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第四章 謝罪

 

 

 

 

「お疲れ様〜増田君」

「お疲れ様です」

結局、最後の最後までカウンターで客を捌き続けていた店長に挨拶をしてから、

俺はモスラバーガーを後にした。

その後、綾が調達をしていると思われる山の方に足を向ける。

(さっき店長に聞いても、まだ帰ってきていないって言っていた。まだ綾はそこに居るはずだ)

最低でも山ないし、それまでの道のりに居ると予想した俺は、

行き違ってしまう事に細心の注意を払いながら、その道を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

「あ……」

しばらく歩いていると、前方数十メートル先に、綾と思われる人影を見つけた。

バイト中いつも着用している制服を着て、右手にはビニール袋を引っさげている。

そして手入れが大変だろうと思われる、あの黒髪長髪。

間違いない、紛れもなく西園寺綾その人だった。

俺はすぐに走り寄って、声を掛けた。

「おーい、綾―!」

「……? え」

大声で呼びかけたら、綾も俺に気づいたらしく、驚きの表情を浮かべた。

ある程度近寄った所で、俺は深く頭を下げた。

「すまん! 綾」

「月曜日、ついふざけてお前の日本刀を奪っちまった……! 

本当にごめんっ、お前が凄く大事にしてる物を、俺は無神経に……」

俺は、深く後悔していた。

なんであんなことをしてしまったんだろうって。

それに付け加えて俺は、すぐに謝ろうともせずに……

次、会えたら謝ろうだなんて、軽く考えていて。

その結果、こんなにも謝るのが遅れてしまった……。

なんて最低野郎だ。謝っても謝りきれない。

「頭を上げて」

「……え?」

心中で激しく自責をしていたら、綾の口から予想だにしていなかった言葉が返ってきた。

言われるがままに、頭を上げる。

すると目の前には優しく微笑んでいる綾の姿があった。

「そんなに自分を追い詰めないで。

あの時は、ついカッとしちゃったけど……。もう、気にしてないから」

「っ……」

あんなことをしてしまったのに……。こんなに謝るのが遅れてしまったのに……。

綾はそんな俺に、笑顔を向けて許してくれた。

尚更、自らを責める感情が溢れ出てくる。

「で、でも俺は――」

「気にしないでって言ったはず。これ以上しつこいようなら、お望み通り斬り刻んでやろうか?」

「は、はい……。すみません」

言葉の途中で、綾は日本刀の柄に手を据えて、俺の言葉を遮った。

けど、この時の綾からはいつものような殺気は感じられなかった。

不器用な止め方だったが、綾なりに俺を気遣ってのことだった。

(良かった……。ちゃんと謝ることが出来て……綾にも許してもらえて)

最後の荷を降ろすことが出来て、俺は心の底から安堵した。

「……帰ろう」

「そうだな。あっ綾。ちょっと」

首を傾げている綾に、持っている袋を渡すようにジェスチャーする。

「いい。これくらい持てる」

「まぁそうだろうけど。これくらいさせてくれ。せめてもの罪滅ぼしって事で」

「……」

そう言うと、綾は黙って袋を手渡してくれた。

俺は袋を受け取ってから一言付け足した。

「ありがとな、綾」

綾は何も言葉を返さなかった。

俺と綾が、初めて食料調達に行った時のように。

その無言こそが、綾にとっての意思表示だった。

 

 

 

 

 

 

しばらく、モスラバーガーまでの道のりを2人で歩いた。

相変わらず無言のウォーキングが続いたが、

もうすぐ着く、という所で、綾が何かを差し出してきた。

「……これ」

「ん、何だ? ……これは」

差し出された物を手に取って確認してみると、

それはこの近くにある映画館の鑑賞チケットだった。

「一緒に行かない?」

顔を赤らめて恥ずかしそうに視線を逸らしながら、綾は俺に向かってそう言った。

そんな綾に、俺は微笑みながら返事をした。

「俺で良ければ喜んで」

そう返すと、綾は凄く嬉しそうに笑みを浮かべた。

「それじゃあ、明日、行こ」

「おう。んじゃ店長に言っとかないとな、このこと」

手渡されたチケットに目を通しながらそう返していると、

チケットの真ん中ちょい下辺りに『4名まで可』と書かれてあったのを見つけた。

「そうだ、どうせならみんなで行こうぜ。

店長と美影も呼んでよ。そっちの方が楽しいだろうしさ」

我ながら良い案だと思った。

それならわざわざ説明する手間が省けるというものだ。

「……――や」

「え?」

突然立ち止まって、声にもならないような声で綾は何かを呟いた。

俺は綾の方を振り向きながら、その場で立ち止まった。

俺が聞き返すと、綾は責め立てるように俺を睨みつけて、こう言った。

「嫌。……私は、あなたと行きたい」

「え……? でも、みんなで行った方が絶対に楽し――」

「黙って」

言葉の途中で遮られる。

その後、綾は俺にもう一歩近寄って、首に手を回してきた。

綾の暖かな温もりを直接感じ、その綺麗な長髪は、俺の肌を優しくくすぐっていた。

「あ、綾……?」

「まだ、分からないの?」

「な、何が?」

いつもより綾が近い。物理的にも、どうしてか精神的にも近しく感じられた。

そんな綾の視線は、しっかりと俺の目を見据えていた。

「あなたの、ことが……好き」

「っ!」

綾は……俺の事が好き? 

突然の告白に頭の中が真っ白になる。綾はそのまま続けた。

「あなたは……私のこと。好き?」

至近距離で小首を傾げながら、とんでもないことを聞いてきた。

俺は、即答することが出来なくて、つい口をつぐんでしまった。

しばらくの間を空けた後、ようやく絞り出した言葉で、俺は綾に返事をしようとした。

「お、俺は――」

「いい」

綾が俺の唇に人差し指を当てて、再び言葉を遮った。

「もう、いい。あなたは、じっとしてて」

そう言って、綾は目を瞑った。

首に回した腕に少しずつ力を入れて、ゆっくりと近づいてくる。

「あ、綾……? 一体、何を――」

綾は何も答えなかった。

俺も、これ以上言葉を続けられずに、この場の流れに身を任せてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているの?」

 

 

 

 

 

 

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