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第六章 決戦

 

 

 

 

三日後、決戦当日。

その日は快晴に恵まれ、戦場に赴く僕の気持ちを高ぶらせた。

……この日のために、出来る事は全てしてきた。だから、絶対に大丈夫だ。

闘志を燃やすために少し自己暗示をかけ、僕は久方ぶりの学校へ出かけて行った。

 

 

 

「……! ん? 手紙?」

僕がいつも使っていた下駄箱を開けてみると、中から白地の封筒がひらりと落ちた。

僕はそれを手に取り、封を切って中身を見た。

『三階端の教室に来られたし』

手紙には綺麗な字体でそう書かれていた。

差出人が誰かは分からないけど、僕は大体見当が付いていたので、

手紙の指示に従い、指定の教室に向かう事にした。

 

 

 

「お? 主役の登場か?」

指示された教室に入ってみると、予想通り、もはや見慣れきった男が目の前にいた。

その両側には、殺気まじりでやる気充分な西園寺さんと、

黒いオーラを纏い微笑を浮かべた柊さんの姿があった。

「おはよう。増田。西園寺さん。柊さん」

僕は一人一人としっかり目を合わせ、挨拶を交わした。共に闘う仲間と意思を通わせるように。

「おう。……やる気は充分なようだな。期待してるぜ」

「……。邪魔者は排除する。任せて」

「流石は我が眷属。その闘志、決意、存分に見せてもらおう。……頑張って。あなたなら大丈夫」

それぞれの個性的な返事を貰い、みんなの思いを受け取る。

僕もそれに応えるように笑みを浮かべる。

「よし! じゃあ最後の仕上げをしますか! 倉崎、最後の絵を貸してくれ」

「うん」

僕の正直な気持ちが全て詰まった絵を、丁寧に増田に手渡す。

増田も絵を傷つけないように、丁寧に取り扱い、最後の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

市村高校文化祭。

一度、度重なる事件の勃発のため、危険と判断され中止となった。

しかし、本校生徒の熱い要望により、その約三週間後に開催されることになった。

ただ、危険を避けるために規模は縮小され、

一般開放はせず、学校内だけで行われる事になった。

「ねぇねぇ、レイ君。次はどこに行く?」

一般開放をしていないとはいえ、文化祭で活気づいている廊下を裕子と一緒に歩いていると、

チョコバナナの店を出た後に、横にいた裕子が僕に向かって問いかけてきた。

「うん? そうだな、ええと……」

歯切れの悪い返事を返す。別にいきなり聞かれたからという理由ではない。

僕はどのタイミングで、倉崎君のブースへ向かうべきか迷っていた。

どこに行くか悩む振りをして、文化祭仕様の学校の地図を開く。

「あ! こことか良いんじゃない?」

「え? どこ?」

裕子も地図を見ていたらしく、地図の端の方を指し、そう言った。

指し示された所を見てみると……

「!」

『心に響く絵を展示! あなたに想いを届けます』

名前こそ入っていなかったものの、僕にはここが倉崎君のブースだと、直感的に分かった。

「ここに行こ! 凄く楽しそうだよ」

「そ、そうだね。それじゃあ次はここにしようか」

少し気は引けたけど、

彼女があまりにも楽しそうに笑っていたから、断る事なんて出来なかった。

……でも、いずれ行くべきだった所だ。

むしろ、彼女の方から指定してくれて助かったかもしれない。

僕は裕子に手を引かれながら、倉崎君のブースと思われる場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー! ご来店ありがとうございます! ようこそおいで下さいました!」

ブースに足を踏み入れようとしたら、

中から包帯をほぼ全身に巻いた女の子が、元気いっぱいに接客してきた。

振る舞いだけ見ると、健康的な女の子だけど……大丈夫なのかな? 

僕が色々と怪訝していると、隣にいた裕子が、出てきた女の子に対して反応した。

「美影ちゃん? うわぁ、本当に美影ちゃんだ! 久しぶり! 元気にしてた?」

「うん! 久しぶり、裕子! 裕子も元気だった?」

「私も元気よ。え、ここのブースって美影ちゃんが運営してるの?」

「ううん、違う違う。ここは私の友達が、運営してるの」

「へぇ〜そうなんだ」

二人はまるで十年来の友達かのようにポンポンと会話を進める。

そしてこの間にも、どんどんと話が展開されている。

状況が理解しきれずに、少し置いてけぼり気味だ。

僕は、申し訳なさそうにすごすごと裕子に問いかける。

「裕子。この子、君の知り合いなのかい?」

「うん。柊 美影ちゃんって言うの。

初めてあったのは数ヶ月前でね。会ってすぐに仲良くなったのよ」

「へぇ、なるほど」

数ヶ月でここまで仲良くなるのかな? と、少し疑問に思ったけど、そこは置いておこう。

「それはそうと、裕子。ここ、覗いていかない? 

