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第二章 親友

 

 

 

 

「―――! ――い! ―らさき! 起きろ!」

耳元からやけに大きな声が聞こえる……。人の安眠を妨げるなんて……。無粋な奴だ。

「倉崎! 起きろ!」

「ん? ……んん。え? 増田?」

「ふぅ。やっと起きたか……」

目を覚ますと、すぐ近くに増田が居た。何やら呆れた様子で溜め息をついている。

「……え? どうして、ここに?」

「どうしてだとっ?」

続けざまに顔をしかめ、ガンを飛ばしてくる。相変わらず顔面が忙しいな。

「お前が一週間も学校に来ないからだろうが! 

だから俺様が見舞いに来てやったというのに、返事はしないわ、鍵は開いてるわ。

であと……色々、心配して……ええい! んな事はどうでも良い! 

とにかく呑気に寝てるお前が一番悪い!」

「ええっ!?」

ビシッと指を差し、訳の分からない事を断言する増田。

僕、寝てただけなのに……。

増田は呆れ返った表情で溜め息をつく。

「ほら、そこまで寝たんだったら、もう充分だろ? 

だから明日からは学校来いよ? 見る限り、元気そうだしな」

手をひらひらと振って、軽い口調で僕の登校を促す増田。

……学校ね。学校、学校……。

「……学校には、もう行かないよ」

「はぁ? 何で!」

この返答を予想していなかったのか、間抜けな声を出す増田。

ははは、やっぱり増田は面白いな。流石だよ。

内心では笑っているが、恐らく表情には一切出ていないだろう。

今の僕はすこぶる冷静で、客観的だ。

今、この場にいる気がしない。どこか遠くから観察している気分だ。

だからこそ、思っているままに淡々と、増田に告げる。

「学校なんて、行って何があるのさ。楽しくないし、何よりつまらない。

そんなことなら、家で絵を描いていた方がよっぽど建設的だ。こっちの方が楽しいからね。

……元々、高校は義務じゃないし。そうは思わない? 増田」

「っ! ……」

増田は一瞬顔が強ばった後、黙り込んでしまった。

僕は絵の方に向き直り、再び筆を動かし始める。

「僕は絵を描いている時間が一番楽しいんだ。だから僕は、学校には行かない」

僕は増田に、きっぱりと言い放ってやった。

「嘘だ」

「え? 何か言った?」

「嘘だって言ってんだよ! この大嘘つき野郎が!」

「!」

声を荒らげ、僕の胸ぐらを掴み上げる。

その表情は今まで見た事が無い程、怒りに包まれていた。

「気づいてないとでも思ったか? 

いつも呆けた事ばかり言ってるから、俺になら気づかれないとでも思ってたのかよ!

