TOP

前の章へ / 目次 / 次の話へ

 

 

第五章 代償

 

 

 

※この話にはグロテスクな表現が含まれます。

苦手な人は十分にお気をつけ下さい。

 

 

 

声のした方へ振り向く。

するとそこには、力無く立ち尽くす美影の姿があった。

つい先程まで、数センチにまで密着していた二人は、突然現れた人影の方を向いて固まった。

「――れて」

「えっ?」

「離れてって言ってるのっ!!」

住宅街一帯に響き渡るような声で怒鳴りつける。

増田は美影の怒号を聞いて、すぐさま綾から身を離した。

「あなた達、何をしていたの?」

ゆっくりと二人に歩み寄っていく。

増田は、返す言葉が無いといった風に、一言も返事を返さなかった。

「来るな」

増田と美影の間に綾が立ち塞がった。

その表情は険しく、その目に……光は見受けられなかった。

「どいて」

「断る」

「どいてよっ! 綾っ!!」

四方八方から綾に向かって、呪縛布が襲いかかった。

まるで生きているかのようにその華奢な肢体に巻き付き、

綾に日本刀を抜かせる間も無く、その自由を奪った。

しかし綾は意にも介さずに、自らを縛り付けた物を粉微塵に斬り刻んだ。

「おい、何してんだよ……。二人共、やめろって」

「「あなたは黙ってて」」

ようやく絞り出した言葉も、二人によって跳ね除けられてしまった。

(二人共、正気じゃない……!)

増田が感じたそれは、いつも受けている凄みとは明らかに違っていた。

おふざけやじゃれ合いとは違う。

怒り……いや、それはもはや殺意だった。

「これ以上邪魔するようなら、たとえ美影でも容赦しない」

美影を強く睨みつけて、半ば脅迫に近い警告を伝える。

「邪魔……?」

怖気付くかと思っていたが、

美影は綾の予想からは外れ、更に表情を険しくして綾を睨み返した。

 

 

「邪魔をしてるのはどっち? そうやって良い所取りして、一気に彼女気取り?」

「黙れ」

「あなたはいつもそう。

いつも自分のことしか考えないで……その結果、振り回されるのはいつも私。

そのくせ、反省すらしていない」

「黙れ……!」

「本当は、他人なんてどうでも良いんでしょ? 

自分の欲望を満たしてくれるだけの糧としか思ってないんでしょ? 

だってあなたは……」

 

 

 

「他人を何人も殺めてきた『殺人鬼』なんだから」

 

 

 

「黙れっ!!!!!!」

自分の声が許す限り、綾は声を荒らげた。

全身を震わせて、日本刀の柄を握り締めて、そして……姿勢を低くした。

「っ! 綾、やめろ!!」

何度も対峙したからこそ、予想することが出来た。

綾が美影に襲いかかるよりも早く、

増田は恐怖ですくんだ体を奮い立たせ、綾の腕を掴もうと手を伸ばした。

しかしその手は綾の腕を捉えることはなく、虚しく空を切った。

何者にも阻まれなかった綾は、美影の方へ走り寄って、そしてそのまま……

 

躊躇することなく日本刀を振り下ろした。

「やめろおおおおおおぉぉぉぉぉぉ」

増田は力の限り叫んだ。

これで綾が手を止めてくれれば……そんな甘い考えを信じて。

だが、現実は残酷なものだった。

「ぐっ……!」

「姉妹だろうが斬り刻むっ!!」

綾は止まるどころか、振り下ろした日本刀を返して、追い打ちとして逆袈裟斬りを食らわせた。

「綾っ! もう、やめっ……。やめてくれえええぇぇぇ」

綾を止めようと足を動かそうとしたが、その足は鉛のように固まって動かなかった。

何度命令してもピクリとも動かない。

増田は目の前で繰り広げられる虐殺を、どうしても止めることが出来なかった。

……ただただ、自分のヘタレ具合にとことん絶望していた。

「死ね! 死ねっ! 死んでしまえ!」

その間にも、綾は容赦なく日本刀を振り続けた。

初撃を避けることが出来なかった美影は、そのまま斬られ続けることしか出来なかった。

 

 

……全ての準備が終わるまでは。

「死ぬのは、あなたの方」

「……え?」

そう美影が発した後、再度綾にあらゆる角度から呪縛布が襲いかかった。

もう反撃されることはないだろう、と高を括っていた綾は、

その隙を突かれて美影の反撃を許してしまった。

綾の全身を呪縛布が強く縛り付ける。

「何で……動けるの?」

信じられない物を見たように、目を見開いて驚愕する綾。

美影は、さっきまで確かに綾に斬られ続けていたはずだ。

服こそボロボロなものの、美影の身体からは、出血する様子が微塵も見受けられなかった。

まるで、全く斬られていなかったように。

「そんなことより、今は自分の心配をした方が良いんじゃない? 

