第四章 七回
約十分後。いつもの制服に身を纏った柊が試着室から出てきた。 ただ、呪縛布は着けていない。 「なんだ、残念。もうちょっと可愛い柊が拝めると思ったのに……」 出会い頭に軽口を叩く。すると柊は少しムッとした顔をしてこう言った。 「綾のも奢って……」 「え? 何だって?」 「私だけ奢ってもらうなんて不自然。綾の服もあなたが奢るのが自然」 「……分かったよ」 「あと、結城の分も――」 「それは明らかに不自然だ」 どちらからともなく俺達は笑い出した。 そこにはもう、最初の余所余所しい雰囲気は微塵も無かった。 俺達は確実に親しくなっていた。 「さぁ、そろそろ西園寺達と合流するか」 「ん」 俺達は中々に広々とした店内で西園寺達を探し始めた。 「やっぱり、包帯は無い方が自然で良いな」 「包帯じゃない。呪縛布」 そこは変えないんだ……。まぁ良いか。
「お、あんな所にいたか」 数分後。西園寺達は簡単に見つかった。案外近くにいたようだ。 「よっ。どうだ? 服選びは順調か?」 「あ、増田君! 良い所に来たね。ねぇどっちが良いと思う?」 再会したとたん、篠原から服について意見を求められた。 何故俺に聞くのか疑問がちょっとばかし浮かんだが、まぁ気にしない事にする。 「私は黒が無難だと思ったんだけど、赤の方が綾さんらしいかなって、今悩んでた所なのよ」 「どれ、少し見せてみ?」 「はい。どっちが良いと思う?」 「んー。そうだなーってんんっ?」 篠原が俺に示してきたのは、服でもなければ、はたまたそれに準ずるような何かでもなかった。 確かにそれは黒が無難だろうな! 「っていうかなんで衣服店に鞘が売られてるんだよっ!」
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只今帰宅中。 結局鞘の色は赤にした。西園寺に聞いた所、黒だと他のと被るらしい。 まぁそういう意味ではすんなり決まって良かったよ。 「増田くーん。遅いよー」 「男なのに、その歩行スピードは不自然」 「うるせー! 持ってる荷物量を考えれば、極めて自然なスピードだっつーの!」 荷物持ちは当然俺。 篠原と柊はまるで十年来の友人であるかのように、仲良く俺の遥か前方で手招きしてる。 西園寺はと言えば、俺と同じスピードで並んで歩いてくれている。 が、別に荷物を持ってくれているわけではない。 「西園寺さん? 少し手伝ってもらうことは……」 「斬り殺されたいか?」 「はい、すみません。大人しく頑張ります」 うー、冷たいよー。てか冗談抜きで重っ! ったく、あいつら俺の奢りだからって遠慮なく買いやがって。 鞘とかもはや服と関係なくね? ていうか本当になんで売ってるんだ? 西園寺は何故か、不機嫌オーラ纏ってるし……俺何かしたかな? 「……」 「気にいったのか? それ」 店から出た後、西園寺はしきりに購入した鞘が気になっているようだった。 先程から、鞘から手を離そうとはしない。 「別に。何でもない」 「そうか」 素直じゃないな、本当に。まぁ良いか……。
「それじゃあ、増田君。私はこれで帰るわね」 「おう。今日は本当にサンキュな。助かったわ」 「どういたしまして。これくらいならお安い御用だよ。綾ちゃんと美影ちゃんもバイバイ」 「……」 「バイバイ」 二人共手を振り返す。篠原は手を振りながら笑顔で帰っていった。
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「「ただいま」」 「お、二人共帰ってきたね。おかえり。どう? 増田君とのデートは楽しかったかな?」 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら軽口を叩く結城。 その数秒後には包帯でぐるぐる巻きにされ、日本刀を突きつけられていた。 「ちょっとしたジョークじゃないか。二人共、顔真っ赤にしちゃってー。可愛いーねー」 「ブロックとミンチどっちが良い?」 「今日はハンバーグの予定だからミンチでお願い。 出来るだけ、原型が分からなくなるほど切り刻んで」 「了解」 「分かった! 僕が悪かったよ。謝るって! ……お詫びの印と言ってはなんだけど、はいこれ」 「?」 「なにこれ? チケット?」 いつの間にか拘束を解いた結城が手渡してきた物は、三枚のチケットだった。 紙面には『富士ランド優待招待券』と書いてある。 日本でも有数の、大型レジャーランドのチケットだった。 「これどうしたの?」 「何人斬ってきた?」 「一人も斬ってないよ! 頑張って買ってきたんだよ。 もっと早く終わる予定だったんだけど、流石入手困難と言われるだけはあるね……。 40代にはちょっときつかったかな……」 「結城っ?」 見ると結城はフラフラだった。 服も良く見るとよれよれとしており、バーゲン帰りのおばさんみたいになっていた。 「大丈夫だよ……。そんなことよりそれを使って、来週にでも増田君と三人で行ってきな」 「でもそんな所に行ったら……」 美影は綾の方を見た。綾本人も痛い程美影の言いたい事が分かっていた。 そしてそれと同時に綾は物凄い罪悪感にも苛まれた。 そんな綾に向かって結城は優しい表情で尋ねる。 「綾。今日は何回くらい?」 「……七回」 「……今日は増田君。美影と行動を共にしてきたのかい?」 「そう。……服、選んでもらった……」 うつむきぎみに小声で答える美影。 綾の方を見てみると綾は腰に携えている日本刀に手をかけていた。 それを見て、結城はなるべく刺激しないようにゆっくりと話を進めた。 「綾。増田君を誘う役、やってくれるかな?」 「私?」 「そう。綾が誘うんだ。大丈夫、増田君なら応じてくれるはずだよ」 「……考えておく」 綾は部屋に戻ってしまったが、そう言いながらもチケットはしっかりと取っていった。 結城は満足気な顔をしている。だがそんな結城に対して、美影はまだ心配しているようだった。 「結城。やっぱりまだ危ないんじゃ……」 「僕も心配してないわけじゃない。正直言うと凄く不安だ。 でも増田君なら、きっと。美影もそうは思わないか?」 「……」 美影は今日の出来事を思い出していた。初めて三人で買い物に行った事。 増田が服を一生懸命選んでくれた事。そして、自分と真剣に向き合ってくれた事……。 「今日。増田に、見せた……」 「!」 結城はとても驚いた様子だった。そして少し考えた後、微笑を浮かべてこう言った。 「そうか、やはり彼は……。彼は何て言っていた?」 「……最初は謝っていた。でもその後、自分らしさを出すのが一番自然だと。あ、あと……」 いきなり赤面しながらもじもじし始めた美影を見て、 それだけで結城は察しそして少し、増田に嫉妬した。 「良いよ。その言葉は美影の心の内に留めておきな」 「え、……うん」 (本当に、増田君だったらこの子達を……。何にも勝てないな、彼には。 でもだからこそ託せる。僕が出来なかった事でも、彼ならきっと……)
続
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