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第四章 入ってください

 

 

 

 

次の日、放課後2−3の教室にて。

今日こそは倉崎と一緒に帰るために、

帰りのHRが終わった直後、即座に倉崎を捕らえようとする。

「倉崎〜。帰ろ〜ぜ〜」

「あ、ごめん。今日はちょっと部活があって……。じゃあね! 増田」

「へ? 部活? お、おい! 倉崎! ……行っちまった」

倉崎は俺の誘いを軽く受け流し、足早と教室を出ていってしまった。

残された俺は二日連続で振られた事から、言い表しがたいもの悲しさを感じていた。

「倦怠期?」

「離婚の危機……」

「……お前らなぁ。俺らは夫婦じゃねぇっての!」

両側から茶化される。こいつらは俺の事を一体何だと思ってるんだ?

「にしても……はぁ。また、お前らだけか……」

倉崎と一緒に帰れない悲しみから、自然とこの言葉と溜め息が口から漏れ出てしまった。

「どういう意味?」

「返答如何によっては、斬り捨てる」

(あ……やべ……。また俺は余計な事を……!)

修羅よりも恐ろしいオーラを纏わせ、各々の武器を取り出しながら、二人がにじり寄ってくる。

「ちょ、ちょっと待て! 違うって!! 今のは、倉崎と帰れないって事で……。

お前らと帰るのが嫌って訳じゃ――」

「「問答無用!!!!!!」」

 

「おぷせいやっさ!」

 

俺が必死に言い訳をしていると、

二人の怒りの一撃によって、焼け石に水の言い訳が強制的に中断された。

まもなく、俺の意識も飛んでいく。

慣れてしまったせいか、俺は気を失う直前まで、色々と考えていた。

(気がついたら、倉崎の所に行くか……。多分、学校にいるだろうし……)

そこで、俺の意識はフェードアウトした。

 

 

 

 

 

 

一度職員室に寄って用を済ましてから、美術室へと向かう。

別に深い意味は無いけど、僕は道中ずっと小走りだった。

約5分にも満たないマラソンの後、僕は美術室に着いた。

「こんにちはー。――っ!」

「いらっしゃい。待ってたよ」

「すっ鈴本さん!? ちょ、ちょっと!」

僕がドアを開けるやいなや、待ち構えていたかの如く鈴本さんが抱きついてきた。

不意を突かれてバランスを崩しそうになったけど、

何とか足を引いて、倒れないように体を支える。

「離れて、下さいっ……。また、篠原さんに怒られますよ……」

「大丈夫だよ。さっき出て行ったばかりだから」

あー、なるほど。……じゃないって! 慣れるな! 明らかにこの状況はおかしいから! 

