第五章 入会
「……? ここ、は……。」 眼前に広がるのは真っ白な世界。視界がぼやけている。どこにいるのか分からない。 「っ!」 体を起こそうとしたら、背中を中心として痛みが走る。 ついでに体の至る所が言う事を効かない。何だってんだ一体。 訳も分からないまま、目だけで辺りを見渡す。駄目だ何も分からん。 その時、足元の方から何者かの声が聞こえた。 「……増田君? 目が覚めたんだね!」 「店長?」 「ああ、そうだよ! 意識ははっきりしてる? 僕が分かる?」 「分かりますよ……。っ!」 やべ、また体を起こそうとしちまった……。くそ! いてぇなこんちくしょう。 店長が俺の見える範囲に駆け寄ってくる。何だが、凄く安堵している顔だ。 なんでこんな事になってるんだっけ? えーとそうか、そういえば俺は遊園地に行って、それで……! 「店長! 西園寺はっ? 柊はっ? 今どうなって、ぐっ!」 「お、落ち着いて。君は重症なんだから。大人しく寝ていないと……」 「でも、あいつらは……!」 「大丈夫。綾も美影もほら、そこにいるでしょ? ほら、これなら見える?」 店長に手伝って貰って、痛みを耐えながら、なんとか体を起こす。 そして、店長が指差している方向に目を向けてみると、 仲良くすやすやと眠っている二人が見えた。 よ、良かった……。 「二人共、ここを離れないって聞かなくてね。 ずっと付きっきりで増田君の事、看病してたよ。まぁ流石に疲れちゃったみたいだけどね」 「そう、でしたか……」 「あ、僕お医者さんに報告してくるね。二十分は帰って来ないから大丈夫だよ」 そう言って、店長は部屋を出て行った。 最後に言い残していった言葉は、都合よく聞かなかった事にしよう。 「……ん。?」 俺の目の前でいきなりキョロキョロし始めた奴が一名。寝ぼけてんのか? 「おはよう、柊」 「ふわっ! えっ? あ、ん。おはよう?」 不意を突かれて慌てて取り繕う柊。その姿は小動物みたいで、見ていて凄く癒される。 「目、覚ましたの?」 「ああ、おかげさんでな。心配かけて本当にすまんかった」 柊に向かい、頭を下げる。 「……別に、良い。そんなに心配してなかったし……」 恥ずかしそうに目をそらす柊。ちょっとイタズラしてやろっと。 「嘘つけ。店長から聞いたぞ。 俺の事が心配で心配で涙ポロポロ、不自然な言動連発だったらしいじゃないか」 いや、そこまでは店長も言ってないがな。 「! ……結城。後で殺す……」 ……まさか図星ですか。顔を赤らめながら、拳を握り締め、殺意にまみれた表情をしている。 すみません、店長。 「……ころ、す」 おいおい……。寝言怖えよ西園寺さん。 「あ、もうすぐ起きる」 何を判断してそう言い切れるんだよ! まさか寝言が基準なのかっ? 「……。ここ、は?」 あ、本当に起きた。 「おはよう、綾」 「おはよう……。!」 どうやら、俺に気づいたようだった。俺は極力元気をアピールするように少し声を張り上げた。 「よっ。西園寺。おはよう」 「目、覚ました? 良かった……良かったぁ」 突然西園寺の目から涙が零れる。人目もはばからず嗚咽を漏らし始める。 「ご、ごめんっなさい……! 私の、せいで……。またっ。本、当に……ごめん、なさい……」 感情が暴走しているようで、所々言葉になっていない。 涙は留まる所を知らず、次々と床に零れてゆく。 「西園寺。ちょっとこっち来い」 「……ひっぐ。え……?」 「良いから」 ゆっくりとした足取りで近づいてくる西園寺。俺は手で、俺の目の前に座るよう指示する。 俺の指示に、西園寺は素直に応じた。 座ったのを確認してから俺は、西園寺の頭にそっと手を乗せて、優しく頭を撫でてやった。 「落ち着け、西園寺。この通り俺はピンピンしてる。 ……もう心配しなくても大丈夫だ。だからもう泣きやめ。……俺に、お前の笑顔を見せてくれ」 女の子の泣き顔なんて俺は見たくない。俺は、楽しそうに笑っているお前を見ていたいんだ。 「笑顔……?」 「……」 俺は西園寺の問いかけに対し、頷きで返す。 西園寺は涙を軽く拭ってから、笑った。 まだ涙が止まる気配は無いが、それでもこの部屋にいる人達はみんな笑っていた。
