第一章 新年初来客
1月3日。新年明けましておめでとうございます。これからもよろしくお願いします。 と言った風に、挨拶が飛び交う正月がやってきた。 クリスマス、元旦と、予定のある人はさぞ忙しい毎日を送っている事でしょう。 お疲れ様です。 しかし僕は、その両日共にこれといった用事は無かった。 でもまぁ、元旦は静かに過ごす日だと思っているし、 クリスマスには一応、予定があったはずだった。 それは、増田がみんなで集まろうと僕達を誘ったからだった。 ま、結局お流れになったんだけどね……。
「あ〜。今日も平和だな〜」 騒がしい学校に行くことなく、僕は静かな家でこたつに入り、ずっとゴロゴロしていた。 正月はこれが一番だ、うん。
ピンポーン
「ん?」 インターホンが鳴った。 誰だろう? 来客かな? え、正月真っ盛りのこの時期に? あ、年賀状が届いたのかも知れない。 僕は気だるさを感じながらも、何とかこたつという蟻地獄を脱した。 寒くないようにちゃんちゃんこを羽織って、玄関に向かう。 「はーい。誰ですか〜」 返事をしながら、ドアを開けたら―― 「おっす、倉崎。あけおめ〜。早速だが邪魔するぜ」 「ま、増田っ? どうしてここに!?」 「あけましておめでとう、倉崎君。お邪魔させて貰うよ」 「お邪魔します、倉崎君。今年もよろしくね♪」 「レイ君!? 篠原さんまでっ?」 「……おめでとう」 「あけましておめでとう。お邪魔する」 「あ、うん……。あけましておめでとう。柊さん、西園寺さん」 見慣れた人達が、ぞろぞろと僕の家に入ってきた。 各々、新年の挨拶をしながら。 「増田……。せめて来る時は一言言ってからにしてよ……。 こっちにも準備って物があるんだから。いきなり5人で押しかけられても困るよ」 僕は一度、大きな溜め息をつき、主犯であろう人物に非難の声を浴びせた。 正月に、しかも予告も無く来られても非常に困る。 来ると知っていたら、細やかながらもおもて成ししたっていうのに……。 僕が迷惑そうに増田に注意すると、 扇動者たる増田はキョトンとした顔で、僕の非難に対し疑問で返してきたのだった。 「5人? 何言ってんだ? 俺達は6人で来たんだが……」 「何言ってるのさ。 増田、レイ君、篠原さん、柊さん、西園寺さん。 どこからどう見たって5人じゃ――」 「私を忘れるなんて酷いなぁ。じゅ・ん・と・くん♡」 「〜〜〜!!!??? すっ鈴本さん!?」 指差し確認をしながら来訪した人数を数えていると、 後ろから鈴本さんに抱きつかれ、誘惑される勢いで囁かれた。 完全に不意打ちを受け、思考回路がショートし、訳が分からなくなる。 「な? 6人だろ?」 「っ! そ、そうだね……」 増田が発した再確認の一言で、僕の意識は間一髪天から現実へと戻ってこれた。 あと数秒遅れていたら、またこの前のように失神していたかもしれない……。 危ない所だった……。 「んじゃ改めて上がらせてもらうぜ。倉崎」 「あ、うん。……どうぞ」 家主の了解を得た事で、それぞれ好きなように上がり始めた。 僕も半ば諦めながら、おもて成しの準備をし始める。 「私も手伝っていい?」 後ろに艶やかな声を発する女の子を背負いながら……
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「新年、あけまして――」 「「「「「おめでとうございます!」」」」」 「おめでと〜。順斗君」 みんなが待つリビングへとおもて成しを用意して入っていくと、 みんな揃って改めて新年の挨拶をされた。 ご丁寧に全員正座である。鈴本さんだけ僕の耳元からだけど。 「そんなにかしこまらなくても良いよ。大したおもて成しも出来ないし……」 「良いって良いって。いきなり押しかけたのはこっちだし。もて成せという方が無茶だ」 「そこまで分かってるなら、連絡してよもう……」 いきなりの訪問のおかげで、用意出来たのはお茶くらいなものだった。 正月らしい物は一つも無い。 こんな事なら、お餅くらい余分に買っておくべきだった……。 いい加減、鈴本さんに背中から離れてもらい、 僕もこたつに足を入れ、みんなと同じようにくつろぐ。 そんな僕と逆の動きをするように、増田がこたつから足を抜いて立ち上がった。 「よし! キッチン借りるぜ、倉崎」 「別に良いけど……何か作るの?」 僕が尋ねると、増田は自信に満ち溢れた表情で返した。 「おう。モスラバーガーご用達、正月特製フルコースだ。 味は保証するぜ。何たって店のコック長が作り上げるんだからな」 そういえば、増田は飲食店で働いてたんだっけ。 増田は誇らしげにそう言いながら、柊さんを指差した。 