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第六章 笑顔にしてあげたい

 

 

 

 

結果、西園寺さんは彫刻へ。柊さんは僕らが教えながら腕を磨く事になった。

増田? 申し訳ないけど……あれじゃあね……。

空いてて余裕のある人が暇な時に気が向いたら教える、という事になった。

現在、増田達は瓦礫の片付け。篠原さんは画材を元の位置に戻す作業。

僕と鈴本さんは美術室の奥の方の片付け&掃除をする事になった。

「よいしょっと! ……ふぅ。こんなものかな? 

後は、箒で軽く掃けば終わりっと。鈴本さん、箒ってどこにある?」

「箒ならあそこの箱の中に……」

「あれだね? ありがと―― ……鈴本さん? いきなり、どうしたの?」

箒を取りに行こうと鈴本さんに背を向けたら、鈴本さんに抱きつかれた。

一瞬びっくりしたけど、平静さを保ちながら問いかける。

すると、鈴本さんは僕の耳元でゆっくりとこう囁いた。

「なんか、嬉しくなっちゃって……」

「ん? あぁ、みんな快く入部してくれたもんね。でも、ちょっと騒がしいかなって気も――」

「違う……」

「え?」

「確かにそれもあるけど……。私が嬉しいと感じてるのは……あなたが、ここにいるから」

「え!?」

同じ言葉を二度復唱する所から、つくづく言葉のレパートリーが少ないなと思うけど、

鈴本さんのその囁きは、僕の心を揺さぶるのに十分すぎるくらいの破壊力を持っていた。

「私は、ずっと前から……あなたの事を知っていた」

「え、教室で会ったのが最初じゃなかったの?」

三日前、昼下がりの騒がしい教室で、最初に抱きつかれたのが初対面だったはず……。

でも、ずっと前から? それより前に僕らは会ってたってこと? 

記憶の奥底からも思い出そうとしたけど、

いくらひねり出しても僕の記憶の中に鈴本さんの姿は見当たらなかった。

「知らなくても無理はない。

私が、あなたの事を初めて知ったのは、合同美術の……あなたの絵が選ばれた時」

「合同美術? そういえば、一回だけ選ばれた事があったっけ……」

我が市村高校の合同美術の授業は、生徒が描き上げた作品の中で、

一番優れていた絵を先生が見本としてみんなに紹介する事があった。

(巷では公開処刑って言われてたけど……)

その時、僕はたった一回だけ紹介された事があった。

何を紹介されたかは全く覚えてないけど……。

「凄く、綺麗な絵だった……。

暖かくて、優しくて……でも、どこか寂しさを感じる。素敵な絵だったわ」

「……」

片思い真っ最中だったあの時期の絵の事だ。

きっと中学生の時に書いた日記より、見たら恥ずかしくなりそうだ……。

「……文化祭の時――」

「え!? 鈴本さん、もしかして……」

「見たわ。全部。やっぱり、あれはあなたの絵だったのね……」

「は、恥ずかしい……」

増田め……。篠原さん以外来ないって言ってたじゃないか……。

この様子だともっと色んな人に、僕のあられもない絵を見られた気がする……。

文字通り、黒歴史だ……。

「!」

鈴本さんの目から涙が零れ落ちた。その涙は僕の制服を下に伝い、やがて床へと落ちた。

「あの時、何があったの……? 

とても、悲しい絵だった……見てて、凄くいたたまれなかった……。

どうして……あんな絵を……」

「あの時は……ちょっと……ね」

ついに、鈴本さんは堪えきれずに涙を流し始めた。

思い出し泣き、とでも言えば良いのか……。

あの、絶望と喪失を表した絵を見て、鈴本さんは篠原さんと同じように涙を流していた。

「でも、大丈夫だから! もう立ち直ったから!」

「やっぱり、何かあったのね……?」

「う……」

鈴本さんを落ち着かせようと言った言葉が、どうやら裏目に出たようだった。

鈴本さんの正論すぎる問いに、僕は何も返す事が出来なかった……。

「好きなの……」

「えっ!? ちょ、ちょっと何をいきなり――」

「あなたの絵が」

「…………」

さっきから、全ての行動が裏目に出ているような……。

ちゃんと最後まで聞かない僕が悪いんだろうけどさ……。

慌てたり自分を恥じたり、感情の起伏が激しい僕を余所に、鈴本さんは話を続けた。

「これからも、描くの?」

「……文化祭の時の絵のこと?」

「……そう」

「……。もう、描かないよ……。ああいう絵達は、あれっきり描くのを止めたんだ」

「そう……良かった……」

「ごめん……鈴本さんにも、辛い思いさせちゃったね」

自分の描いた絵が、こんなにも多くの人を巻き込んでしまうなんて……。

自暴自棄になっていたとはいえ、本当に申し訳ない事をしてしまった。

「鈴本さん」

「?」

「僕は……これから、みんなが笑顔になれるような、そんな絵を描きたいと思ってるんだ」

「うん……」

「それで、お詫びと言っては何だけど……。鈴本さん。最初は、君を笑顔にしてあげたい」

「!」

「何か、描いて欲しい物とかあるかな? ……精一杯、描き上げるよ」

「――し……」

「え?」

「私! 私を描いて! ……可愛く描かなかったら、承知しないんだから……」

小さいけど良く通る澄んだ声で、鈴本さんはそう言った。僕は微笑みながら、こう返した。

「……うん、必ず君を笑顔にするよ」

「!」

鈴本さんは僕がそう返した後、僕の背中から離れ、床に落ちたポスターも手に取らず、

頬を赤らめながら僕に向かって何かを呟いた。

いきなりは……反則だよ……

「え? 何か言った? 鈴本さん」

なんでもないっ!」

僕の耳にその返答が返ってくる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

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