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あの後、店長が医者を連れて部屋に戻ってきて、俺の身体の検査が行われた。 主に背中の傷と、言われるまで気づかなかったが、左肩の刺し傷についての検査だった。 どちらも迅速で的確な応急処置のおかげで、痛みはすぐに消えるらしい(ありがとう、柊) ただ、かなり深くまで刀身が入ってきていたらしく痕は残るらしい。 だがまぁ傷は男の勲章だ。動くなら全く問題は無い。 という事で俺は、来週辺りに退院できるらしい。 部屋を相部屋に移動させられ(部屋数が足りないらしい) 今は中々寝付けずに、布団の上でゴロゴロしている。 するとカーテン越しに男らしい声が聞こえてきた。 「よう、同志。起きてるか?」 「え、俺の事っすか?」 「おめぇ以外に誰がいる……」 移動させられた相部屋は二人部屋で、俺は知らないおっさんと相部屋だった。 「えっと、何か用ですか?」 さっきまで各々、カーテンを挟んで何も関わりが無かったのでとりあえず尋ねてみた。 「聞いたぜ。お前も綾ちゃんにやられたんだろ?」 「あ、綾ちゃん?」 誰だ? ……あ! 西園寺の事か! 聞き慣れないから分からなかったぜ。 にしても何でこのおっさんから、西園寺の名前が出てくるんだ? 「とぼけんじゃねぇよ。さっきまで話してたんだろ? 西園寺 綾だ」 「ああ、はい。それは分かりますけど……。あのー。お知り合いの方ですか?」 「ガッハッハ! 知り合いと言えばそうかもな! 俺は少し前に夜道で斬られた者だよ。ニュースでもやってだだろう?」 「? ……ああ! そういえば! ええっ!? あの時の被害者さんですか?」 西園寺と初めて食料調達しに行った時の次の日。 そういえばそんなようなニュースを見た記憶がある。 分かってから、俺は少し気が重くなった。 (そっか。あの事件も、西園寺が……) 「かといって、別に恨んでる訳じゃねぇがな」 「えっ! どうしてっ?」 「どうしてってお前……。お前、綾ちゃんの事情を知らねぇのか?」 「それは、知ってますけど……」 小さい頃からの殺人衝動持ち。西園寺には制御しきれない悪魔の感情だ。 だからといってそこまであっさり許せるものだろうか? 「可哀想だよな……。どうしようもない殺人衝動持ちなんて。 ……気がついたら、目の前には血だらけの人が倒れているらしい。本当に同情するよ。 俺だったら……耐えられねぇ」 「……」 「意識が戻った時、綾ちゃんは俺に向かって、大泣きしながらひたすら謝ってた。 『ごめんなさい。ごめんなさい』って。傍に居た美影ちゃんや結城さんも一緒に謝っていた。」 「……」 「なんか不意をつかれちまってな。俺はその時、何も言い返す事が出来なかった。 次の日もまた次の日も、時間があれば、見舞いに来てくれて……。 あんなに申し訳なさそうにしてる女の子を怒るなんて、俺には出来なかったよ」 「……」 「綾ちゃんは自分の罪を償うために一生懸命だし、 美影ちゃんは包帯とか取り替えてくれたりして、凄く献身的だし、 結城さんは俺の職場にまで謝罪しに行ってた」 そうか……。店長達は西園寺の暴走がある度にこんな事を続けていたんだ……。 「それで、なんだ……。その、年甲斐も無く惚れちまってな」 「へっ?」 今なんて? 俺の聞き間違いか? 「いやだって惚れるだろ! ここまでされたら! あんな可愛い顔立ちで奉仕されてみろ! 絶対に落ちるから!」 奉仕って……。 「って! お、俺の話はどうでも良いだろ!」 あんたが勝手に話し始めたんだろ……。 「それで? お前はどっち派なんだ?」 「どっち派?」 「決まってんだろ。綾ちゃん派か美影ちゃん派かって聞いてんだよ!」 「なんでいきなりそんなゲスい話になってるんですか……」 「ちなみに俺は綾ちゃん派だ」 「いや、聞いてないです」 「なんだ、つれねぇな。ほら、見てみろよ。 今はここまで拡大してるんだぜ? 巷じゃ有名なんだぞ?」 隣のおっさんがカーテンを開けてケータイを見せてきた。 促されるままに画面を見てみると、とんでもない物が映っていた。 「『綾・美影ファンクラブコミュニティサイト』? 何ですかこれ!」 物凄く凝ったレイアウトと、 笑っているとは言い難い二人の写真が真ん中に大きく載せられている。 かなり作りこまれている様子だ。 「読んで字の如くだよ。俺も昨日入会したんだ。四百六十二番目だってよ」 しかも意外と規模がでかい! ……あいつら裏でこんなに人気があったんだな。知らんかった。 「ていうか、このサイト。勝手に写真なんか掲載して、犯罪じゃないんですか?」 迷惑防止条例違反とか肖像権の侵害とかで訴えられそうだ……。 「ん? 大丈夫だよ。このサイトは結城さんが経営してるサイトだから」 てんちょ――――! 何やってんですか! あんたって人は――――! 「ほら、お前も入っちゃえよ。なぁ同志。入会費千円、毎月五百円だから」 「高っ! あの人こんな所で、こんなに荒稼ぎしてたのか……」 その後も規約がどうだ特典がどうだと、長きに渡って勧誘活動が続けられた。 結局俺はおっさんの頑張りに根負けして、 四百六十三番目として『綾・美影ファンクラブ』に入会してしまった。
続
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