紹介された柊さんも恥ずかしげに立ち上がりながら、増田の元に歩み寄りこう言った。 「少し、拝借する」 「うん、どうぞ。器具とかが見つからなかったら、遠慮なく言って」 「分かった」 「んじゃまた後でな〜」 笑顔でそう言い残し、増田は柊さんと共にキッチンへと消えていった。 増田も一緒に行くんだ……。まぁ良いけど。 「ふぅ。やっと一段落だよ」 苦笑いまじりにふと呟く。 僕と同じく部屋に残った4人は、大人しくこたつに足を入れて座っていた。 「いきなり押しかけちゃってごめんね。迷惑だった?」 篠原さんが申し訳なさそうに尋ねる。僕は首を横に振り、こう言った。 「ううん、大丈夫だよ。どうせゴロゴロしてただけだったし。 それよりも、久しぶりにみんなと会えて嬉しいよ」 「そう、良かった」 篠原さんが安堵の息をつく。 思い返してみれば、この面々で集まるのはだいぶ久しぶりだ。 冬休みに入ってから会ってないから、えーと……大体、2週間ぶりかな? 何だかんだ言いながらも、僕はみんなが家に遊びに来てくれた事が、凄く嬉しかった。 「そういえば、よくみんな集まれたね。正月は家族で過ごしたりしないの?」 「うん。今日は抜け出してきちゃった♪」 「せっかくみんなで集まるからね。家族とは夜過ごそうって事にしたんだ」 「正月休み。問題ない」 「私は、親に無理言って出てきちゃった」 それぞれ説明してくれたのだろうが、鈴本さんのだけ僕の耳に届く事は無かった。 というか僕だけでなく、多分他の3人にも聞こえてない事だろう。 なぜなら今日の鈴本さんは……ポスターを持っていない。 「鈴本さん。ポスターはどうしたの?」 「あ、忘れた」 「……」 先程と同様全く聞こえなかったけど、 表情から察するに多分、忘れた、とでも言っていたのだろう。 こうなってしまっては、会話すら成り立たなくなってしまいそうなので、 僕は代わりになりそうな物を探しに行こうとした。 「ちょっと待ってて。今、代わりの物を――」 立ち上がって、物置辺りを物色しようかとドアを開けようとしたその時―― 「良いの。あなただけ聞こえていれば、それで……」 本日2回目の抱きつき。このペースで抱きつかれていたら、 みんなが帰る頃くらいには30回くらい抱きつかれてそうだ。 「他の人達が困ると思うんだけど……」 含みのある言い方をしているけど、鈴本さんがふざけている事は十分に分かっていた。 伊達に何度も抱きつかれちゃいない。 「…………」 篠原さんに見られているような気がするけど、気のせいだよね? うん、気のせい気のせい。 「とりあえず座ろ♪ 順斗君」 「……分かったよ」 何を言っても離れそうになかったので、僕は諦めて元居た位置へと座った。 背中に上機嫌な美術部部長を背負いながら。
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「待たせたな。ほれ、出張モスラバーガー正月特製フルコースだ!」 「うわ、凄いね。圧巻だよ……」 しばしくつろいでいると、キッチンから料理を持った増田がリビングに入ってきた。 そして手馴れた手つきで、テキパキと料理をこたつの上に置いていく。 おせち、焼き餅、海産物の盛り合わせ、その他諸々エトセトラ。 色鮮やかで食欲を誘う料理が並べられた。 「キッチンありがと。さぁ召し上がれ」 柊さんもリビングに戻ってきて、全員でこたつを囲む。 そしてみんなで手を合わせて 「「「「「「「いただきます」」」」」」」 豪華な正月料理を堪能した。
「栗きんとんも〜らいっ!」 「あ! ……さっきから高い物ばかり食べてるじゃないか。増田」 「へっ早い者勝ちだ! ほれ、数の子もってああ!!」 「うん、おいしい! ……早い者勝ち、なんだよね?」 「レイ、てめぇ……」 「この刺身凄くおいしい! どこで買ったの? これ」 「築地。今日のために特別に仕入れた。経費は結城持ち。遠慮無く食べて」 「美影、お前鬼だな……」 「鬼? フハハハ、笑止! 我がそんなちっぽけな存在だとでも? 我は摂理、我は万象、我は神! その名は、鬼龍院・ディオソス・ヴィ・影霧!」 「設定、出来上がってるわね……」 「鈴本さん。僕にしか聞こえてないからって、何でも言っていいわけじゃないよ?」 「……おいしい」 「うおっ! 黒豆が凄い勢いで無くなってる! 綾、いくらなんでも食いすぎだ。俺にもよこせ」 「邪魔立てするなら……斬る」 「黒豆如きにどれだけ厳重なセキュリティかけてんだよ!」
相変わらず、騒がしくも楽しい食事でした。
続
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