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第五章 採用試験

 

 

 

 

「私は……また……」

気がついたら目の前には血だらけで倒れている人がいる。手には血がこびりついた日本刀。

着ている服は所々返り血が飛んでいる。

 

まただ、また……。

 

抑えが効かない悪魔の衝動。そんな物では言い訳しきれない大罪。

信頼してくれる人達への裏切り行為。

 

後悔してもしきれない。

 

こんな事があと何回あるのだろう。いっその事私が死んでしまえば……。

月明かりに照らされた少女は膝をつき、天を仰いで涙を流す。

 

 

 

 

 

 

次の日。

今日は学生待望の土曜日。昨日は本当に疲れた……。

店に行ったらいきなり食材調達だって言われて山に行かされるわ、

熊に襲われるわ、西園寺に斬りかかられるわ。

もうこれでもかって程疲れた俺は、随分長い間寝ていてしまったらしい。

現在午前十一時。不健康な生活してるな、俺。

これ以上寝てしまったらせっかくの休日が無駄になってしまうようで何かヤダ。

テレビでも見るか……。

 

ポチッ。

 

「では次のニュースです」

お。なんかニュースやってる。

 

「速報です。

昨夜、深夜の一時頃に、

会社帰りの男性が何者かに斬りつけられるという傷害事件が発生しました。

市村警察によると、犯行現場は市村住宅街付近。凶器は鋭利な刃物。

男性は幸い軽傷で済みましたが、意識はまだ戻っていないとのことです。

近頃市村町では同様の手口の傷害事件が発生している事から、

警察は同一犯の疑いがあると見て捜査中です。近隣の皆様は十分にお気をつけて下さい」

 

傷害事件か……。最近この町物騒だよな。

ていうか市村住宅街って昨日西園寺と通った所じゃないか。

被害に遭ってしまった人には悪いけど、俺達も危なかったんだな……。

さて、そんなことより飯だ、飯。あぁ腹減った。

 

 

 

「ふぃー。食った食った」

ブランチにしては食い過ぎたか? まぁ良いか。最近バイトで結構動いてたからな。

ま、今日もこれからバイトなんですけど……。じゃあ行きますか。

 

 

 

 

 

 

「こんにちはー。ってあれ? 今日はお客様が少ないですね」

まだ昼時だというのに店の中はガラガラだった。

おおよそファーストフード店の昼の風景とはとても見えない。

これだけ見れば閑古鳥が絶叫している。

「あぁ。増田君、こんにちは。これが正常なんだよ、この店ではね。

常連さんはたくさんいるんだけど皆さん会社の昼休みを利用して来てくださっているから。

休日はあまりお客様が入らないんだよ」

なるほど。今まで来て下さってたお客様のほとんどは常連さんだったのか……。

ん? って事はもしかして――。

「俺が初めてレジを担当した時に来てくれた人達も常連さんですか?」

「うん。そういえばあの時は常連さんしか来てなかったなぁ」

俺はもう一生この店のレジには立たない。と、強く心に誓った。

「あの、じゃあ俺は一体何をすれば……」

なんか見るからに仕事が無いし、店長に尋ねてみた。

「そうだな……。うーん。やる事といったら、えーと。何かあったかな?」

そこまで無いんかい。

「じゃあせっかくだから採用試験でもしてもらおうかな」

採用試験? もう働いてるのに? まぁ仕事をしてるよりかは楽しそうだ。

「なんか楽しそうですね。良いですよ。喜んで引き受けましょう」

「それは良かった」

一瞬、店長の目が光ったのは気のせいだったと信じたい。

 

 

 

「まず第一の関門。影の試練だ」

影の、試練? なんなんだ、いやにそれっぽいじゃないか。

俺はこの採用試験を甘く見ていたのかも知れない……。

「美影。なんかお題を出してくれ」

「私?」

あらっ? 影の試練って柊が出す試練っていうことかよ。

しかも柊、いきなり振られて当惑してるし。

柊は少し慌てながら数秒間かけてお題を考え出した。そして慣れきった口調でこう告げた。

「それでは、第一の試練は我らの舌を唸らす供物を作りあげろ。

ただし、この空間に現存しているマターしか使用してはならぬ事を条件とする」

要するにうまい飯をここにある食材だけで作れと。

まぁ柊らしいお題だな。じゃあいっちょ頑張りますか。

 

