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第四章  もう、やめてくれ

 

 

 

 

「なぁそろそろ教えてくれないか? 西園寺に一体何があったんだ?」

走りながら、柊に問いかける。

柊は言うか言わまいか迷っていたようだったが、やがてポツリポツリと話し始めた。

「……我慢できなくなったのよ」

「我慢? 何か我慢してたのか? もしかしてそんなにお化け屋敷が怖かったのか?」

「ばか、はずれ」

どうやら外れてしまったらしい。

それ以外となると、んー。俺は今日一日の西園寺を思い返してみた。

心当たりといったら、ちょくちょく訴えていた具合の悪さか? 

でも具合が悪くて我慢が出来なくなったのなら、倒れると思うんだが……。

駄目だ分からん。

俺が走りながら悩んでいると呆れたように柊は話を続けた。

だが出来れば言いたくない。認めたくない。と言わんばかりに顔をしかめながら……。

「綾はずっと我慢していたの。この遊園地にいる間、ずっと……。

でも、さっきの極度の恐怖が、綾の中に眠る悪魔を呼び起こしてしまった……」

「悪魔?」

「綾は……殺人衝動持ちなのよ」

「殺人衝動持ちっ?」

俺は動揺を隠せなかった。それぐらい突拍子もない話だった。

にわかには信じがたい話だったが、言われてみれば、西園寺にはその片鱗は見え隠れしていた。

まず、日本刀を常時携帯してる事。

食料調達の時の、熊に対するあの冷たい目。

時々感じた無慈悲な殺意。

変わった奴だという事で片付けていたが、そんな呑気な話じゃなかった。

「綾は小さい頃から、少なからず殺人衝動を持っていたらしいの。

ただ、それが表に出始めたのは小学校高学年の時。

きっかけは分からないけど、その頃から、何かと理由を付けて人を傷付けるようになっていた。

そしてそんな綾にとどめを刺した出来事が――」

「綾の誕生日に、日本刀をプレゼントした事だな」

「そう。あの時は、そんな事知らなかったから……。

私は……綾が望む物を、プレゼントしたの……」

柊の目から涙が零れた。風によって後ろにポロポロと落ちていく。

「私が、日本刀なんかプレゼントしなかったら……。

綾はもっと自然な女の子として……過ごせたのに」

「それは違う」

「え?」

「俺がその場にいた訳じゃないけど、それは違うと思う。

確かに、プレゼントしてしまった事がきっかけだったかも知れない。

けど、当時西園寺は本当に人を殺すためだけに日本刀を求めたのか?」

「……グスッ。そうとしか、考えられない」

「違う。西園寺が俺に日本刀を見せてくれた時、本当に大事にしてるようだった。

私の宝物だ、って。お前と店長から貰った物を、我が身のように大事にしていた。

そんな大事な物で、人を傷付ける奴だとは、俺には到底思えない」

一瞬だけ見せたあの優しい表情。

あれが、西園寺の本当の気持ちなのだとしたら、好んで殺人なんかするはずがない。

あれは、紛れもない二人への感謝の現れだ。

「でも! 実際、綾はあの日本刀で――」

「それは理性を失っているときだろう? 正気に戻った時、あいつは泣いてなかったか?」

「! ……泣いて、いた」

「俺は西園寺を信じる。あいつはそんな奴じゃない。

殺人なんかこれ以上させちゃいけない。させるものか」

そのためには早く西園寺を見つけなければ……! でも一体どこに……。

「柊。西園寺が行きそうな所、分かるか?」

「多分、人が多い所に……」

「よし、なんとしても西園寺を止めるぞ」

「……うん」

 

 

 

 

 

 

「きゃああああああ!」

前方から女性の悲鳴が聞こえた。

まさか! 俺と柊は顔を見合わせ、急いで声のする方へ向かう。

すると、そこには大きな人だかりが出来ていた。

「すいません! どいてっ下さい!」

人の壁をなんとか押しのけ、開けた所に出る。そこで俺の目に飛び込んできたのは――

「西園寺っ!」

「殺す。殺す。全員、殺すっ!」

日本刀を構え、正気を失った西園寺の姿だった。

「やめろ! 西園寺! 正気に戻れっ!」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」

駄目だ。完全に理性を失っている……。くそっ! 一体どうすれば……。

「殺すっ!」

西園寺がいきなり人だかり目がけて猛スピードで走り出した。

まずいっ! このままだと関係の無い人達が危ない!

