第四章 結束
あれから数日が経った後、丁度休憩を取っている時に僕の家に来客が来た。 「うーっす。おひさ〜」 例にもよって例に漏れず、安定の増田である。 増田は僕の部屋に入って来た後、何かのプリントをバッグから取り出し、僕に渡した。 「ほれ、取り付けてきたぜ。文化祭当日に空き教室を一部屋貸し切った。 そこで、お前の絵画展をやるってわけだ」 話を聞きながらプリントにも目を通してみたけど、 どうやら増田の言っている事は全て本当の事らしい。 疑っていたわけじゃないけど、まさかここまでやってのけるとは……。 増田優作。行動力だけで言ったら右に出る者はいないのかもしれない。 「で、そっちの方はどうだ? 場所だけ取ったって、お前が出来てなきゃ意味が無いからな」 増田はそう言って、机の上に置いてある描きかけの絵を見ようとする。 僕はそれを遮り、すぐに引き出しの中に隠した。 すると増田は、すぐに体を引っ込め肩をすくめる。 「ちぇっ。極秘事項ってことかい。まぁ良いけどさ。 ……あ、ちなみに文化祭の開催はあと十日だって話だけど大丈夫か?」 十日後? えーと、この絵はあと一週間もあれば描けるから……。丁度良いかも。 「うん。それまでには完成すると思う」 「そうか。……じゃあお邪魔虫は退散しますかね。バイビ〜」 気を遣ってくれたのか、入室してから十分も経たない内に増田は部屋を出ていってしまった。 普段もあれくらい気を遣ってくれると……それは求めすぎかな? けど、本当に増田の行動力には驚かされた。 僕なら、こうも簡単に教室の確保なんて出来ないだろう。 いや、それに限った話じゃない。他の事でもきっと。 ……ここまでしてくれてるんだ。僕も頑張らなくちゃ、篠原さんに僕の想いを伝える。 柊さんや西園寺さん。増田に応えるためにも……。
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「ふぅ。これで後は――」 「……」 「どうだった?」 「おわっ! ……お前ら居たのかよ」 倉崎の家から数十メートル程離れた所で、 見慣れた二人がいつのまにか俺の両隣りに陣取っていた。 心臓に悪い……。 「……倉崎の事なら、心配はいらないだろう。あいつはやるときゃやる男だ」 「そう」 「絵の進捗率は?」 「良くは聞いてない、けど文化祭当日までには完成すると言っていた。その点も心配無いだろう」 「……私に何が出来る?」 右隣から控えめな声が聞こえた。 綾は確か、あまり倉崎とは面識無いはずだが……綾なりに協力したいのだろうか? 「ああ、あるぞ。重要な仕事だ。……俺ら三人で展示場の準備をする。 倉崎には、絵に集中してもらいたい。 だから展示場の設営は俺らがやるんだ。……手伝ってくれるか?」 「了解」 「……」 あれ? いつもなら、左にいる美影からも返事が返ってくるんだが……。 不思議に思って、美影の方に目を向けて見ると、美影は、少し思い悩んでいる顔をしていた。 「美影? どうしたんだ?」 そう問いかけると、美影は静かに顔を上げ、俺にこう尋ねた。 「手伝う事に異論は無い。……ただこれは、本当に彼のためになるの? こういう事を手伝うのは不自然な気が……」 「おせっかいって事か?」 「! そこまで、言ってるわけじゃ――」 美影の言ってた事を要約したつもりだったが、そうではなかったらしい。 言いすぎたと感じてしまったのか、美影は慌てて俺に弁解をした。 「……分かってる。 俺も、この件に関しては、手伝わない方が良いんじゃねぇかな、って思ってる。 これは倉崎の問題だからな」 「……」 人の恋路に口を出すなんて、本来間違ってる行為だ。でも、俺は…… 「……俺は、倉崎の力になりてぇんだ。 ……おせっかいだって思われても、たとえそれが、間違っている行動だったとしても」 「……なんで、そこまでして――」
「俺は知ってるからだ!」
「「!」」 感情が爆発してしまい、俺はつい声を荒らげてしまった。 俺のいきなりの大声に、珍しく二人が驚いていた。 俺は、一度気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと話し始めた。 「あいつは、すげぇ優しいんだ。 すげぇ優しくて、驚く程素直で、そんでもって……すげぇ良い奴なんだよ。 ……倉崎は、ずっと前から篠原の事が好きだった。 でも、そういう時だけ奥手だから、進展は一切しなかったんだがな……。 傍から見てて、もどかしかったよ。 どっからどう見たって、お似合いのカップルなのに、 双方共に、必要以上に仲良くしようとしなかった。 その頃は俺も、遠くから傍観してたさ。せっかくの青春に水差しちゃ悪いからな」 「「……」」 「でも、そんな時間も長くは続かなかった。 突然、転校生が転入してきてな。そいつが篠原の心を奪っていったんだ。 ほら、レイって奴知らないか? あの綺麗な金髪をしたさ」 「知っている。凄く人気者」 「そいつを斬ってくれば良いのか?」 綾が鞘に手を据え、臨戦態勢に入る。 「待て待て早まるな! レイは何も悪かねぇよ。ただ、倉崎が恋の駆け引きに負けただけだ」 「……そう」 俺が必死に引き止めると、綾は残念そうに鞘から手を離した。 ……この頃あなた、欲求不満じゃありません? 俺は引き続き話を続けた。 