TOP

前の章へ / 目次 / 次の章へ

 

 

第二章 最期は笑顔で

 

 

 

 

……この場に立っているのは、俺だけだった。

目の前には先程まで胸糞悪く嘲笑っていた男が倒れている。

無我夢中で殴り続け、気がついたら一言も発さなくなっていた。

ふと見渡すと、辺りは血まみれになっていて……

そこには、もうすっかり冷たくなった二人が居た。

俺は目の前の現実から逃避するように目を閉じ、膝を着いて涙を流した。

「……なんで、なんでこんなことにっ。

望んじゃない、俺はこんなこと望んじゃないっ! 

嫌だ……夢なら、覚めてくれっ」

急に目眩を感じた。

精神すらもここに居ることを拒否するように。

肉体的にも精神的にも参っていた俺は、その場に倒れ込んで、そして……意識を失った。

 

 

 

 

 

 

もうどれくらいこうしていただろう……? 

暗い空間にただ一人、増田はそこに居た。

何も感じなかった。何も感じることが出来なかった。

最後に残ったのは、二人との思い出のみ……。

 

 

「紹介するよ。うちのモスラバーガーの仕事全般を担当してもらっている柊 美影だ。

自然をこよなく愛す優しい子だよ」

「へぇーそれでその腕前ってすごいな。尊敬するよ」

「べ、別に小さい頃から料理してればこれくらい自然に出来るようになる……」

「呪縛布。異論は認めない」

「こういうのが趣味?」

「嫌……。見ないで……。お願いだから、もう見ないで……」

「明るく振る舞う……。友達と……。ショッピング……。それが、自然……」

 

 

ごめんな、美影。お前を止めること、俺には出来なかった……。

 

 

「名前は西園寺 綾。ここモスラバーガーの食材調達を担当している子なんだ。

今日は店の手伝いをしてもらってるけどね」

「何故止める? 結城。こいつは紛れも無く不審者だ。だから斬り殺す」

「……これは、私の誕生日に美影がくれたもの」

「西園寺。大事な刀、汚しちゃってごめんな」

「そんな事はどうでも良い。……あなたはどうしてそこまでして――」

「ご、ごめんっなさい……! 私の、せいで……。またっ。本、当に……ごめん、なさい……」

 

 

ごめんな、綾。お前を守ること、俺には出来なかった……。

 

 

「……じろじろ見るな」

「あ、ああっ悪い……つい、見とれちまって……」

「もっと自然な言い方があるでしょ?」

「そうだな。……二人共似合ってるぞ」

「二人共、ここを離れないって聞かなくてね。

ずっと付きっきりで増田君の事、看病してたよ。まぁ流石に疲れちゃったみたいだけどね」

「あなたの言い分は分かった」

「……彼が頑張ってた事も」

「……あなたが応援してあげたくなるのは、とても自然なこと」

「だから、私達も……」

「「そんなあなたと彼を、全力で応援する!」」

 

 

もう、綾と美影はここに居ない……。

俺の目の前で、俺の腕の中で……死んでいった。

こんな世界で、俺は何を望む……? 

綾と美影を失った世界で、俺はこれから何をすれば良いんだよ……?

俺は思考さえも捨てようとした。

こんなものは、もういらない。だってもう、悩むことも、考えることも必要ないんだから……。

俺も、今すぐそっちに――

 

――駄目。こっちに来ては、駄目

――死んだ人の後を追うなんて不自然

 

どこからか声が聞こえた。

その声は、どこか寂しげで……。でもとても落ち着いた声だった。

 

――あなたは、生きて

――私達の分も

 

無理だよ……! お前らがいない世界なんて、俺には……

 

――あなたは、私達を救ってくれた

――あなたには生きていて欲しい

 

そんなのお前らだってそうだ! 

お前らだって俺を救ってくれた。横に居てくれるだけで、俺がどれだけ安心したことか。

俺は、お前らに生きていてほしいんだ!

 

――ありがとう。 あなたのおかげで、毎日が楽しかった

 

なんでそんな遺言みたいなんだよ。

まだ、死ぬわけじゃないだろ? なぁ、嘘だって言ってくれよ……

 

――そろそろ、お別れの時間

 

そんなっ! なんでだよ……! 

まだ俺は、お前らに伝えてないことがたくさんあるんだっ。

だから戻ってきてくれよ、おい!

 

――わがまま言わないで。せめて、お別れくらいは……笑顔で、ね?

 

っ! そう言われちまったら、何も言い返せねぇじゃねぇか……。

……分かった。お前らが、そう望むのなら、俺も……笑顔で、見送ろう

 

――ありがとう。あなたのそういう、優しい所。大好き……

――あなたなら、きっと大丈夫。信じてるから

 

 

 

 

 

 

 

「「さようなら。私達が、生まれて初めて、愛した人」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声は聞こえなくなった。再び暗い空間にただ一人。

増田は、力無く笑みを浮かべながら……

 

涙を流していた

 

 

 

 

あれ……? おかしいな……涙がっ、止まらねぇ……!

 

拭っても拭っても、涙は止まらない。

どんなに拭おうとも、その涙は流れ続け、そして……

 いつしか、増田は笑みを浮かべていられなくなった。

 

笑顔でって言ったのに……! 笑えよ!! 俺っ!

 

 

 

 

 

 

やっとの思いで、増田は笑みを浮かべた

 

しかしその笑顔は、作られた笑顔で

 

どこまでも、痛々しくて

 

どこまでも、悲しげで

 

普段浮かべている、あの明るい笑顔の面影は、どこにもなかった

 

 

 

 

ははっ……。はは、はははは……。

笑えてるか? 俺、今、上手く……笑えているか?

最後くらい、いつものように……。

 

 

 

 

 

 

 

最後

 

 

 

最後……

 

 

 

最期

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの、ことが……好き」

「……優作。大好き……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ…………

 

 

 

嫌だ

 

 

 

嫌だ

 

 

嫌だ

 

嫌だ

 

嫌だ

嫌だ

嫌だ

嫌だ

嫌だ

 

 

やっぱり……嫌だ…………!

 

お前らを失うなんて、俺には耐えられない。

 

おい、待ってくれ……!

 

行くなっ戻って来てくれ! 綾っ美影っ。お願いだ、戻って来てくれよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと、俺の隣で……笑っていてくれよ!!

 

 

 

 

 

 

前の章へ / 目次 / 次の章へ

TOP