第五章 我慢しないこと
空き地の端っこに人が数人座れる程の石材が置いてあったので、そこに俺らは腰を掛けた。 「それで……相談って?」 何も出来なくても、この娘の力になることは出来る。俺は快く相談役を引き受けた。 女の子は沈痛な面持ちで話し始めた。 「実は私……クラスでいじめられてるんです」 やっぱりか。女の子は話を続けた。 「いじめられ始めたのは秋くらいなんですけど、 最近、どんどんいじめがエスカレートしてきて……。 今日も、あなたがっ来てくれなければ……どうなってたか」 言葉の節々で嗚咽を漏らし始める。今にも泣き出しそうな勢いだった。 「お、落ち着け。大丈夫だから、大丈夫だからゆっくり、少しづつ話してけ。な?」 「は、はい……」 ぽろぽろと涙を流しながらも、女の子は話を続けた。
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「そうか……」 彼女がその後話した内容は、それはもう心苦しい話だった。 典型的ないじめの話。 教科書を隠されたり、陰口を言われたり、グループからハブられたりと。 先程の暴行もその一部。 彼女が受けたいじめは、 陰湿で汚らしくて、聞いてるだけで殺意が湧いてくるものばかりだった。 「私……。 何か、してしまったんでしょうか? 神様に……嫌われるようなこと、してしまったんでしょうか?」 彼女は少し前から人目もはばからず、涙を零していた。 その涙は拭えど拭えど一向に止まる気配は無く、 ついには自らをも責め始めてしまっていた。 俺は少しでもこの子が安心出来るように、 慰めの言葉を掛けてあげることくらいしか出来なかった。 「大丈夫だ。お前は悪くない。悪いのはお前をいじめている奴らだ。お前は、決して悪くない」 「……ひっぐ」 「だから負けるな。そんな汚い手段でしか、自分らを誇示出来ない奴らなんか気にするな。 いやむしろ気にしたら負けだ、分かったか?」 「は、はい……」 必死の慰めの甲斐あってか、泣きじゃくっていた女の子は平常を取り戻し始めていた。 仕上げに俺流のやり方で彼女を元気づける。 「よし! じゃあこの話はこれで終わりだ! ほら、泣きやめ」 俺は精一杯の笑顔を浮かべて、彼女にそう言った。 それと同時に、ポケットからハンカチを取り出して彼女に手渡す。 少々雑な終わらせ方だが、下手に気を遣うよりもこっちの方が良いだろう。 「ありがとう、ございます」 彼女はハンカチを受け取って、頬をつたい落ちている涙を拭った。 まだ少し気にしてるか……。よし。 「いつまで泣いてんだよ。元気出せって。せっかく可愛いのに、それじゃ台無しだ」 「えっ? かっ可愛いだなんて――」 「いやいや凄く可愛いから! この俺が言うんだ。間違いない! 自信持っていいよ」 「かっからかわないでください!」 怒られてしまった。 綾がこの場に居たら、斬り刻まれそうなセクハラ会話だよな、今のって……。 でも、作戦は成功だ。俺は笑顔を浮かべて、こう続けた。 「うん、上出来」 「え……?」 彼女はようやく泣き止んでくれた。 話の展開が急過ぎて、キョトンとしてるが。俺は気にせず続けた。 「嬉しいことがあったら喜ぶ。気に食わないことがあったら怒る。 悲しくなった時は思いっきり哀しむ。そして、人生を楽しむ」 「あ、あの一体何を……」 「喜怒哀楽だよ。人間、この通りに生きていけば毎日を幸せに生きることが出来るんだ。 我慢することが一番良くない」 「……」 ソースは俺。 まぁそのせいで後悔することもいっぱいあるんだが…… それでも、俺は一日一日を幸せに過ごしている。 「君は、十分哀しんだ。それこそ、一生分哀しんだ。 だから、これからは目一杯楽しんで良いんだ。いや、君にはその権利がある」 「っ!」 「さぁ楽しもう、人生を! その第一歩として、まずは俺と甘いひと時を――」 「過ごしません」 俺は再びセクハラ会話に持ち込もうとしたが、彼女はにこやかに笑いながら即答で否定した。 