第二章 モテ期到来!
「それじゃ、私はこれで。また放課後ね♪」 「お、おう」 昇降口に着いた所で、鈴本が靴を履き替えるために俺らから離れた。 言葉から察するにそのままクラスに向かうのだろう。 少し残念に思っている自分が居た。 「あ、おはよう。倉崎君、増田君」 「おはよう、レイ君」 「おっす」 先程の余韻に浸っていると、昇降口で靴を履き替えようとしているレイに出くわした。 相変わらず輝かしい笑顔だな、流石と言うべきか。 ちなみにこれも昨日に続いて二日連続だ。 「今日も良い天気だね」 「そうだね。あ、でも今日体育あるから少し降って欲しかった気もするかも」 「何だ体育如きで。むしろ授業が無いから至福の時だろうに」 「体力バカの増田には一生分からないよ」 「何をー。人を筋肉しか価値が無いと言わんばかりに!」 「そこまで言ってないよ……」 「あはは、朝から元気だね――」
ドサドサっ!
「「「…………」」」 扉を開けると、ある人物の下駄箱から大量の手紙が降り注いだ。 もちろん、レイの下駄箱からである。 「相変わらずモテモテだな」 「今日も凄い量だね」 「あはは、でも君には及ばないよ」 レイは困ったような笑顔を見せて、靴を履き替えることもなく落ちた手紙を拾い始めた。 俺と倉崎もレイの手伝いをしようと、靴を履き替えるために下駄箱を開けた。 すると――
ドサドサドサっ!
「!?」 「うわ! ……あー、やっぱり増田もなんだ」 「これは凄いね。僕とはやっぱり次元が違うや……」 下駄箱を開けると、中から大量を通り越して夥しい程の量の手紙が溢れ出してきた。 その手紙の山は俺の足元に積もりに積もって、膝の辺りまで覆い尽くしてしまった。 「……は?」 状況が理解しきれず、頭が真っ白になる。 俺は扉に手をかけたまま、しばらく固まっていた。 「ほら、増田。なにボケっとしてるのさ。早く拾わないと」 「おーい。あーこれは完全に固まってるね。しょうがない僕らだけで拾おう」 「っ! お、俺も拾う」 倉崎とレイの呼びかけでようやく正気を取り戻す事に成功し、 足元に散らばった手紙の回収をし始めた。 そんな単純作業の間に、俺は再び状況の整理を頭の中でし始めた。 (これ、もしかして試薬品Xの効果か? さっきの鈴本と言い、このラブレターの山と言い。 今まで一通もラブレターを貰った事の無かった俺が、 学校一のモテ男と揶揄されているレイよりも貰えているなんて。とても信じられない……) でも紛れもなく事実だ。 俺の手元には昨日見た手紙にとてもよく似た手紙がある。 淡いピンクの便箋に裏にはハートのシールで封がしてある手紙。 そのラブレターが、今日は俺の下駄箱の中に入っていた。 「これで、最後かな? ……持ちきれる?」 「だ、大丈夫だ、問題ないっ……」 「ちょっとフラフラしてるよっ。少し持とうか?」 「だ、大丈夫大丈夫。んじゃ俺ちょいと用あるから! そんじゃな!」 「あっ増田!」 倉崎の制止も聞かず、俺は手紙を極力落とさないようにしながら廊下を走り去っていった。
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「はぁはぁ。ここまで来れば大丈夫だろう。……さて」 俺は文化祭の時に使った空き教室に来た。 倉崎達には用と言ったが、そんな物は無い。ただ一刻も早く中身を確かめたかった。 (でも待て。悪戯って可能性もあるよな……。落ち着け、落ち着け俺) 自分に言い聞かせ、舞い上がっていた気持ちを戒める。 そして俺は最も手近にあった手紙を手に取り、封を切って中身を見た。
『増田優作さんへ ずっと前からあなたの事が好きでした。付き合ってください。 放課後、校舎裏にある桜の木の下で待っています 』
