第五章 宣戦布告
「…………こんなものかな?」 最後の仕上げをし、完成した絵をざっと見渡す。……良い出来だ。 あれから一週間が経った。その間僕はずっと部屋に籠り、絵を描いていた。 「あと、する事といったら……」 絵は描き上がった。見直しは、これから徐々にしていけば良い。 だけど、僕にはまだやらなければいけない事が、もう一つ残っていた。 僕は長く使っていなかった携帯を手に取り、ある人物へと電話を掛ける。
プルルルル。……ガチャ。
「もしもし。倉崎ですけど――」 「倉崎君っ? 良かった。この頃、学校に来ていなかったからね。心配してたんだよ」 ある人物とは、久しく顔を合わせていなかった、僕の友人兼、篠原さんの彼氏のレイ君だった。 「うん、心配掛けてごめんね。レイ君。僕ならもう大丈夫だよ」 「そう……。良かった……」 電話の向こうではとても安心しきった声が聞こえる。 でも、こんな報告をするために、僕はレイ君に電話したわけでは無い。 僕のやらなければいけない事というのは…… 「ところでレイ君。今から会えるかな? 君に話したい事があるんだけど」 「ん? 今から? えーっと、大丈夫だよ」 「そう、良かった。じゃあ、三十分後に市村公園に来て」 「うん、分かった」 会う約束を取り付けた後、電話を切る。 これだけは言っておかなくちゃいけない……! 篠原さんに想いを伝える前に。僕は時間に間に合うように、外出の準備を始めた。
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三十分後、市村公園。 少し余裕を持って出かけたつもりだったが、僕は時間ぴったしに公園に着いた。 すでにレイ君は到着していたらしく、入ってすぐの所にあったベンチに腰を掛けていた。 僕は手を軽く振りながら、レイ君の元へと近づく。 「ごめんね、急に呼び出して」 「ううん、大丈夫だよ。……体、大丈夫かい? ほら、座って座って」 「あ、うん」 僕は促されるままに、レイ君の隣に腰を下ろす。 「それで、僕に話って何かな? 大事な事?」 眩しいくらいに僕に向かって笑いかけ、嫌味のない爽やかな雰囲気で問いかけてくる。 僕はそんなレイ君に対して、やや抑え目で、落ち着いて話を進める。 「うん、とても大事な事。僕にとっても、レイ君にとっても……篠原さんにとっても」 「! それってどういう事?」 篠原、という単語を聞いた瞬間、急にレイ君の表情から笑顔が消える。 そうだよね……篠原さんとレイ君は付き合ってるんだもんね。気になるのも仕方が無い事だ。 僕は出来るだけ意思を込めて、レイ君に僕の考えが届くように、はっきりとこう言った。 「これだけは、言っておかなくちゃいけない。そうしなければ、僕は一生……前に進めない」 「……」 「レイ君、僕は君に宣戦布告をする。僕は君から、篠原さんを奪い取ってみせる」 「!」 公園に一陣の風が流れる。 その風は僕らの体を掠め、秋も深まった肌寒い風が、僕らの体温を奪っていった。 しばしの沈黙。 レイ君が発言しない事を確認してから、僕は再び話を続ける。 「僕はずっと篠原さんの事が好きだった。関わっていた時間は少なかったかもしれないけど、 僕は篠原さんの優しさに、そして……あの笑顔に惚れたんだ。その想いは今でも変わらない」 「……」 「でも、篠原さんはそんな僕より君を選んだ。 その時僕は、何もアプローチしてなかったけど……僕からしてみれば君は、 横からいきなり篠原さんを奪い取っていった人だ」 「! そんなつもりは――」 「分かってる! 分かってるから、僕は悔しくて仕方なかった……。 もっと早く想いを伝えていれば、こんな事にはならなかったかもしれないのに……」 自分で言ってて、後悔がどっと押し寄せてくる。 今の関係を壊したくない怯えから、 何もしてこなかった自分が、今となっては物凄く腹立たしい。 勇気が出せなかったから、逃げたから! こういう結果になってしまった……。 だから僕はもう逃げない。逃げたくない! 真っ向からぶつかってやる! 篠原さんに僕の想いを伝えるんだ! 僕は自分に言い聞かせながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 「だから、君に最初で最後の勝負を申し込む。僕は、正々堂々と篠原さんを奪い返す!」 僕はレイ君に向かって指を突き出し、はっきりと言い放った。 レイ君にとっては迷惑な話だろう……。 いきなり泥棒扱いをされて、あまつさえ一方的に勝負を持ちかけられているのだから……。 しかしレイ君は、一瞬戸惑いの表情を見せた後、輝かしい笑顔を浮かべ、こう言った。 「……ふっ。ふふ、あはは! そこまで言われちゃ、僕も受けないわけにはいかないね。 受けてたとうじゃないか!」 ……。僕は唖然とした。こんなに僕が理不尽な事を言っているのに、 レイ君は嫌な顔一つするどころか、屈託の無い爽やかな笑顔で、快く承諾してくれた。 先程までの落ち着いた感じはどこにも無く、勝負に燃える男の目をしていた。 篠原さんが、レイ君の事を好きになった理由が、少し分かった気がする……。 でも、もう逃げないって決めた! ここまで来たらもう引き下がれない! 「で、僕は何をすれば良いのかな? 言っておくけど、ただで裕子を渡してもらえると思ったら、大間違いだからね?」 よほど自信があるのか、不敵な笑みを浮かべ、自信満々に問いかけてくる。 ……そんな事は重々承知している。ただで、なんて甘い考えは、とうの昔に捨て去ったさ。 「分かってるよ。 ……レイ君は文化祭当日に、僕が任されているブースに、篠原さんと一緒に来て。 君がする事は、それだけだよ」 「君のブース? そこに裕子を連れて行くだけで良いのかい?」 「うん。……そこで、決着をつけよう」 「……分かった。お互い頑張ろう」 「うん」 レイ君と固く握手をする。相手の健闘を祈るように。 握手が終わった後、何を言うでも無く、お互いに背を向け歩き始める。 決着が着くのは、三日後の文化祭当日。 今回ばかりは、絶対に負けられない……! そこで、僕の全てを篠原さんにぶつける!
続
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