TOP

前の章へ / 目次 / 次の章へ

 

 

第三章 自然をこよなく愛す優しい子

 

 

 

 

数分間その場で待機していると試着室から柊が出てきた。

その瞬間俺は目を疑った。

純白のワンピースに身を包んだ柊は、

中二病の雰囲気など微塵も感じさせない程、清楚な感じがして……

はっきり言うとかなり可愛かった。

「良いよ、柊! とても似合ってるよ!」

「ん……。ありがと」

心なしか柊の頬が紅潮している。恐らく恥ずかしがっているのだろう。

透明感のある白い肌を唯一染めている赤色がアクセントになって、

柊の可愛さを引き立たせている。

ただ、一つだけわがままを言わせて貰うなら

「なぁ、呪縛布は取った方が良いんじゃないか?」

そう。柊は今日も相変わらず、右目と左半身に包帯を巻いている。

いつもの制服ならもう慣れきってしまったが、服がなまじ似合っているだけに欲が出てしまう。

「嫌。これは……外せない。」

案の定、断られてしまった。普段の俺ならここで引き下がっただろうが、

この時の俺は男子の本能に駆られ柊の可愛い姿をもっと見たくなってしまっていた。

それ程に、柊には白のワンピース姿が似合っていた。

「どうしても、外さなきゃ……ダメ?」

と、涙目+やや上目遣いのコンボで懇願してくる柊。

柊……それはむしろ、逆効果になってるぞ。

「ああ、駄目だな。だってその格好に包帯って明らかに不自然だろ」

「! …………」

一瞬驚きの表情を浮かべてから、ためらいがちに、包帯を解こうと柊は手を伸ばす。

その手はとても震えていて今にも泣き出しそうな雰囲気だった。

しかし柊は解く手を止めようとはせず、

ゆっくりと自分の半身を覆っている呪縛布を外していった。

今まで覆われていた部分が少しづつ明らかになっていく。

長い間、日の光を浴びていなかったからか、

純白と呼ぶにふさわしい透明感のある肌がそこにはあった。

そして最後に、自分の右目を覆っている呪縛布に手を伸ばす。

そこで、柊の手は止まった。

「…………」

「……どうした、柊」

「う、ううん。……なんでも、ない」

柊の顔が急に青ざめていく。

発した言葉も弱弱しく、消え入りそうな声だった。よく見ると体も震えていた。

そんな柊の様子を見て、さっきまで軽い気持ちで頼んだ事を俺は後悔した。

「そ、そんなに嫌ならもう良いって。ごめん。そんなに嫌な事だとは思わなくて……」

「違う……。あなたは悪くない。ただ、心の準備を、してただけだから……」

絞り出すように言葉を繋いでいる。

口ではそうは言ってても、俺には強がりにしか聞こえなかった。

俺は、柊の触れてはいけない部分に触れてしまったのかもしれない。

後悔している俺をよそに柊は最後の砦に手を掛け、シュルシュルと解いていった。

少しづつ隠されていた右目が見えてくる。

別に怪我をしているわけでもなく、特別におかしな所もない。

眠っているように閉じられた、綺麗なまぶたがそこにあった。

完全に解き終わった後、ゆっくりと右目が開かれていく。

「っ! まさか……。それって……」

俺は開かれた瞳を見て驚愕した。

「み、見ないで……!」

すぐに柊は両手で右目を隠す。

何かに怯えている子供のように、体を震わせ、身を縮こませてその場にしゃがみこむ。

左目には涙が浮かんでいた。

俺には一瞬だけしか確認出来なかったが、

俺の目が正常に作動しているのであれば柊の目は……。

「青い……」

青かった。もっと正しく言うと『碧』かった。

「嫌……。見ないで……。お願いだから、もう見ないで……」

その時、床に涙が落ちた。涙の理由は、言うまでもなく俺のせいだった。

柊は隠していたんだ。自分の右目が青い事を。自分がオッドアイであることを……。

 

 

 

オッドアイ。正式名称は虹彩異色症。俗に左右で目の色が違う事をいう。

オッドアイになっている人は何らかの障害を抱えた結果である事が大半で、

オッドアイ=障害というイメージを持っている人が多い。

というのも、オッドアイである人は普通の人より

視覚障害や聴覚障害になる可能性が高いからである。

しかし、勘違いして欲しくない所だが、オッドアイ自体は体に害をなす物では無い。

親が異国人同士であるとかの遺伝で希にそういう現象が起こったり、

事故等によって眼球が傷ついてしまった際にもオッドアイになる可能性はある。

オッドアイだからといって必ずしもその人が障害を患っているわけではない。

 

 

 

以上説明終わり。

柊は自分がオッドアイである事を隠すために、右目に包帯を巻いていた。

恐らく小さい頃に嫌な思いをした事があるのだろう。

それなのに、俺は無神経にその傷口をえぐってしまった。その結果、柊を泣かしてしまった。

なんて馬鹿なんだ、俺は!