……お前、篠原の事、好きなんだろ?」

「! どうして、それを……」

「伊達にお前の親友やってないんでな。そんな事くらい、とうの昔に気づいてた。

ただ、邪魔するのは無粋だと思ってたからな。黙ってたんだ」

「……」

「お前は絵を描く事が好きなんじゃないだろ。

お前は、『篠原と』絵を描くのが、好きなんじゃないのか?」

「!」

「嘘つくんじゃねぇよ。ましてや自分にな。俺は、嘘つく奴は大っ嫌いなんだよ」

そう言ってから、増田は僕の胸ぐらから手を離し、近くにあったベッドに腰をかける。

よもや増田に気づかれているとは思わなかった……。

今まで誰にも知られないように、密かに想っていたのに。

まさか篠原さんにも気づかれているんじゃ……。

「ついでに言っとくが、篠原はこれっぽっちも気づいちゃない」

僕の考えを見透かしているかのように、言葉を続ける。

何でも、お見通しってわけね……。

「で、これからどうするんだ?」

「どうするって……ここまで分かってて、今更何を――」

「俺は、お前に聞いてるんだ。答えろ」

険しい表情でこちらを強く問いただしてくる。

普段感じた事の無い凄みを受け、背筋が凍りつく。

こんな増田は初めてだ。いつもふざけている増田からは、想像もつかない。

「……」

これからどうするったって、どうする事も出来ないじゃないか。

篠原さんはレイ君の彼女だ。それは、本人達から聞かされた事だから間違いない。

僕に何が出来るって言うんだ……。

あの時の篠原さんの笑顔は、とても輝いていた。これ以上無いくらい。

今まで、何回も篠原さんの笑顔を見てきたけれど、あそこまで輝いていた笑顔は見た事が無い。

しかもその対象は僕ではない……。レイ君に対してだ。

「!」

気づくと、目から涙が流れていた。

あれ、おかしいな。もうだいぶ前に収まっていたじゃないか。

何で……また、今頃になって……。

「もう……一回」

口が勝手に動いていた。僕の意識とは無関係に。

だが、その言葉は驚く程、僕の正直な想いを代弁していた。

「もう一回! 篠原さんと話したい! 篠原さんと一緒に絵を描きたい! 

……そして、篠原さんの笑顔が見たい」

篠原さんとはもっと親しくなりたい。でも僕は、レイ君との仲を引き裂きたい訳じゃない。

それは篠原さんにとって、とても悲しい事だろうから。

篠原さんの泣いている姿なんて見たくない。僕は、笑っている篠原さんが好きなんだ。

「はい! 合格!」

「……え?」

合格? え、一体何の? 

僕が状況を飲み込めず困惑していると、

増田はそんな僕に構いもせず、いつもの調子で僕を茶化した。

「良く言った! それでこそ俺の親友だ。よっ! 平成の!」

「僕は平成の何なのさ……」

なんか、人がやっとの思いで答えに辿り着いたっていうのに、一気にぶち壊してくれる奴だ。

緊張感の無い奴だよほんと。すっかり涙も止まってしまった。

「さて、んじゃ早速準備に取り掛かるか」

そう言って、増田はいきなり立ち上がり、どこかに行こうとする。

僕は虚をつかれ、慌てて増田を引き止めた。

「ちょ、ちょっと待ってよ増田! 準備って言ったって、一体何の準備を――」

「あ? んな事決まってんだろ。文化祭実行委員に、今から申請出してくるんだよ」

さらりと、それが当然、と言わんばかりに告げる増田。

キョトンとした顔で、何故分からないのか、とも言ってる気がする。

増田の言っている事がさっぱり理解出来ないので、つい声を張り上げてしまった。

「だから何をしようってのさ! 申請? 文化祭? 文化祭って一週間前に終わったんじゃ……」

確か、僕が病院に搬送された日が文化祭前日で……。えーっと。

考え込んでいると増田が、やや早口で僕が考え込んでいる答えを説明してくれた。

「文化祭はあの事件がきっかけで、危険だと判断されて無期限延期。申請する理由は……それだ」

「それ? ……この絵の事?」

増田が指差していたのは、机の上に置いてあるキャンパスに描かれた、描きかけの絵だった。

「そう、絵だ。お前と篠原の結びつきと言っちゃそれぐらいしかねぇ」

うっ……。そこまではっきり言わなくても……。

「あと、絵や小説のような人が作った創作物は、それを描いた作者の意思が顕著に現れるもんだ。

想いを伝えるならうってつけってわけ」

「……」

「それに加えて、幸か不幸か文化祭は無期限延期。準備する時間は充分にある」

「……」

「後はお前が気合入れて絵を描けば……って、さっきから何ポカーンとしてんだ?」

「……え、いや。うん。僕のために凄く考えてくれてるんだなぁと思って……」

今の流れでここまで考えつくなんて……。僕ならこんな方法、思いもよらなかった。

増田は感心している僕の方に向き直り、はっきりとこう言った。

「当たり前だ。俺は、お前の親友だからな」

僕はこの言葉を聞いて、改めて実感した。増田が僕の友達で、本当に良かったと。

 

 

 

 

 

 

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