第二章 持っていて然るべき
「ふぃ〜。食った食った」 腹をさすりながら、まるでおっさんのような事を言い出す増田。 一挙手一投足を見てると、30代後半のようにしか見えない。 結構な量があった正月特製フルコースは、見事に7人(主に増田)のお腹の中に納まった。 今は柊さんと篠原さんが片付けをしてくれている。 僕も手伝おうとしたけど、2人にやんわりと断られてしまった。 相変わらず鈴本さんも離れようとしないので、 僕は足手纏いになる事も考えて大人しくこたつに戻った。 「さて、お腹も満たされた所で何かみんなで遊ばない?」 レイ君が笑顔を浮かべながら提案してきた。 そんなレイ君の爽やかさとは、星間並にかけ離れた男が、気だるそうに答える。 「ん? 何かって何で?」 「それもみんなで決めよう。まだ片付けも終わってないからね」 「なるほど。んじゃそれまでは待機かね」 再び各々くつろぎ始める。 僕も静かに休もうと思っていたら、耳元から透き通るような声が聞こえてきた。 「私、順斗君の部屋に行ってみたい」 「僕の? 別に良いけど……何にも無いよ?」 「いいの。ただ、行ってみたいだけだから」 「そ、そう。じゃあ2人の片付けが終わったらね」 「はーい」 「……さっきから、なに独り言言ってんだ? 倉崎」 寝っ転がったまま、増田が僕に問いかけてきた。 「独り言? ……あっ」 一瞬増田の言ってる事が理解出来ず、聞き返してしまった。 しかし言っている最中にその言葉の意味が分かり、思わず口から声が漏れ出る。 (そういえば、鈴本さんの声は僕にしか聞こえてないんだっけ……。 確かにみんなからしてみれば、僕が独り言を言ってるように見えるかも) 僕は先程の増田の問いに改めて答えを返した。 「今のは鈴本さんと話してただけだよ。何か僕の部屋に行ってみたいって言ってる」 「そうだったか……。それはスマンかった」 「ううん。僕も説明が足りなかったよ」 増田が寝っ転がったままなので、お互い顔を見合わせないまま会話を続ける。 そんな会話の一部始終を聞いていたレイ君が驚きの表情を浮かべていた。 「……噂には聞いていたけど、本当に聞こえないんだね……」 「ん? ああ、鈴本の事か。そういや、レイと鈴本ってこれが初対面じゃないか?」 「そうだね」 「そうね。私も噂くらいは聞いているけど……」 鈴本さんの声が他の二人には届いていないため、 ちゃんと会話が成り立っているかどうかは不安だけど、 一応僕の耳にはちゃんとした会話が成り立ってる。 これは仲介役になった方が良いのかな? 僕がポスターの代わりにスピーカーになるかどうか思案していると、 レイ君が鈴本さんに対して自己紹介をし始めた。 「はじめまして。僕は2―4のレイドリック。 みんなからはレイって呼ばれてる。これからよろしくね」 爽やかな笑顔を浮かべながら、自身の自己紹介をするレイ君。 鈴本さんも微笑みながら自己紹介した。 「私は2―6の鈴本 琴音。美術部の部長よ。これからよろしくね」
「「…………」」
けどまぁ当然僕以外には聞こえるはずもなく、リビングに静寂の時間が訪れ始めた。 これはまずいと、僕は慌てて鈴本さんの自己紹介を復唱した。 「こ、この人は2年6組の鈴本 琴音さんだよっ。今は美術部の部長をしてるんだ。 これからよろしくねって言ってるよ」 「そ、そう。よろしく、鈴本さん」 戸惑いながら改めて挨拶をするレイ君。 「ナイス、倉崎」 小声で僕を褒め称える増田。 「ごめんなさい……ありがとう、順斗君」 か細くも流麗な声で謝辞を述べる鈴本さん。 (これからは、 鈴本さんがポスターを忘れた時にはスピーカー役を誰かに負ってもらわなければ……!) 声には出さないまでも、心の中でそう強く決心する僕。 ……自己紹介ってこんな大仰なイベントだったっけ? 「お待たせ〜」 「片付け、終わった」 変な空気が流れ始めようとした時に、タイミング良く片付けが終わったらしい。 少しホッとした僕がいた。 「お! 終わったか。そんじゃ、倉崎の部屋に行くとしますか」 増田が反動をつけて、勢いよく起き上がった。そういえばそんな話もしてたね。 「倉崎君の部屋? わぁ〜行きたい行きたい!」 輝かしい笑顔を浮かべて篠原さんも賛同する。 隣にいる柊さんも特に異論は無さそうな表情をしていた。 (7人も入れるかなぁ……) ふとそんな事を思ったけど、流れが流れだったので僕はみんなを自室へと案内した。