 

 

んー……。ファーストフード店だけあって、食材がかなり限られてるな……。

じゃがいもと猪の肉はたくさんあるんだが、さてどうしたものか。

猪っていったら鍋しか思いつかんのだが……。まぁとりあえず作ってみるか。

 

結局、シンプルにふかし芋、じゃがいもを砂糖醤油でにつめた甘煮、

猪の肉を使った鍋の一種、ぼたん鍋というものを見よう見まねで作ってみた。

意外と作れるもんなんだな。

「さぁ召し上がれ」

「おぉー。すごいね増田君」

「「…………」」

みんなそれなりに驚いているようだけど、問題は味だ。不味ければ意味が無い。

三人共ほぼ同じタイミングで各々口に入れた。

「! おいしいよ。増田君! 熊鍋なんて僕初めて食べたけど凄く美味しいね」

「本当ですか? それは良かったです」

「おいしい……。

ふ、ふん! まぁ流石我が見込んだだけはあるな。これからも上等な供物を期待している」

「そりゃどうも。これからも精進させて頂きますよ。お嬢様」

「斬り殺したくなる味……」

「どんな味だよ……。

けどこの料理が作れたのは西園寺のおかげでもあるんだ。昨日はありがとうな」

結果は文句無しの合格だった。

 

 

 

「まぁ、次の試練は……。綾、存分にやって来て」

「……」

無言の頷き。

予想はしてたけど本当に西園寺が来るとはね……。嫌な予感しかしねぇな……。

「外で、待ってる」

 

 

 

外に出た俺達を待っていたのは既に臨戦態勢に入っている西園寺だった。

勿論、日本刀は装備済み。

「じゃあルールはどうしようかな?」

「斬り殺したら勝ち」

「良し。綾の勝利条件はそれで」

良いのかよ! やべぇ負けたら死ぬ……。

「増田君の勝利条件はどうしようかな……。綾を斬り殺されたら困るし……」

「西園寺と俺の扱いの差が酷すぎる!」

「ハハハ。勿論冗談だよ」

この人の場合、冗談に聞こえない所がすごい。

「んじゃあこうしよう。増田君の勝利条件は、綾に一撃でも攻撃出来たら勝ち。

それじゃあよーいスタート!」

「えっ? ちょ、まっ! 心の準備がっておわっ!」

ものの数秒で斬りかかってくるのは本当に勘弁してほしい……。

俺の反射神経もなかなかの所まで来たな。

そんな事より今は試練に集中しなきゃ。

というか西園寺に一撃入れるってどうすりゃ良いんだ? 

明らかに不可能な気がする。一撃入れる前に俺が細切れにされる。

「覚悟っ!」

「うおわっ! ちょ、待てって!」

こんな事を考えてる間も結構ひっきりなしに斬撃が飛び交っている。

全て紙一重に避けきれているのは我が反射神経と西園寺の優しさ(?)のおかげだろうか……。

どうやりゃ勝てる? 正攻法じゃ絶対無理だ。なんか手は無いか……。

相手の気をそらす? いや、西園寺にそんな手が通用するとは思えない。

目潰し? 卑怯すぎるからこれも却下。

だったら真正面から? だから死ぬっての!