今度は……私が『殺す』番」

「なに? ――っ!」

いつの間にか綾の首元には、一本の呪縛布が巻きつけられていた。

それが、キリキリと綾の首を締め上げていく。

「カハッ……! こ、こんなもの……!」

朦朧とする意識の中、何とか腕を動かし縛り上げていた呪縛布を斬り刻む。

美影は、その間に綾の背後へと回り、綾に足払いをかました。

綾はその足払いを避けることが出来ずに、その場に倒れ込んだ。

すかさず美影が後ろから馬乗りになり、再度綾の首元に呪縛布を巻きつける。

「あっ……アぁ……」

両腕は美影の両足によって押さえつけられ、完全に体の自由を奪われていた。

綾は徐々に自分の首に食い込んでくる呪縛布を、どうすることも出来なかった。

 

そして、どうしようも出来ないのはこいつも同じだった。

「動けよっ……! 何で動かねぇんだ!!」

何回も言い聞かせても足が動かない。

殴っても引きずろうとしても、その足は全く動かなかった。

恐怖か、それとも……それよりも強大な何かに支配されているようだった。

「美影もっ! 何やってんだ!! 早くその手を離せっ」

出来ることは言葉を発することだけ。

でもその言葉も、二人の耳には届いていなかった。

「さようなら、綾」

「っ! ………………」

美影は一段と呪縛布を締め上げて、完全に綾の命を絶った。

力無く垂れ下がった四肢を見据え、歪んだ笑みをその可愛らしかった顔に浮かべた。

「あ、アハッ。アハハハハ!! 優作っ! やったよっ。私がっ! 勝ったよ!!」

「み、かげ……?」

ボロボロになりながらも、美影は狂気に満ちた笑顔を浮かべてこちらへ歩み寄ってきた。

増田はそんな美影に恐怖した。

そしてそんな美影から逃げるように、

増田は倒れ伏しているもう一人の女の子の方へ駆け寄っていった。

「綾っ!!」

先程まで石のように固まっていた足も、今は無意識の内に動かせるようになっていた。

「綾! おい、目を覚ませっ! 綾!!」

抱き起こして呼びかけても、綾は一向に反応しなかった。

両腕は支えを失ったように、胴体に引っ付いているだけの棒となって。

先程抱きついてきた時の暖かな温もりは、どんどんと地面に吸い取られていった。

「無駄。綾は確かに、私が殺した」

「美影っ! お前、何でこんなことを!」

悪びれもなく言葉を続ける美影に声を荒らげながら、増田は怒りに満ちた表情で美影を睨んだ。

しかし睨みつけられた美影の方はというと、とても落ち着いた表情をしていた。

「……じゃあ、あのまま私が殺されれば良かったの?」

「そ、それは……。もっと他にも方法が――」

「無い。あの状態の綾が手が付けられない事は、あなたが一番良く知っているはず」

「そ、それでも…………」

綾のためにも、何か言い返したかった。

でも、美影の言うことも正論で、増田は何も言い返すことが出来なかった。

「綾……。綾……」

もうすっかり冷たくなってしまった綾を抱き寄せて、増田は涙を流した。

(数週間前は俺の隣で笑っていたのに……。

数日前はあんなに二人共仲良かったのに……。

ちょっと前まで、あんなに暖かったのにっ……!)

「何でだ……? 何で、こんなことに……」

 

 

 

 

 

 

「どんな気持ちですか?」

「……あ?」

いやにむかつく声が増田の頭上から聞こえてきた。

感情むき出しの声を出しながら、振り向いて後方を見上げる。

「どんな気持ちだって聞いてるんです。聞こえませんでしたか?」

そこには見下しながら、悪戯小僧のような笑みを浮かべた田中が居た。

増田は田中に特に反応することなく、すっぱりと突き放した。

「うるせぇ。一体何をしに来た」

綾を静かに寝かせ、田中の方へと向き直る増田。

その口調は妙に荒々しく、まるで責め立てているような口調だった。

「怖いですねぇ。……せっかく願いが叶ったというのに。もっと喜んではどうですか?」

「願いが叶っただと……? 俺が、綾が死ぬことを望んだってのかっ!?」

拳を握り締め、いつになく激怒する増田。

それに対峙している田中の表情は、気負う様子は一切無く、

むしろヘラヘラと笑みを浮かべて余裕の面持ちだった。

「誰もそんなことは言ってないじゃないですか。

……私が言ってるのは、大層モテモテなようで何よりです。って意味だったんですが……」

「あ? てめぇいい加減に――」

「だってそうでしょう? 