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倉崎家。家主の部屋。 どうやら、僕の心配していた事は杞憂に終わったようだった。 今までそう実感した事は無かったけど、僕の部屋は割と広かったらしい。 実際みんなを招き入れてみたら、まだあと3人くらい入りそうな程のスペースがあった。 今は僕と増田が僕のベッドに、篠原さんが椅子に、 他の4人がカーペットの上に置かれた座布団に座ってるという感じである。 「ここが、倉崎君の部屋……。画材がいっぱい……」 篠原さんが驚きの言葉を口にした。 僕の部屋には、おおよそ高校生が熱中するような娯楽品は一切無く、 ただただ至る所に絵を描く用の画材が置いてある。 (一応、僕の名誉のために補足しておくと、ちゃんと片付けてある) ちなみに増田、柊さん、西園寺さん以外は僕の家に訪れるのは初めてだ。 増田に関しては十や二十どころの話じゃないくらい、僕の部屋に出入りしている。 「そこの引き出しにもっといっぱい入ってるよ。好きに見てくれて構わないから。 ……ちょっと何か飲み物を持ってくるね」 僕はお茶と簡単につまめるようなお菓子を持ってくるために、部屋を出た。
お盆に人数分のコップ、お茶が入ったピッチャー、 そしてスナック菓子を何個か乗せて自室へと戻った。 「はい、お待たせ。……何してるの? 鈴本さん、柊さん」 「……宝探し」 「私達にとってはゴミも同然だろうけどね」 「それに関しては同意」 ベッドの下から柊さんの声(鈴本さんとの会話だと思われる)が聞こえてきた。 何故、ベッドの下からかと言うと、 鈴本さんと柊さんがベッドの下に頭を入れて何かを探しているからである。 何かとは……うんまぁ何かだよ何か。察して頂けると助かる。 僕が少し席を外している間に何してるんだよもう! 「スマン、倉崎。言っても聞かなくてな」 「琴音……。みっともないよ……」 増田と篠原さんが、呆れ返った声を出す。 僕はトレジャーハントをしている二人の襟を掴み、ベッドの下から引っ張り出した。 僕が非難めいた顔をすると、鈴本さんと柊さんは不服そうな顔をして、 半ば拗ね気味にこう言った。 「健全な男子高校生なのに、『あれ』が無いなんて不自然。男なら持っていて然るべき」 えー……。まぁ確かにそうかもしれないけどさ……。 「どこに隠してあるの? 正直に言えばあなたと共に焼却するだけで許してあげる」 背筋に冷たい何かが走った。 全身の毛が逆立ち、体が震え上がる。 怖いよっ、一体、何を言ったの!? いや、やっぱり聞きたくない……! 「あのねぇ……。君達が何を思ったかは分からないけど、『あれ』はこの家には無いからね?」 僕はため息混じりに2人にそう言った。 おおよそ2人が想像しているような類の物は、この家には存在しない。 全く興味が無いとまでは言わないけれど、わざわざ購入しようとも思わないからだ。 「レイ君はもちろん持ってないよね♪」 「も、もちろんだよっ。あ、あはは」 「持っていたら……斬り殺す」 「ま、待てっ、綾。持ってない! 持ってないから! とりあえずその日本刀を早くしまってくれ!!」 柊さんの一言から、他の男子二人にも被害が飛び火してしまった……。
続
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