第四章 聞こえる? 聞こえない?
「よし! これで大丈夫だ!」 しばらく携帯をいじっていた増田が突然顔を上げ、大声で高らかと宣言した。 何が大丈夫なのか、説明が足りないのは相変わらずだ……。 「篠原喜べ。先生達に迷惑をかける事は無くなった」 「えっどういう事?」 篠原さんが増田に聞き返す。まぁ当然の疑問ですよね……。 「今しがた、ある学校関係者の知り合いと連絡を取り合ってな? そいつが裏で手引きしてくれるって言ってくれたんだ」 「そ、そうなの?」 困惑を隠しきれてない篠原さん。 それは他の人達も同じ。僕はそうでもなかったけど……。 文化祭当日、飛び入りなのにも関わらず、教室一個確保した男だ。 今更それぐらいの事を言われても、ふーんくらいしか返せない。 ……慣れって怖いねほんと。 「さて、これで後顧の憂いは無くなっただろ? さぁ行くか、行かないか、決めてくれ」 「そうは言われても……」 「私は反対かなぁ……。 怒られるのは嫌だし、それが原因で美術部が無くなりでもしたら……」 「……」 篠原さん。鈴本さん。西園寺さんが未だ気乗りしないようだ。 それぞれ思う所があるのだろう。 柊さんは何かを考えこむようにして、返答を返さなかった。 「そういうことなら、僕は賛成かな」 「れ、レイ君!?」 「お、レイ。賢明な判断をしたな」 まさかのレイ君がいきなり名乗りを上げた。 篠原さんが真っ先に反応し、続いて増田が満足そうな顔をして、頷きながらそう言った。 切り込み隊長を買って出たレイ君は自らの意見を口にし始める。 「先生方に迷惑がかからないのなら、僕は賛成だ。 元々、良いな、とは思ってたからね。 ただ、絶対に迷惑をかけない事が大前提だ。信用して良いんだよね?」 「ああ、もちろん」 「乗った」 二人が熱い握手を交わす。青春の1ページ(?)と言える確かな結束がそこにはあった。 仲間を一人増やし、勢いに乗った増田は残りの牙城を潰しにかかる。 「ほれ、同士が一人増えたぞ? 他の奴らはどうなんだ?」 「「「「……」」」」 みんな一様にして、口を開こうとしない。 それじゃあ僕が発言しても良いのかな? 僕は誰も発言しない事を確認してから、久しぶりに口を開いた。 「じゃあ僕も賛成で」 「倉崎……流石我が親友!」 増田が親指を立てながら、満面の笑みを浮かべて歓喜した。 これで男性陣は満場一致。後は女性陣だけとなった。 「篠原〜。大丈夫だって。ほら、先生達には迷惑かけない。 そんでもって賛成した奴の中には、お前さんを救った勇者様が二人も居るんだぜ? 何か問題が起こっても大丈夫だろ? な?」 どうやら増田の次なる標的は篠原さんになったようだった。 その説得は、まるで酒やタバコを勧めてくる悪友のような感じだ。 そんな奴と同類だと思われるのは少々不本意だけれど……。 まぁ良いか。毒を食らわば皿まで、だ。 「そ、そうだけど……」 あ、崩れかかってる。 「はい決定! これで篠原も俺らの仲間だ! そうだよな? 篠原!」 「えっ!? ちょ、ちょっとまだ何も――」 「もう決定事項です〜。キャンセルには別途キャンセル料が発生しま〜す」 もちろんキャンセル料云々は、いわゆる小学生的なノリで冗談なわけなんだけど……。 しかし何故だろう。こういう事を言われると何故かOKしちゃうよね。 僕だけなのかな? 「そんなぁ……」 強引な決定により、篠原城もあえなく陥落した。 篠原さんは力無い声を出しながら、がっくりと肩を落とした。 増田はテンポ良くそれぞれの防衛戦を突破し、勢いそのままに次の標的に狙いを定めた。 「鈴本〜。お前も黙ってないで、早く決めようぜ? たった一言で楽になれるんだぞ?」 「別に黙ってないよ。さっきから反対って言ってるじゃん」 「……倉崎、通訳」 いきなりの無茶ぶりがきた。僕に振られたってどうしようもない。 そもそも鈴本さんの声はこの距離では聞き取れないのだから。 「出来たら苦労しないよ……。自分で聞いてくれば?」 脱力感溢れる声でそう増田に返す。 いつか、こんな面倒な事をしなくても鈴本さんと会話が交わせると良いんだけど……。 