こんなにも可愛らしい女の子達が、あなたを取り合って死闘を繰り広げたんですから。

……よほど愛されていなければ、ここまで争いはしないでしょうねぇ」

その表情はどこまでも相手を見下し、この環境、状況を楽しんでいるようにさえ見えた。

「俺は、こんなことは望んでねぇ!! 勝手に俺の願いを捏造すんなっ!」

必死の否定も、田中の耳に入った途端に一笑に付されてしまう。

「別に捏造なんてしてませんが。ただ事実を言っただけですよ。紛れもない事実を、ね」

いやに突っかかってきて、こちらが怒ればはぐらかし、

かと思ったら少しづつ正論を混ぜてくる。

飄々としていて、一切掴み所が無かった。

「何だってんだよ……。

俺が、俺が悪いのか? 俺がこんな身勝手なことを望んだから……綾は死ん――」

「何を言ってるんですか?」

「……あ?」

「綾『も』死んでしまった。でしょう?」

その時、増田の背筋に激しい悪寒が走った。

それと同時に何かとてつもなく嫌な予感がした。

田中は極限まで口角を上げて、歪んだ笑みを浮かべた。

「美影!!」

急いで美影に駆け寄った。

美影は先程から会話に入ってこようとせずに、

3人と少し離れた位置で、することがないといった風に空を見ていた。

「……終わった?」

美影は何の不自由もしてる様子はなく、自然にこちらの方へ振り向いた。

特に異状は見受けられない。増田は胸を撫で降ろした。

「い、いや終わったというか何と言うか――」

「終わってますよ。……随分前にね」

「え?」

後ろから纏わり付くような声が聞こえたかと思ったら、

増田の目の前に立っていた美影の口元から、赤い血のような液体が流れ落ちた。

「えっ? 何、これ……」

美影が口元を拭って、その液体を視認する。

目は困惑の色を示していて、何が起こっているのか分からないようだった。

「美影? ど、どうしたっ?」

「わ、分からない……。何か体が――っ! ゲホッ! ガパッ!」

話の途中、美影が急に咳き込み始めた。

増田の耳に聞こえてきたのは、乾いた咳のそれではなく……鮮血を含んだ吐血の音だった。

「美影っ!?」

倒れ込みそうになった美影を抱きとめる。

美影は尚も苦しみ続けて、口から大量の血液を地面に零していた。

「アハハっ! 終わってる! 終わってるぞぉ! ……そしてまた追い打ち」

狂った笑い声が聞こえたかと思ったら、続いて田中が指を鳴らした。

「あっ……。痛い、痛いよ……。ああああああぁぁぁぁぁぁぁ」

すると美影は更に苦しみ始めて、今度はお腹の辺りを手で押さえた。

すると美影の腹部からパックリと亀裂が走り始めて……

いや、胸部からも、腕部からも、背部からも、

まるで『日本刀で斬られた』ように傷口が開き始めた。

「美影!! 何だよ……これ」

抱き寄せていた増田に、容赦無く噴血が襲いかかった。

その血は一気に増田の全身を赤く染めて、地面に小さな液だまりが出来る程まで噴き出した。

それと同時に、美影の体温まで急激に失われていく。

増田は困惑に意識を支配されて、指一本たりとも動かすことは適わなかった。

「……優作」

真っ赤な手を力無く増田の頬に当てる。そして美影は、薄く微笑んで増田にこう言った。

「大好き……」

美影はまぶたをゆっくりと閉じた。

そしてそれから数秒も経たない内に、美影の全身から力が抜けた。

頬に当てられていた手も、重力に逆らうことなく地面へと着く。

出血も収まって、辺りには静寂がしばし流れた。

「何だよ……これ。美影……。美影ぇ……」

祈るように呟いても、美影から返事が返ってくることはなかった。

 

「あっ……ああっ! ああァアアああァァぁあああぁアァあぁあアアアあ」

 

野獣のような悲鳴を上げて、増田は泣き崩れた。

息の続く限り叫び、涙が流れる限り零し……

少しでも、美影が戻って来てはくれないか、と力強く抱きしめた。

そんな増田を嘲るように、田中は高らかに笑い始めた。

「ククッ」

「…………」

「アーッハッハッハ。最高ですっ。やっぱり良いですねぇ! 

絶望に打ちひしがれた人間の悲鳴はァ!! これぞ悪魔冥利に尽きるというものですっ!」

後方数メートルで聞きたくもない声が響き渡る。

美影をその場に静かに寝かせて、増田は立ち上がった。

怒りに独占された視線を田中に向けて、増田は再び叫んだ。

 

 

 

 

 

「たなかああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「うるせぇぞ、人間!

そんなにそのアバズレ共に会いたいなら、すぐにでも会わせてやるっての! 

俺様は寛大だからなァ!!」

「黙れ、この悪魔がぁ!」

増田は雄叫びを上げながら、田中に向かって走り出した。

その血まみれの手を強く握りしめて――

 

 

 

 

 

 

前の章へ / 目次 / 次の話へ

TOP