「とにかく、離れて下さい。話しづらいです……」

「そう? でも……」

二度目の催促で、鈴本さんはあっさり僕から身を離した。

そして一般的には話すのに適切な距離を取り、いたずらっ娘のような笑顔を向けてこう言った。

離れると、もっと話しづらくなると思うよ?」

「……」

申し訳ないけど、全く聞こえなくなった……。

彼女が発したはずの声は、僕の耳には届く事はなかった。

しかし、僕らの教室内のように、何かが邪魔しているわけではない。

この美術室内には、ただただ静寂が流れている。

聞こえてくる音といったら、外から僅かに部活をしている人達の掛け声くらいだった。

鈴本さんは一度小さく息をついてから、近くのテーブルに置いてあったポスターを手に取った。

そしてそれを丸めて口に当て、微笑まじりにこう言った。

「ね? 話しづらいでしょ?」

「う、うん。ごめん……」

僕はなんとなく悪い事をしてしまったように感じた。

だいぶ前から気づいていたけど、鈴本さんはかなり、いや超絶的に声が小さい。

それこそ、ほぼ密着状態じゃないと聞こえないくらいに。

ポスターをスピーカー代わりにして、やっと聞こえる程度だ。

しかも大前提として周りが静かである事も付け加えて。

「気にしないで、私が悪いのだから。話すためとはいえ、迷惑をかけてごめんなさい」

「そんな、迷惑だなんて」

申し訳なさそうに頭を下げる鈴本さん。鈴本さんを困らせてしまった自分を責める僕。

美術室の中に、気まずい空気が流れ始めていたその時――

「ただいま〜。部長、頼まれてた物持ってきましたよ」

「ありがとう、ご苦労さま」

輝かしい笑顔と共に、篠原さんが入ってきた。

篠原さんは鈴本さんに報告をした後、美術室内にいた僕に気づいた。

「あ、倉崎君。今日も来てくれたんだね」

「え、あ、うん。今さっき入部届け出してきたんだ」

「本当!? これからよろしくね倉崎君♪」

「……うん、よろしく」

屈託の無い笑顔を向けながら、僕の入部を歓迎する篠原さん。

今でも、篠原さんの笑顔を見る度に、心の奥底にズキっと刺さるような痛みが走る。

もう、吹っ切れたと思ってたんだけどな……。

「あと、二人ですね部長」

「ええ、あと……二人ね」

美術部古参メンバーが顔を見合わせ、二人共意味深な事を呟く。

「二人? あと二人ってどういう事?」

僕は気になって尋ねてみた。

すると鈴本さんがこちらに向き直って、

声を聞こえやすくするためか、少し近づいてからこう言った。

「実は……この美術部は、

10月30日までに部員をあと二人増やさないと、廃部にされてしまうの」

「え!? どうしてそんな……。10月30日って……あと一週間も無いじゃないか」

今日は10月25日。期限は5日にまで迫っていた。

「先輩方が引退して、私達だけになったから定員数に達しなくなってて……。

だから、3日くらい前に顧問の先生から……」

鈴本さんが今にも泣き出しそうに目に涙を浮かべ、途切れ途切れながら話を続けていた。

「嫌だよ……。美術部が無くなるなんて……私には……」

「大丈夫」

「え?」

「大丈夫。きっと、あと二人くらいすぐに見つかるよ。

だから、涙を拭いて。僕も出来る限り協力するから」

根拠は無かった。

でもこれを言わなければ、鈴本さんが耐え切れないんじゃないかと思って……。

僕はつい無責任な事を口走ってしまった。

「倉崎君……」

ポケットからハンカチを取り出し、鈴本さんに渡す。

鈴本さんは少し戸惑った後、そのハンカチを受け取り、自らの涙を拭った。

とりあえず落ち着いてくれたようだった。

「よし、じゃあ一緒に頑張ろう。鈴本さん、篠原さん」

「……ありがとう」

「うん、頑張ろうね」

ここにいる全員の思いが一つになった。

期限はあと5日。みんなで頑張ればきっと大丈夫なはずだ。

「たのも――!! 倉崎〜居るか〜っておお! 居た居た! はぁ、や〜っと見つけたぜ」

「「「……」」」

「ってあれ? お取り込み中……だったかな? 出てった方が良い?」

増田優作。良くも悪くも空気をぶち壊す奴。今回の場合は、間違いなく悪い事例の方だ。

 

 

 

 

 

 

