった。

「優作……!」

 

 

辺りを見渡しても、綾は見つからなかった。

まさか、綾は……と、不安になりかけていた頃に――

「優作……!」

自分を呼ぶ声が聞こえた。

聞き間違うはずもない。その声は紛れもなく、探し求めていた綾の声だった。

「あ、綾っ!」

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさいっ」

綾は増田のことを強く抱きしめた。

自分が犯した過ちを、少しでも許してもらえるように。

強く、しかしどこか相手を思いやる、優しい抱擁だった。

(夢で……良かった)

心の底から俺はそう思った。

いくらラブレターを積まれようと、いくら多くの女子から告白されようと、

綾と美影が居ない世界だなんて、こっちから願い下げだ。

綾と美影がここに居る。こんなに嬉しいことはないっ……! 

俺は、失いたくない、その一心で綾のことを強く抱きしめ返した。

 

 

 

 

 

 

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