「はあっ!」

「のわっ! 考える時間すらくれねぇのかよ!」

なんかあるはずだ。なんか……。その時、観戦組の他二名の会話が聞こえた。

「結城。あれ死ぬんじゃない?」

こらこら。

「いや、彼もなかなかの動きだよ。手加減されているとはいえ、綾の斬撃を紙一重で避けてる。

流石は現役高校生男子といった所かな」

そりゃどうも。てか、やっぱり手加減してたんだな。

「勝率は?」

「美影はどれくらいだと思う?」

「……彼が勝つに諭吉一枚」

「随分、増田君を押してるね。何か思い入れでもあるのかな?」

「ち、違うっ。ただ、なんとなくそんな気がするだけ」

「ふーん」

なんとまあ平和な……。

人が一歩間違えればこの世との接点を絶たれるというのに呑気に賭け事とは。

まぁ悪い気はしなかったけど。

どんな状況であれ、女の子に応援されると、男という生物は俄然やる気が出る生き物なんです。

しょうがない。いっちょ本気を出しますか。

西園寺の動きに集中する。

さっきから何とかどうとか避けれてはいるから、決して無理なスピードではないはずだ。

集中しろ、俺。

西園寺が猛スピードで向かってくる。

そして近づくと同時に刀を振りかぶり、俺の肩口から斬り込もうとする。

よしっ! ここだ!!

俺は最小限の動きでその攻撃を避けて、腕を振りかぶった。これで俺の勝ちだ!

 

 

 

……ん? え、これからどうすればいいんだ?

殴ればいいの? いやいや、さすがにかわいそうでしょ。

んじゃ蹴る? 同じ理由で却下。

柔道よろしく投げる? やり方知りません。

えーっと、えーっと……どうすれば俺の勝ちに――

約1秒にも満たない熟考を経ても、俺の頭の中には良い解決策が浮かばなかった。

拳を途中で止め、その場で固まってしまう。

そしてその後、やばい、と思った時にはもう既に遅く……

俺は思いっきり蹴り飛ばされた。

「がっ……!」

「増田君!!」

そのままの勢いで外壁に叩き付けられる。

痛ってぇ……。おいおい、どんな脚力してんだよ……。体ちぎれるかと思ったわ……。

脇腹に鈍い痛みを感じ、反射的に手を当てたその時、西園寺がもう既に近くまで来ていた。

「おい」

顔を上げて、声のする方を向く。

西園寺は俺を見下ろしながら剣先を突き付けて、そのままやや鋭い口調で俺にこう続けた。

「何故あそこで手を止めた」

虚ろな目で西園寺を見てみると、凄く不機嫌そうな顔をしていた。

何故って言われてもな……。

手を止めちまったもんは止めちまったんだし、

そんなわざわざ聞かれるようなことでも無いと思うんだが。

俺はそんな西園寺の質問に少しの疑問を持ちながら、やがて正直にこう返した。

「女の子は、殴れねぇよ……。そんなの当たり前だろ?」

「!」

そうだ、男が女を殴っていいはずがない。

そりゃあ、こういう勝負の時くらい、って言う奴はいるかもしれないが……。

少なくとも俺は西園寺を殴れない。

そんなんじゃ、中学の時の二の舞だ……。

「美影! 早く増田君に応急処置を!」

「わ、分かった」

柊が俺に応急処置を施してくれる。相変わらず手馴れた手つきで安心する……。

「――か」

「……え?」

声が小さすぎて良く聞き取れなかった。

その声は、西園寺から発せられたもの。

しかし俺が聞き返しても返事が返ってくることは無かった。

 

 

 

 

 

 

「さて、最後の試験だ」

「まだやるんですね……。俺こんな状況なのに……」

と言って割と不満げに店長へ言葉を返す。

柊の適切な処置のおかげで、痛みはもうあまり感じて無かったが。

「大丈夫。最後の試験と言ってもそんなに過酷じゃないから。僕は鬼じゃないからね」

「はぁ……」

店長の事だから大丈夫だとは思うけど一体どんな試験なんだ? 全然予想がつかない。

「綾、美影。今日はあの日だろう? 店の事なら大丈夫だから行ってきなさい」

「分かった」

「……」

二人共いつも通りの返答を返し、店の奥の方へ入っていった。

二人が奥に行ったのを確認してから店長は俺の方へ向き返り言った。

「さぁ最後の試験を受ける所へ行こうか」

 

 

 

 

 

 

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