「……しょうがねぇか。ほれ、鈴本。さっきは何て言ってたんだ?」 狭い部屋の中でそれぞれの足を踏まないようにしながら、増田は鈴本さんに近寄り耳を傾ける。 しかし鈴本さんは増田の耳に口を近づけようとはせず、 むしろそっぽを向き、増田に声を聞かせようとはしなかった。 「話を聞かない人は嫌い」 「倉崎……俺、何かしたか?」 したんでしょうね。 何故か鈴本さんは増田にご立腹状態らしい。 このままでは話が進まないので結局僕が話を聞く事になった。 僕と増田は入れ替わるようにして、立ち位置を変えた。 「はい、鈴本さん。僕なら良いでしょ? さっき、何て言ってたの?」 鈴本さんは一瞬戸惑うような挙動を見せたが、 やがて思い出したかのように、僕にも口を向けようとはせず、そっぽを向いた。 「今回ばかりは順斗君も同罪! 二人共謝らないようなら、絶対に口はきかないから!」 「「……」」 これは困った。どうやら鈴本さんは、僕にもご立腹状態らしい……。 怒っている事は分かるけど、何で怒っているのかが分からない。 「あーもう! 誰か通訳してくれよ!」 増田が打つ手が無いと言わんばかりに叫ぶ。 部屋の中に気まずい空気が流れ始めたその時―― 「とりあえず、二人共謝った方が良い」 「え……?」 「美影?」 今まで口を閉ざし、傍観者であった柊さんが僕と増田を叱りつけた。 「あなた達が話を聞いていなかったのが悪い。素直に謝るのが自然」 「は、話をって……。そもそも聞こえないから――」 「なに言ってるの?」 柊さんが増田の主張に対し、まるで信じられない物を見たといった風に、 呆れ半分心配半分のなんとも微妙な表情をしてから、とんでもない事を口にした。 「さっきから何を言ってるの? 普通に聞こえる」 「!?」 「「「「えっ!?」」」」 西園寺さん以外の人が全員反応した。 そりゃそうだ。 柊さんが言った言葉は僕らにとって、到底信じられる言葉では無かったからだ。 その証拠に当の本人である鈴本さんが一番驚いている。 「お、おい。美影。お前、今なんつった? 聞こえる? 鈴本の声がか?」 確認の意を込めて増田が柊さんに問いかける。 その問いに対して柊さんは、本当に心配をしているような顔をして、こう返した。 「聞こえている。と言うよりこの距離なら聞こえない方が不自然」 今度は曖昧な部分が一切無く、柊さんははっきりとそう答えた。 理解の範疇を超えてしまって、僕らは絶句する他無かった。 「じゃ、じゃあよ。さっき鈴本が言ってた事は?」 「……独断の自由行動をする事に対して、後日咎められる事を心配していた。 そしてそれが原因で美術部が無くなってしまう事を危惧していた。 だから反対だ、と」 柊さんは少し思案してから、増田の問いに対しスラスラと答えた。 増田は本当かどうか本人に確認をとる。 「……そうだったのか? 鈴本?」 「……」 鈴本さんは何も答えなかったが、ゆっくりと首を縦に振った。 柊さんの言っている事は正しかった。 「本当に大丈夫? 一度、耳鼻科にでも――」 「柊さん」 「? 何?」 「!? 本当に、聞こえているの?」 「何度もそう言っている。あなたの声は私の耳に届いている」 「っ!? ……やっと、やっと……。ありがとう! 柊さん!」 「!?」 鈴本さんが柊さんに抱きついた。柊さんを強く抱きしめ、涙を零しながら何かを呟いている。 「?????」 柊さんが凄く困惑している。何故、抱きつかれたのか。何故、鈴本さんが泣いているのか。 先程の会話も相まって柊さんの頭の中もぐちゃぐちゃになっているようだった。 「こういう時、どうするのが自然?」 柊さんが珍しく僕らにHELPを出してきた。 困惑してきて、どう行動したらいいか分からないらしい。 この問いに対しては増田が答えた。 「……とりあえず、落ち着くまで傍に居させてやれ」 「わ、分かった」 何か色々と疑問が飛び交う中、ひとまず鈴本さんが落ち着くまで僕らは再度待機となった。
続
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