「……レイが転入してきて、篠原と付き合うまで半年程あったんだがな。 その間に俺らの間で、立て続けに不幸が訪れたんだ」 「不幸? ……誰かお亡くなりに――」 「なむなむ」 「縁起でも無い事言うんじゃねぇよ! あと美影! なんで俺に向かって手を合わせてるんだ! 勝手に殺すな!」 「冗談」 「ふふふ、でも自然な反応」 綾はあくまで表情を崩さず、美影は微笑みながら、俺をからかう。 はぁ……。やっぱりこいつらと話すと、話の進行スピード遅いな……。 俺は少しかいつまんで話す事にした。 「……最初はレイが車に轢かれたんだ。俺と倉崎の目の前でな」 「え、じゃああれは幽霊――」 「すまん、美影、少し黙っててくれ」 「! ごめんなさい……」 美影は目に見えて分かるほど、落ち込んでしまった。シュンといった感じで俯いている。 心なしか、美影が一回り小さく見えた。(余談だがそんな美影は、ちょっと可愛かった) ……俺は少し反省したが、静かになった所で、再び話し始めた。 「レイは倉崎の懸命の救助で、一命を取り留めたんだ。 俺は……不甲斐ないけど、その時、足がすくんで何も出来なかった」 「「……」」 「やめて! そんな侮蔑十割の目で俺を見ないで! 反省してるから!」 閑話休題。 「おっほん! ……んで、第二の不幸は、篠原が不審者に襲われたんだ」 「「!」」 「あわよくばって所で、倉崎が助けたらしいがな」 俺のこの言葉で、二人が安堵の表情を浮かべる。 しかし、すぐに違和感に気づいたのか、俺に質問してきた。 「らしい? その時、あなたは何をしていたの?」 「えっ? あー、うーん。……教室で寝てました――ってうおっ!」 俺が答えた瞬間、相変わらずどこから出したのか分からない呪縛布に簀巻きにされ、 テンプレ通りに、綾から日本刀を突きつけられる。 ここまでならいつもとなんら変わらないのだが、今回はそれプラス、きつい制裁が待っていた。 「「最低」」 「ぐはっ! …………」 二人同時の罵倒。おまけに侮蔑の視線付き。 ……今までで一番の罰を喰らい、俺のHPは虫の息状態まで下がった……。 「ううっ……面目ない……。反省してます、これから気をつけます……。 だから、許してください……」 「ふん」 半ば涙目まじりで謝り、色々と株が下がった後、何とか俺は拘束から開放された。 「まぁ……気を取り直して――」 二人の目線が痛い……。うう、次からは気をつけるって……。 「篠原は倉崎のおかげで助かったも同然なんだが……そこで、色々あったらしくてな。 篠原の中ではレイも一緒に助けた事になってるんだ」 「何故? レイは関係無いはず」 「そこは俺も良く分からなくて、まぁとにかくそうなってるんだ」 二人の表情を見ても納得してない事は明らかだが、それは俺も同じだ。 何故、篠原の中でそうなってるのかは、俺にも分からない。 「で、とりあえずその場はそれで収まって。 ……そしてそのすぐ後、篠原とレイが付き合い始めたんだ」 「!」 「……その事、彼は知っているの?」 「……知ってる。本人達が、倉崎に直接言ったんだ。 二人は善意で言ったんだろうが……。倉崎にとっては……」 「……」 「……」 場に重い空気が流れる。倉崎に同情してとの事だろう。 だってよ……この展開は、あまりにも…… 「倉崎は、ずっと頑張ってきたんだ。最近は積極的に話しかけるように努力もしてた。 それなのに……。レイが転入してきて……あっという間に掠め取られて……。 ……レイの命を救って、篠原も、守り抜いたってのに……なんで、なんでこんな事に……」 俺の目から自然と涙が流れ落ちていた。 いつも周りに気を遣って……でも、いくら頑張っても報われない。 ……誰が悪いって訳でも無い。傍から見れば、倉崎は恋愛競争に負けただけ。 それが分かってるから、倉崎は余計、思い悩んで……。 「こんなのってねぇよ……! 今までの、倉崎の頑張りは一体何のためだってんだ!」 神がもしこの世に居るのだとしたら、俺はその神を今すぐ殴りつけに行く。 こんな理不尽な展開なんてあるか? 一番頑張ってる奴が、一番報われないなんて絶対に間違ってる! 「だから俺は、倉崎を応援する」 「レイや篠原を恨んでるわけじゃない。間違ってる事も重々承知だ。 けど、俺は友人として、親友として……倉崎 順斗を、全力で応援する」 今までの経緯を見守ってきた俺だからこそ、今まで、不遇な扱いを受けてきた倉崎を助けたい。 あいつは……幸せになるべき奴だ。 「……了解」 「……分かった」 「え?」 「あなたの言い分は分かった」 「……彼が頑張ってた事も」 「……あなたが応援してあげたくなるのは、とても自然なこと」 「だから、私達も……」 「「そんなあなたと彼を、全力で応援する!」」 俺の両側から息の合った声が聞こえた。 その声はどこまでも力強く、強い意思に満ち溢れていた。 『全力で応援する』 綾と美影は確かにそう言った。 そんな二人意思に答えるように、俺もはっきりとこう答えた。 「ありがとな、二人共。……んじゃいっちょ張り切って、立派な展示場を作り上げますか!」 「……」 「分かった」 いつもの返答を確認してから、俺ら三人は来るべき日のために歩みを進めた。
続
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