「ごめん……。知らなかったとはいえ、柊に辛い事を強要してしまった。本当に、ごめん」

俺は深く頭を下げた。そして自分のしてしまった軽率な行動を恥じた。

「……大丈夫。あなたは、悪くない。私が、不自然だっただけ。ただ、それだけ……」

涙を拭いながら柊は言った。もう、だいぶ落ち着いたようだが、まだ余韻が残っている様子だ。

「いや、俺が呪縛布を取ってくれなんて言わなければこんな事には……」

柊は自分を責めているが、対する俺は俺自身を責めている。

傍から見れば完全に終わりの無い水掛け論となっていた。

まぁ結果だけ見れば、この後すぐに終わった訳だが……

「え、でもそうしなければ不自然なんでしょう?」

柊は未だ涙目ではあったが、しゃがみこみながら俺を見上げて言った。

俺はいきなりの質問に虚を突かれ、間抜けな様子で返答してしまった。

「え? うん、いや、まぁ……。不自然かどうかと言われても……」

柊は碧眼と黒瞳のオッドアイで俺を捉え続ける。

その様子はまるで、ラピスラズリと黒曜石が意思を持って輝いているといった所だろうか。

涙とも相まってより一層輝いており、

包帯で覆っていた時とは比べ物にならない程俺はその瞳に目を奪われていた。

返事がどもったのも多分そのせいである。

「どっち?」

柊が非難の意を込めた視線を送ってくる。言い方の方にも少しトゲがあるように思える。

しかし、不自然かどうかと言われても俺には分からない。

そんなものは一人一人の捉え方次第だと思うのだが……。

「え、いや、えーと……。

自然か不自然かっていうのは人それぞれの観点から作られる物だと思うからして。

だからその……つまり……」

あぁ! 今俺は何を言ってるんだ? 

慌てすぎて何言ってるのか自分でもよく分からなくなってるぞ!

「つまり?」

今度はずいっと顔を寄せてきた。近い……。

間違って触れる距離では無いが、

なんと言うか、真っ直ぐ見据えられると……ええい、居心地が悪い!

「つ、つまり……自分らしさを出すのが一番自分にとって自然な事だという事だ」

……とっさに思いついた事にしては、割と正解に近い答えが出たんじゃないか? 

「自分、らしさ……」

俺の言葉を聞いて柊は困惑した表情を見せる。

「そう、自分らしさ。嘘偽りが無くて、自分に正直な想いって事だ」

「正直な気持ち? 私の?」

俺は微笑みながら頷いた。

「私は……」

ひと呼吸置いて、柊はこう言った。

「私は、自然でありたい……」

確かに柊はそう言った。その言葉に嘘偽りは感じられなかった。

そして、自然という単語を聞いた時、俺はふと、ある言葉を思い出した。

 

「このモスラバーガーの仕事全般を担当してもらっている柊 美影だ。

自然をこよなく愛す優しい子だよ」

 

