第七章 君と描いた綺麗な絵
「来たか。……じゃあ最後の絵を見せるぜ」 カーテンを抜けると、目の前には増田君と、赤いカーテンに隠された絵が一枚あった。 「……」 「……分かった。見せてくれ」 裕子が返事出来る状態ではなかったので、僕が代わりに答える。 「よし……これが、倉崎の想いだ……!」 増田君は、勢いよくカーテンを取り去った。そこにあった絵は―― 「あ、あぁ……。ああぁ……!」 「! 裕子!」 目の前に表れた絵を見て、 ついに裕子は感情を抑える事が出来ず、膝を突き、泣き出してしまった。 僕の手から裕子は手を離し、両手を顔に当てポロポロと涙を流す。 「タイトルは『君と描いた綺麗な絵』だ」 君と描いた綺麗な絵……。 増田君がそう紹介した絵は、 男の子と女の子が二人仲良く、何かの絵を描いてる情景の絵だった。 二人共、笑い合っていて、とても楽しそうで。 ……そしてどこか。その二人は、倉崎君と裕子に似ていた。 「そんな……。倉崎君……! ぐすっ……ごめっ、ごめん、なさい……!」 人目もはばからず、嗚咽を漏らし号泣する裕子。その涙は留まる所を知らず、流れ続けた。 僕は、泣きじゃくる裕子に対して、どんな言葉を掛けたら良いか分からなかった。 ただただ、裕子の隣で佇んでいた。 「美術室だ」 目を絵から離さず、増田君は淡々と告げる。 「……えっ?」 「美術室だ。倉崎は……そこにいる」 「……」 「裕子っ!」 増田君の言葉を聞いた後、裕子は瞳に溜まった涙を拭いもせず、一心不乱に教室を出ていった。 そんな裕子をほっとけるわけもなく、僕も急いで裕子を追いかけようとしたその時―― 「!」 「少しでも動いたら、斬る」 僕の目の前には日本刀を携えた女の子が、行く手を阻むようにして立っていた。 「悪いな、レイ。手荒な真似はしたくないんだが……。今邪魔されると困るんでな。 だから、少しお前はここに残ってくれ。後は……二人の問題だ」 「……くっ!」 僕は、彼女を追いかける事も出来ず、そこに立ち尽くしていた。
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誰かが廊下を走っている音が聞こえる。 何故か先程から、文化祭の喧騒は聞こえなくなっており、 わずかな物音も鮮明に聞こえるようになっていた。 その時、後ろの方から扉を開ける音が聞こえた。 「はぁはぁ……。倉崎君!」 「……篠原、さん?」 音のする方へ振り返ると、そこには篠原さんの姿があった。 「どうして、こんな所に――!」 理由を聞こうとしたら、 篠原さんは僕の方へ駆け寄って来て、僕の首に手を回し抱きついてきた。 「ごめんなさいっ……本当に、本当に……ごめん、なさい……!」 僕に抱きついてきた後、篠原さんは涙を流しながら、何回も謝ってきた。 そんないきなりの出来事に困惑を抑えきれない。 何より、抱きつかれた事による動揺が一番甚大だ。 心臓が破裂しそうな程暴れ回って、顔は燃えるように熱くなる。 しかし、僕の肩は篠原さんの流した涙によって、どんどん濡れていった。 「あの絵を、見てくれたんだね?」 「うん、見たよ……。あなたの想いも、全部……!」 「そう……」 増田の奴、いらない世話をしてくれて……。 僕は、もう篠原さんには会わないつもりだったのに……。 だって、篠原さんに会っちゃったら決心が揺らぎそうだったから。 レイ君にはああ言ったけど、それは誰のためにもならない……。 だから、僕は……! 僕は気持ちを落ち着かせるために篠原さんの頭を撫でながら、 ゆっくりと、しかしはっきりと、言葉を繋げた。 「ありがとう……今まで、僕の支えになってくれて。君のおかげで、僕はここまで――」 「そんなことないっ! ……私は、今まで……あなたに酷い事ばかり……」 なおも泣きじゃくりながら、自分を責め続ける篠原さん。 僕は篠原さんに見えるように少し離れてから、首を振り、笑顔を浮かべてからこう言った。 「ううん、そんなことないよ。……僕は、篠原さんと過ごせて楽しかった。 毎日の生活の中で、君と絵を描いてた時間が一番楽しかった……」 「でも! 路地で助けてくれた時も、私はあなたに向かって悲鳴を上げて……。 その後も……倉崎君の気持ちも考えず、病院で酷い事を……」 「……病院で言ってくれたのは、善意で言ってくれたんじゃないか。 僕の気持ちなんて……言わなかった僕が悪い。 路地でのあれは……まぁ確かにちょっとショックだったけど……。 それよりも、僕は篠原さんに何かあった時の方が、よっぽどショックだよ」 話してて気が楽になったのか、篠原さんは徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。 僕は十分に間を取ってから、再び話し始めた。 「そんなに自分を責めないで。 僕は、楽しそうに笑っている篠原さんが好きなんだ。 篠原さんには笑っていてほしい」 「笑う……?」 「そう。……レイ君とお幸せに」 そう言って、僕は篠原さんに背を向け歩き始めた。 もっと言いたい事はたくさんあった。もっと言わなければならない事がたくさんあった。 でも、それを言ってしまうと、全部壊れてしまうから……。 それで良い……。それで良いんだ。僕が我慢することで全てが丸く収まるのなら、それで。 「倉崎君!」 「?」 後ろから、声が聞こえた。 振り向くと、篠原さんが涙を拭いながら、僕に向かってはっきりと聞こえるようにこう言った。 「私も! あなたと絵を描いてる時、凄く楽しかった! また一緒に、絵描こうね!」 篠原さんは僕に向かって、精一杯の笑顔を見せてくれた。 その笑顔は、とても輝かしくて、とても綺麗で……。 僕は思った。 あぁ、僕はこの笑顔に惚れたんだな。って。 篠原さんの正直な想いが、その言葉にたくさん詰まっていた。 だから僕も、精一杯想いを込めて返した。
「うん。本当に……ありがとう」
続
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