「っ!」

西園寺の体に四方八方から包帯が絡みつく。西園寺は一時的に動きを止めた。

「柊かっ?」

「……早くっ! みんなを遠くへ! 長くは……っ! 保たないっ!」

西園寺は物凄い力で、腕に絡みついている包帯を引きちぎり、今にも飛び掛かりそうな勢いだ。

俺は慌てて大声で周りにいる野次馬達に呼びかけた。

「急げっ! 今のうちだ! ここにいると死ぬぞ! みんな逃げろっ!」

俺の呼びかけにより、多くの野次馬が一斉に逃げ出し始める。

悲鳴を上げ、我先にと人を押しのけ、走り出す人達。完全に混乱状態だ。

「邪魔。邪魔。邪魔っ!」

ついに西園寺が包帯の拘束から解かれた。

くそっ! まだ、近くに人がっ!

「お母さーん! どこー! お母さーん!」

「「!」」

子供っ? どうしてこんな近くに……逃げ遅れたのか!

「殺す! 全員、殺す!」

拘束から解き放たれた西園寺が、逃げ遅れた子供目がけ走り出す。

このままじゃ子供がっ! くそっ!

「間に合えええええええええ!」

「殺すっ!」

「ぐっ!」

背中が……熱い……。燃える、ようだ……。

そうだ子供はっ? 助けようとした子供は、俺の腕の中で小さく震えていた。

見た所、外傷は無くどうやら無事のようだ。

「良かった……。無事か――ぐあっ!」

背中に再度激痛が走る。何度も何度も西園寺は、容赦無く斬りつけてくる。

背中から血が滴り落ち、視界がぼやけてくる。

「やめて! 綾!」

柊が西園寺に飛びかかる。

いきなり体当たりされた西園寺はバランスを崩し、倒れこむ。

今の、内に……。

「ほれ、早く……お母さんの、元に、帰ってあげな」

「う、うん」

俺の腕の中から走り出す。そしてすぐに両親と思われる大人に保護された。

これでとりあえず一安心……。もう目に付く所には俺達しかいない。

「殺す。殺す。何もかも全て!」

「あ、あ、綾……。やめて。お願いだから……」

柊の必死の呼びかけも、今の西園寺には届かない。

それどころか、西園寺は標的を柊に変えたようだった。じりじりと西園寺は柊に近づいていく。

柊は、西園寺のあまりの変貌に、恐怖で腰が抜けていて、逃げる事すら出来ない状況だった。

「さ、西園寺……。やめろ。もう、やめるんだ……」

背中の激痛に耐えながら、おぼつかない足で立ち上がる。

意識が朦朧として立っているのがやっとの状態だ。

 

「!」

「殺すっ!」

「やめろおおおおおおおおおお!」

 

 

 

……どうなった? もう前が、見えない……。

痛みも感じない。ここはどこだ? 俺は、どこにいる?

「いやあああああああああ!」

柊の悲鳴? そうだ。俺は柊を助けようとして……。それで、西園寺に……ぐっ! 

だんだん意識がはっきりとしてくる。痛みもどんどん増していく。

体中の至る所から出血しており、ドロドロとした気持ち悪い感触が全身を覆っている。

目の前には……西園寺? 

なんだお前、そんなに険しい顔をしやがって……また、俺、なんかやっちまったのか? 

ここから先は俺もよく覚えていない。痛みと大量出血で意識なんぞ残っていなかった。

でもこの時俺は、無意識的に動いていた。

 

 

 

俺は目の前にいる西園寺を抱きしめながら、耳元で声を振り絞った。

もう立っているのもきつく、西園寺に半ばもたれかかりながら。

「ごめんな、西園寺。……お前に辛い、思い、させちまってよぉ……。

もう、やめてくれ……。俺は、お前のそんな姿見たくねぇんだ。

だって俺は……お前の事が……。――――だから……」

「!」

西園寺の動きが止まった。日本刀からも手を離した。

そして俺も、この時、完全に意識を失い全身から力が抜け落ちる。

崩れ落ちようとする俺を、西園寺は優しく抱きとめ、そして……涙を流した。

 

 

 

 

 

 

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