自然をこよなく愛す優しい子。

あの時は、とても信じられる言葉ではなかったが、今ならその言葉の真意が分かる。

あの時の店長の言葉は、海や山や草花の事を言ってたんじゃない。

ただ、その時その時で一番適する行動を取りたい、という事だった。

え、けどその理屈で行くと……。俺は確認も含めて再度柊に問いかけた。

「お前は……ずっと自然な対応をしていたいのか?」

「そう」

すぐに返答が返ってきた。どうやら俺の導き出した答えで合っているようだった。

だとするならば俺は納得出来ない事がある。

「じゃあ何でお前は中二病を演じているんだ?」

柊が本当に中二病じゃない事は少し前から気づいていた。

最初こそ近寄りがたい程のそちら方面の自己紹介をしてくれたが、

厨房での指示や不意を突かれた時は普通の女の子だった。

そして時々思い出したかのようにその瞬間だけ中二病を演じていた。

照れ隠しの結果だとも思ったが、照れた時の柊はむしろ普通の女の子に戻っている。

けどもし俺が考えているように中二病を演じているのだとするのなら、

自然でありたいという柊の想いと矛盾する。

中二病は……どう考えても不自然でしょう……。

「中……二病?」

首を傾げながら柊はこう聞いてきた。

しまった、中二病を知らなかったか……。さて、どう説明したものか。

「あー、ほらお前の自己紹介の時のテンションの事だよ。我は闇の王族なり。みたいな?」

「……そんなこと言ってない」

「似たような事言ってたじゃねぇか」

「……言ってない」

頬を少し膨らませそっぽを向く柊。意地でも認めない気かこいつ……。

「とにかく、何で自然でいたいのに無理して呪縛布とか言ってるんだ? 

って言ってるんだ。明らかに不自然だろ。」

「ふ、不自然なの?」

あからさまに顔を青ざめる柊。

予想はしていたが、ここまで露骨だとこっちが悪い事をしているような気がしてくる。

だが、間違えたまま余生を過ごされても困る。俺は少し心を鬼にして続けた。

「不自然だろ。柊くらいの女の子だったら、周りに明るく振る舞ってて、

休みの日は友達とショッピング行くぐらいの方が、よっぽど自然だ」

言い切ってはいるが、別に俺は自然な女の子の定義なんて全く知らん。

希望を込めての持論でしか無いが、

少なくとも中二病を演じているよりは、自然な女の子なんじゃないか?

 というかそうであって欲しい……。

「明るく振る舞う……。友達と……。ショッピング……。それが、自然……」

あ、なんか変なスイッチ入っちゃったかも……。

うつむいてぶつぶつと何かを唱えている柊。

その呪文はだんだんとおかしな方向へと向かっていく。

「休みの日……。今日は日曜日……。ハッ! 友達とショッピングに行かなくちゃ!」

「だぁー! ちょい待ちっ! 今まさに来ているでしょうが!」

「! そうだった……」

呪文が途切れたかと思ったら急に走り出そうとしやがった。

俺はなんとか柊の腕をギリギリ掴む事ができ、柊の暴走を止める事が出来た。

「焦りすぎだ。気持ちは分かるが少し落ち着け」

「……分かった」

柊の息が上がっている。どんだけ焦っていたんだか。

「ぷっ! ……ふふ、あはは!」

「?」

何だか笑えてきた。胸につかえていた何かがどっかに飛んでいった。

柊はいきなり笑い出した俺を見て困惑している様子だ。

「いや、すまん。一息ついたらなぜか急に……別に他意は無い」

「そ、そう」

「よし、決めた! 今日は俺の奢りだ!」

「え?」

更に困惑する柊。構わず続ける俺。

「今日買おうとしてる服。全部俺が買ってやるよ」

「え、でも……」

「遠慮するなって。俺が奢るって言ってんだからよ」

「お金が……」

「気にしなくても大丈夫だ。どうせ後生大事に持ってたってしょうがねぇだろ?」

「それは、そうだけど」

む、なんと強情な。でもここまできた以上俺も引き下がれない。何としてでもここは押し通す。

「よし、分かった。ここは交換条件といこう。

俺は今日の会計を持つ。そしてお前は……そうだな、じゃあ笑ってくれ」

「笑う?」

「そうだ。それで手を打とう」

柊は少し戸惑った後、俺の方を向き微かに頬を赤らめて、笑った。

「…………」

言葉が見つからなかった。

とっさに思いついた条件だったが、これはあまりにも不公平すぎたな……。

柊の笑顔は、服を奢るくらいじゃ全然足りなかったな。

「な、なんとか言って……」

気恥ずかしくなったのか更に頬を赤らめ、もじもじし始める柊。

俺はこの時、自分でも驚く程自然に言葉が出てきた。

「ああ、可愛かったぞ。柊」

柊は一瞬驚いた表情を見せて、その後すぐに勢いよく試着室のカーテンを閉めた。

俺はそんな柊に向かって、再びカーテン越しに小さな声で。

「本当に……可愛かったぞ」

「…………バカ……」

 

 

 

 

 

 

前の章へ / 目次 / 次の章へ

TOP