もう、大丈夫だな……。 「全く……まさかこんな変態さんだったとは。相談する相手を間違えましたかね……?」 彼女は溜め息を突きながら、落胆したようにそう言った。 「ひどっ! そこまで言いますかっ?」 「ふふふ、冗談ですよ。 ……ありがとうございます。私を元気づけるために、演技までしてくださって」 演技とは恐らくセクハラ一式の事を言ってるんだろう。 いや、大変申し訳ないんですけど、あれほとんど素です。 「あの、もう一つだけ。聞いてもいいですか?」 「ん? 何でもどうぞ」 「どうやったら、人生を楽しむことが出来るんですか?」 「……」 真顔で聞いてきた。 いや、そんなざっくばらんとしたことを、真剣に聞かれても困るんですけど……。 でもまぁ、この質問に対する答えは簡単だな。 俺は自信を持って、彼女に秘訣を教えた。 「何事も我慢しないこと。自分を抑えずに、ありのままの自分をひけらかせば良い」 使い古された言葉ではあるが、それ故に真理性が高い。 言いたいことも、やりたいことも我慢した先に待ってるのは、一体何であろうか? 少なくとも楽しい事で無いことくらいは断言出来る。 「ありのままの……自分。自分を抑えない、我慢しない……?」 「そ。言いたいことがあるならはっきり言え。それこそ、いじめやめろ、とかな」 「でも、それじゃあ――」 「どうせ何したっていじめられんだ。それなら少しでも反撃しないと損だろ?」 「それは……そうかもしれないですけど。何か投げやりになってませんか?」 疑問の視線で俺を見てくる。 言った俺が言うのも何だが、俺自身もそう感じてきてしまった。 「お前なら出来るって。明らかに年上の俺をあしらってるしな。 正しいのはこっちなんだ。どんと言ってやれ」 「……それで悪化したら、責任取って下さいね?」 どこをどうやって責任を取るのか甚だ疑問だが、 可愛い女の子に上目遣いで懇願されちゃあ、男という生物は断れない運命なのだ。 俺は黙って頷いた。 「じゃあ、やってみます……」 「良い子だ」 俯いて不安そうにしている彼女に、俺は頭を撫でてやった。 少しでも彼女に安心感を与えてやるために。 「子供扱いしないで下さい」 逆効果だったようで。 彼女は頬を膨らませてから、そっぽを向いてしまった。 ……どうすれば、ラブコメの主人公みたいに格好良く出来るのかね? 今度レイにでも聞いてみるか……。 「今日は本当にありがとうございました。おかげで元気が出ました」 そっぽを向いてると思ったら、彼女はおもむろに立ち上がり、俺の目の前に出て頭を下げた。 すっかり立ち直ってくれたようで、俺も安心した。 「お、そりゃあ良かった。相談者、冥利に尽きるね」 「あ、申し遅れました。私、あかりって言います。小さいに明るいで小明(あかり)です」 「小明か……。良い名前だな」 手のひらに軽くなぞってみて、今まで話していた可愛らしい女の子の名前を頭に叩き込む。 「ありがとうございます。それでは、私はこれで。両親に怒られてしまうので」 そう言って手を頭に当てて、照れくさそうに微笑む。 周囲を見渡してみると、もうそろそろで夜になろうとしている所だった。 「おう、気をつけろよ」 「はい、あなたのような変態さんには気をつけます」 「おいこら」 二人で笑い合う。 やがて小明は振り返って歩いていってしまった。 俺は不要だとは思いながらも、彼女を呼び止めて、改めて聞いてみた。 「小明!」 「えっ?」 いきなり呼び止められたので、驚いた表情を見せながら小明は振り返った。 「明日も、頑張れそうか?」 一瞬戸惑った表情を見せてから、彼女は満面の笑みを浮かべて、はっきりとこう答えた。 「はいっ」
続
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