「ふーん。そういう事だったのか……。だったら俺が一肌脱いで――」

「ちょっと待ってて」

相変わらず話の展開が早すぎる増田を制してから、

鈴本さんと篠原さんを美術室の隅に呼び出し、

増田に聞こえないように全員耳打ちレベルの話し合いを始める。

「とりあえず流れ的に説明しちゃったけど、どうしようか……」

「増田君? だっけ? 私は是非とも入ってほしいのだけれど……」

藁にもすがりたいって事か……。

気持ちは分かるけど、

僕の長年の経験から言わせてもらうと、あいつは絶対に美術部には向いてない。

どうでも良いけど、鈴本さん耳打ち上手すぎ。この距離なら凄く聞き取りやすい。

「篠原さんはどう思う?」

「んー。増田君結構良い人だし、私も賛成かな?」

「そ、そう……」

結果、賛成2反対1で増田に入部を勧めるという事になった。

僕らは臨時会議を終わらせ、増田の方へと戻った。

「ねぇ増田。美術部に――」

「良いぞ」

まぁ、でしょうね。ていうかさっき自分から入ろうとしてたし……。

他の二人は面食らっているようだったが、僕は予想出来ていたので特に驚きはしなかった。

あっさりと入部を承諾した増田は、微笑みながら鈴本さんに近づき、

まるでどこぞの王子様のようにひざまづいて、鈴本さんの手を取りこう言った。

「こんな綺麗なお嬢様が所属している部ならば、不肖増田、喜んで入部致しましょう」

誰だお前。

「まぁお嬢様だなんて。一体、何人の婦人にその言葉をかけてきたのかしら?」

鈴本さんも乗らないで。そいつ、調子に乗るから。

「そんなとんでもない。今の言葉は、あなた様だけに捧げた言葉にございます」

「お上手ね」

「お褒めに預かり光栄です」

なんだ、この茶番。二人の目は輝いており、凄く楽しそうだった。

ノリノリなのは結構だけど、

いつもの増田を知ってる僕からしてみれば、今の増田は凄く気色悪い。

鈴本さんも鈴本さんで、綺麗どころのお嬢様の役を熱演しているけど、

如何せん口にポスターを当てているからね……。

とてもシュールな光景がそこにはあった。

「ねぇねぇ、倉崎君。増田君って、あんなに落ち着いてて紳士的な人だったっけ?」

篠原さんも本気にしないで!

「ふざけてるだけだと思うよ……? そろそろ飽きると思うし」

僕がそう言った途端、

増田はやんわりと鈴本さんから手を離し、やがて元の位置へと戻っていった。

またふざけられても面倒なので、あまり間を置かずに話を元のレールへと戻す。

「とりあえずこれで、あと一人だね」

「うん、このペースなら大丈夫だよね」

「ん? あと一人? あぁ、それなら心配すんな。心当たりならたくさん居るからよ」

「本当!?」

鈴本さんがか細い声ながらも、驚きの声を上げる。増田は鈴本さんに微笑みかけながら、話を続ける。

「おう、ざっと二人ほどな。ていうか、もう来てるし」

「え? でも、ここには僕らしか――」

「だ〜れだっ♪」

発言途中、いきなり目の前が真っ暗になった。この明るくて少し幼めな声の持ち主は……

「柊さん、居たんだね……」

「ひっど〜い! さっきからずーっと居たのに! もう! 倉崎君なんて嫌い!」

目の前が明るくなったので後ろを振り返ってみると、

そこには頬を膨らましてやや不機嫌気味な柊さんと、

「……」

静かに佇んでいる西園寺さんの姿があった。

「紹介するよ。そこでふてくされてる中二病患者が、柊 美影。

日本刀を携えているのが、西園寺 綾だ。二人共、俺の知り合いでな。

転校したてだから部活にも入っていないんだ」

「……よろしく」

「何その紹介〜。ふーんだっ。あ、柊 美影です。これからよろしくね♪」

「美術部部長の鈴本 琴音です。お噂はかねがね伺っております。これからよろしく」

これぞ三者三様。西園寺さんはいつも通りクールビューティーだし、

柊さんはハイテンションモード入ってるし、鈴本さんは丁寧すぎる。

とても同じ高校生同士の会話とは思えない。

一通り自己紹介が終わった所で、僕は勧誘活動に移った。

「ねぇ、柊さん。西園寺さん。良かったら美術部に入ってみない? 実は――」

「事情は知っている」

「話が早くて助かるよ。じゃあ単刀直入に言うね。美術部に入ってください」

頭を下げて二人にお願いをする。返事は即答で返ってきた。

「構わない」

「うん、最初からそのつもりだったから」

「本当!? ありがとう二人共!」

嬉しさのあまり二人の手を取って、お礼を言う。

柊さんも西園寺さんも、

ここまで感謝されるとは思ってなかったのか、気恥ずかしそうに目線を逸らした。

「鈴本さん。これで美術部は存続出来るよね?」

「うん……。うん……! ありがとう、みんな……」

美術部の存続が確定して安心した鈴本さんは、堰を切らしたように大粒の涙を零した。

篠原さんもとても嬉しそうに笑っていた。同じく目に涙を浮かべて。

 

 

 

 

 

 

あれから数十分後、落ち着きを取り戻した鈴本さんは何度も僕らに頭を下げてから、

美術部存続を掛け合うために、顧問の先生が待つ職員室へと行ってしまった。

そして、増田、柊さん、西園寺さんも入部届けを出しにいくと言って同じく美術室を後にした。

残された僕と篠原さんはもう五時を過ぎていたので、

軽く片付けをしてから帰路につく事にした。

 

 

 

 

 

 

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