きたああああああああああああ! やっべぇ! マジもんのラブレターじゃね、これ! 便箋の中に納められた手紙を読んで見ると、 いかにも女子が書いたような可愛らしい字でそう書かれていた。 (他っ! 他の手紙も!) 読み終えた手紙を脇に置いてから、俺は再び適当に手紙の山から、一通ずつ取って読み漁った。
(これもっ! これも! これも、これも、これもこれもこれも!! 全部本物のラブレターだ!) 差違はあれど、どれも俺宛てのラブレターだった。 後になって冷静に考えてみれば、手紙を偽造されてる可能性も無きにしも非ずだった。 だがしかしこの時の俺は、嬉しさと極度の興奮でそんな事は微塵も考えていなかった。 その代わりに考えていたことと言ったら…… (うっわ、俺告白されるのも初めてだわ……。 今日、髪型大丈夫か? 寝癖ついてないよな? 念のため後で鏡見てこよう) なんて浮かれに浮かれきった中学生みたいな思考をしていた。 それほどまでにラブレターを貰うという事は、俺にとって嬉しい事だった。 今まで憧れだった事が今、俺の手の中に。 増田優作、ここで死ねたら本望です。 (おっといかんいかん。ここで死んだら中途半端なまんまじゃねぇか。 まだまだ死ぬわけにはいかねぇな。……しっかし、これでようやく確信することが出来たぜ) 試薬品Xの信憑性。 こいつは凄い。俺の願い事をすっかり叶えちまってる。 田中には頭が上がらねぇな。次会ったらお礼言っとかなきゃな。 「ふっふっふ。放課後が楽しみだ」 不敵な笑みを浮かべながら、俺は空き教室から出た。 口笛を吹きながら、スキップで教室へと向かう。 (人生、捨てたもんじゃねぇな!)
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放課後になってからも、いやもっと正確に言うならば、放課後になるまでの間も、 俺は薔薇色のひと時を過ごす事が出来た。 あの後クラスに着いたら、今まで数回程しか話していない女子からクッキーを貰ったり、 昼休みの時間になった瞬間、俺の机の周りに大量の女子が押し寄せてきた。 飯を食い終わってからは、 各種ラブレターに示された場所に行き、俺は人生初めての告白を受けた。 その後も指定された場所に行き、俺は昼休みの間に、合計3通もの送り主の所へ行った。 まさに天国そのもの! 俺にも春が来た! 今は部活そっちのけで、残りのラブレターの送り主の元へと向かっている。
「付き合ってください!」 「ごめん! 俺今好きな人が居て……」
「(前略)ください!」 「俺、恋愛には興味無いんだよね」
「付き(中略)さい!」 「今は、ちょっとね……ほら、俺って部活一筋だからさ」
「付き合って(後略)」 「ごめん。君と付き合う事は出来ない。 でも、君にはもっと良い人が居るよ。俺なんかより、ずっと良い人が……ね」
「(全略)」 「好きになってくれてありがとう。 でも俺は、中途半端な気持ちで付き合いたくないんだ。ごめん」
(うおおおおぉぉぉぉモテ期到来! 何て嬉しい事だろうかっ! レイはいつもこんな感じだったのかっ? くっそー羨ましい奴め。でもこれからは俺も勝ち組の仲間入りだぁ!) 再び空き教室に戻り、一人で舞い上がって、一人で悶絶している。 俺はじっとしていることが出来ず、意味もなくジャンプとか適当なダンスをしてしまっていた。 表情は常に笑顔で、興奮が冷める事はしばらく無かった。
「はぁ嬉しっ! まさかここまでとは……田中にはほんと、感謝感謝だな!」 ひとしきり喜び終わった後、疲れ切った俺は教室のど真ん中で大の字になって横になった。 表情を元に戻そうとするが、笑顔のまま固まっていて動かない。 一生分笑った気さえしてくる。 「さて、そろそろ部に顔を出すとするかな」 勢いよく立ち上がり、俺は美術室に向かうためにバッグを持ち、空き教室を後にした。
続
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