第三章 モテない理由
「あ、増田君。美影ちゃんと綾ちゃんも、こんにちは」 「おう、こんちわ」 「……」 「ん。こんにちは」 いつの間にか綾と美影が、俺の両隣を陣取っていたようだった。 全然気づかなかった。 ちなみに綾と美影は口約通り、HRまでにクラスへと戻ってきていた。 その後、続々と他のメンバーも集まり、やがて美術部の活動が開始された。
「それじゃあ、ここを青にしてみようか」 「わぁ、凄く綺麗……」 「裕子。パレットってどこにあったっけ?」 「パレット? えーっと、確か準備室に……あっ待って私も一緒に行くわ」
「……………………」 美術室に行っても対して状況は変わらなかった。 むしろ俺的に、悪化しているような気さえするのは気のせいだろうか? まぁ実際カップル一組居るからしょうがないのかも知れないが……。 「……」 少し目線を逸らして、いつも隣にいる二人に目を向けてみる。 「? なに?」 「……じろじろ見るな。居心地が悪い」 ご挨拶な返答だが、今の俺にとっては凄く安らかな気持ちを与えてくれている。 いつも通りってこんなに心地良いものだったのか……。
「順斗君。こんなのはどうかしら?」 「うん、凄く良い! 絵に深みが出てきたよ」 「レイくーん。ごめんなさい、あの箱取れる?」 「お安い御用だよ。……よいしょっと。はい、これで良いんだよね?」 「うん、ありがとう」
くそっ、順調にイベントこなしやがって! これだからモテる奴らは! しかも結構な綺麗所揃えやがって! 篠原は普通に可愛いし、気配りも出来る。 流石は倉崎やレイを落としただけはある程の女子だ。 鈴本も鈴本で、凄い美貌の持ち主だ。 普段はその童顔と身長から、妹のような可愛らしさがあるが、 個人的に時折見せる妖艶さがどストライクだ。いつも抱きつかれている倉崎が羨ましい。 それに比べてこっちは……。 ん? こっちが、なんだ? 「……」 「だから何? 私達の顔に何か付いてるの?」 「そんなに斬り刻まれたいのか?」 度重なる凝視にフラストレーションが溜まっているようだが、今はそんなことはどうでも良い。 俺はさっき何て言おうとした? 綾と美影だって、充分他人に誇れる程の美貌を持ってるじゃないか。 一緒に遊園地に行った時がその証拠だ。 周囲の注目を浴びたり、チンピラに絡まれたり…… 何よりこいつらの魅力は、俺が他の誰よりも知ってるじゃないか。 そんな女の子が、俺には二人もついてるんだぞ? 状況だけ見たら、倉崎やレイよりも良いはずじゃ……。 俺はもう一度、倉崎達の方へ目を向けた。
「……鈴本さん? なんで僕の髪の毛をいじってるの?」 「ふふふ、ちょっと気になっちゃって。髪の毛が目の前にあるといじりたくならない?」 「それって女の子特有のものだと思うけど……」 「ねぇレイ君。これから、一緒に絵描かない?」 「絵を? うん、もちろんOKだよ」
「……分かった」 俺と倉崎。俺とレイ。 そして綾・美影と篠原・鈴本。その違いが。 あちらさんはいかにも青春していらっしゃる。 まるで恋愛小説のある1ページを見ているようだ。 対してこちらは? 「「?」」 もはや言及する気も起きなくなったらしい。 綾も美影も、黙っていればどちらも素晴らしく魅力的だ。 でも一度こいつらの本性を知ってしまえば、 俺の言う青春の1ページからは遠く離れていってしまうことだろう。 それはこいつらの素っ頓狂な世間知らずさと、 日本刀と呪縛布という明らかに学生とはかけ離れた装備が要因だ。 (付け加えて言うのなら、こいつらの考え方も普通とは明らかにかけ離れている) その裏付けとして、前に美影が呪縛布を取った時は、凄く自然な女の子になっていた。 二人がそれぞれの装備を外せば、少しは俺の言う青春に近づくのだろうか?
……今思えば、この浅はかな考えが全ての元凶だった。 どうして俺は、最悪のタイミングで最低な行動を取ってしまうんだろう?
「綾、すまん」 「あ……」 俺は綾が反応するより先に、その華奢な腰に携えている日本刀を掠め取った。 落とさないように両手で丁寧に持ち、その真紅の鞘に納められた業物をまじまじと見つめる。 「あ……あ…………」 綾が声にもならない声を上げている。 ふと目線をやると、そこには普段とは一味違う、しおらしい綾が居た。 「……」 俺もつい絶句してしまった。予想以上の美少女が俺の目の前に現れたからだ。 「……えせ」 どこからか何か呟くようなか細い声が聞こえた。 俺は声こそ聞き取ったものの、 その声が何を言っているのか、そして誰が発しているのかが分からなかった。 「っ! だめ! 早く日本刀を綾に返して!」 「えっ?」 「返せ……返せ、返せっ!」 「うっ! あっ綾! な、何するっ……カハッ!」 美影の警告のすぐ後、綾が俺目がけて襲いかかってきた。 綾は自らの両手で俺の首元を捉え、物凄い力で絞め上げてきた。 「返せっ! その日本刀をっ返せ!」 「か、返す……返すから、手を……」 綾に返そうと手に力を入れようとするが、どういうわけか腕が上がらない。 その間にもどんどん俺の首は絞められ、いつしか体内に空気が入ってこなくなった。 苦しさを通り越して意識が朦朧としてくる。 「やめてっ綾! その手を離して!」 美影が叫んでいる。他の奴らも、綾を止めにかかっている。 しかし、もう俺にはその時の状況を把握出来る程の意識は無く…… 「返せ!」 綺麗な顔立ちを歪ませて、目も完全に逝っている綾の怒号を聞いた所で、俺の意識は途絶えた。
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「………………」 目が覚めた。冷たい床の上にただ一人、俺は横たわっていた。 目覚めの気分は、最悪だ。 「何で、俺は……っつ!」 首元から形容し難い痛みが流れる。俺は反射的に手を当てた。 ゆっくりと指を動かしてみると、さらさらとした布の感触が感じ取れた。 (これは、包帯か……?) (美影か……。本当、何から何まで気の回る奴だ。 何もこんな最低男を手当てしなくても良いだろうに) 自分を卑下しながら、同時に処置を施してくれた女の子に対し、心の中で感謝する。 そして俺は、首の痛みを庇いながら上半身を起こし、腕を力なく垂れ下げてうなだれた。 「……ん?」 視界に左腕が映った所で、自らの腕に包帯が巻かれている事に気がついた。 腕を怪我した覚えは無いんだが……。 よく見るとその包帯の上に、黒ペンでメッセージが書かれていた。 『今回はあなたが悪い。今日一日反省して』 綺麗な字体で規則正しくそう書かれていた。恐らく美影が書いたのだろう。 (明日、すぐにでも謝りに行こう……) 自分の中で先程の愚行を激しく猛省し、 傷つけてしまった女の子の事や、迷惑をかけてしまった奴らの顔を思い浮かべた。 せっかくみんな楽しそうにしてたのにな。 俺のせいで台無しにしてしまった。 (何が、何が彼女欲しいだ。俺がモテない理由は、正にこれじゃねぇか) 「はぁ…………」 とりあえず立ち上がり、机の上に置いてあるバッグを手に取る。 外は、もう随分日が暮れていた。 「帰るか……」 夜になりかかっている空は、まるで自らの心の内を晒しているようで。 俺は重い足取りで美術室を出た。
続
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