あなただったら、恐らく気にいってくれると思うのだけれど」

「うん、そのつもり。じゃあ、入らせてもらうね。ほらレイ君、早く」

「あ、うん」

「いってらっしゃーい! 二名様入りまーす!」

柊さんに笑顔で見送られ、教室の中に入ってみると、

中は板で仕切られており、所々が黒いカーテンで覆われていた。

少し周りを見渡していると、奥から増田君が出てきた。不敵な笑みを浮かべながら……

「お? ついに来たかお二人さん。いらっしゃい、歓迎するよ」

「増田君? どうしてここに?」

「どうしてって……。ここでの俺の仕事は、お客さんの案内役なんでな。

だから、お二人のエスコートをさせて貰いますぜ?」

「そうなの? じゃあお願いするわね」

「お願いされました。では、こちらへどうぞ」

増田君が促すままにカーテンを抜けてみると、そこにはたくさんの絵が展示されていた。

「ここは、偽りの間にございます。まずはじっくりと鑑賞して下さい」

「……」

展示されていた絵を見てみた。なんというか、圧巻だった。

全体的には力強く描かれていながらも、

所々繊細なタッチが、僕達の目をその絵から離れさせない。

寒色だけの色使いで描かれているその絵からは、悲しみが見て感じ取れる。

悲哀というより、絶望。……言葉が出なかった。

「……! 何、これっ……」

裕子がある絵を指差し、その場に座り込む。両手を口に当て、顔は青ざめていた。

「その絵のタイトルは『自棄』です。人が自らを捨てた時を表現した、との事です」

「じゃあ……これは?」

「その絵のタイトルは『喪失』です。人が大切な物を失った時の心情、を描写した絵との事です」

「この絵……筆使い、タッチ、表現。どれを取っても……まさか……」

増田君がいつもとは違う落ち着いた様子で、淡々と説明をし続ける。

そんな増田君に対して、裕子はどんどんと顔色が悪くなっていく。

「大丈夫か、裕子っ?」

「……ねぇ増田君。一つ、教えて……。この絵を、描いた人は誰……?」

心配する僕を無視して、裕子はか細い声で増田君に問いかける。

だけど、増田君はあくまでも落ち着いて、丁寧に受け答えする。

「それはお教え出来ません。

ただ一つ言える事は、ここにある絵には、作者の強い想いが込められております」

「嘘! あの人が! 倉崎君が、こんな絵を描くはずないわ!」

増田君に対し、声を荒らげる裕子。

その様子は、とても信じられない、といった感じで増田君を睨みつけていた。

裕子の目には涙が浮かんでいた。

しかし、そんな裕子を見て、増田君は冷たい言葉で彼女を突き放す。

「嘘じゃねぇよ」

「!」

「これは紛れも無く、あいつが描いたもんだ。

篠原、お前ならこれがどういう事か、分かるはずだ」

「どうして……? 倉崎君……。いつも、あんなに楽しそうだったのに……」

ついには泣き出してしまいそうな声で、呟く裕子。

増田君はそんな裕子を見下ろし、一度溜め息をついてから、僕の方を向きニコッと笑った。

「そんなあなた方にもう一つ、お見せしたい絵がございます。……それでは、こちらへどうぞ」

笑みを浮かべてエスコートする様は、

訓練された店員とさほど変わらない程、自然な振る舞いだった。

だけど、何故か僕はこの時、そんな増田君に恐怖を感じた。

増田君は僕達に促してから、更に奥にあった黒いカーテンの向こう側へと入っていった。

「行こう、裕子。……ほら、立てるかい?」

「うん、ありがと……」

奥に何があるか分からないけれど、これがこの前倉崎君の言っていた事なのだとしたら、

僕は最後まで裕子を導かなければ……。これは男と男の、正当な勝負なのだから。

……裕子には見てもらわなければならない。

僕はあまり裕子に負担をかけないように、細心の注意を払い、

彼女の手を優しく引き、ゆっくりと目の前の黒いカーテンの中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

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