第四章 無言は彼女の意思表示
次の日。市村高校にて。 「どう? 増田。バイトはうまくやってけてる?」 「お、おう。倉崎か……。悪い今日は疲れてるんだ。また、後にしてくれ。俺は今から船を漕ぐ」 「出航するのは良いけど、無理しない程度にね? なんかこの頃元気無いよ増田」 「だ、大丈夫だ。問題な……」 話の途中で寝息を立ててしまった。よほど疲れているのだろう。 「良い航海を。くれぐれも無事に帰ってくるようにね。この頃、物騒だから……」
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放課後。十分に睡眠を取った俺はモスラバーガーに向かっていった。 「こんにちはー」 「増田君! 君を待ってたんだ。今日は重要な仕事を君に頼みたくてね」 入店早々と満面の笑みを浮かべた店長に出迎えられた。 「とりあえず、これに着替えて。制服じゃあ汚れちゃうからね」 店長から渡された服は昨日着たモスラバーガーの制服では無く、ちょっとした作業着だった。 「店長? 俺に何をさせるつもりですか……?」 「いや、少しばかり食材調達に行って欲しいんだ。綾と一緒にね」 「…………」 西園寺は準備万端なようで……。 何がってただの食材調達のはずなのに明らかに狩人の目をしている。 これらが意味する物は恐らく……。 「近くの山まで食材調達して来て♪」 何故か予想出来てしまった自分が怖かった。
という訳で可愛い女の子と二人っきりで山まで散歩&ハイキング♪ ……となればどれだけ良かったか。 可愛い女の子には違いないが、会って数秒に斬りかかってきた子だし(自分のせいだけど……) 最終的には大荷物を運ぶからってなんかリヤカー引かされてるし、 そもそもハイキングじゃなくて一狩り行くのである。状況は似てても実際は大きく違う。 只今出発してから五分程経ったが、無言のウォーキングが続いている。 そろそろしゃべり好きな俺は限界だ。何か話題は無いか話題は……。 「これからどこの山に行くんだ?」 「……」 「その、調達しに行く山っていうのはそんなに食材が豊富なのか?」 「……」 「ていうかあと何分くらいで着く?」 「……」 心が折れる! 何ですかこれっ? 一種の罰ゲームですか? 流石の俺でも傷ついたわ! ここまでのガン無視は生まれて初めてだよ! なんか一人言を言いながらリヤカーを引いてる姿って物凄く惨めだなって思った……。 もうヤダ。死にたい。 こうなったら最後の手段だ。あまりこの話題は出したくなかったんだけどこの際しょうがない。 「その日本刀ってかなりの業物だよな。 突きつけられて分かったんだけどよ。どこに売ってたんだ? それ」 あぁ。言いたくなかった。だってこの話題出したら絶対そっち方面行くもの。 だからあまり出したくなかったのに……。 もうこれで食いつかなかったら、しゃべり好きの称号を撤回しなければならない。 俺は自分の誇りをかけて一世一代の大勝負に出た。 「……これは、私の誕生日に美影がくれたもの」 食いついた! よっしゃこれでなんとかなる……って誕生日プレゼント? 日本刀が? 「へぇー。柊が……」 「そう。それとこの脇差は結城に貰った」 そうして、懐からおもむろに小刀を取り出す。まだ持ってたのかよ……。 ていうかなんちゅう物をプレゼントしてるんだあの人達は……。 「私の、宝物……」 西園寺は微笑みながら大事そうに二つの刀を胸に抱えた。 その時見せた西園寺の微笑みから、本当に大事にしている事が俺にはすぐに分かった。 「あと、少しで着く」 ん? ああ、目的地の山の事かな? ちゃんと俺の話聞いてくれてたんだ。
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「リヤカーはここで良い」 「うーっす」 指示された所にリヤカーを置いていき、俺達は山に入っていった。 「ここで何を調達すれば良いんだ?」 「あなたは山菜を採ってて」 あなたは? 「え、じゃあ西園寺は――っていねぇし」 俺の話を聞く前に急に姿をくらましてしまった……。 初めて会った時もそうだったけど、かなり身軽だよな。おかげで死ぬかと思いましたけど……。 ていうか山菜を採っとけって言われても、どれが食べれるとか全然分からないし……。 「しょうがない。自力でなんとかするか」 知識を総動員すればなんとかなるだろう。確か派手な物が基本的に毒があるんだったよな……。
「うーん。これは……。見た事の無いキノコだけど、食べれるのか?」 山でいきなり一人ぼっちにされてから結構な時間が経った。 店長が食材調達に行って来てと言うだけはあり、食べられそうな山菜はそこら中に生えている。 ただいかんせん知識不足でどれが食べられるのかがさっぱり分からない。 とりあえず、しいたけ、ゼンマイ、栗、松茸、銀杏(全てそれらしい物)は見つけたけど、 こんなんじゃ一食分も作れないな。 「もうちょっと登ってみるか? ここら辺はあらかた探したし」 すでに道という道は無いが、登っていけば何かあるだろうという安易な考えで、 俺は道無き道をどんどん進んでいった。
場所を変えてから十分くらい経っただろうか。 俺はかなり奥地まで来たらしく、周りは深い木々達によって太陽光が遮られ薄暗くなっている。 はっきりというとかなり不気味である。 「こんだけ不気味だと何か出たりしてな」 我ながら縁起でも無いなと思ったが、もはや何か喋っていないと不安で仕方が無かった。 「ていうか、奥に入りすぎた。一度リヤカーの所まで戻ろう」 一回態勢を立て直そうと、俺は来た道を引き返そうとした。しかし…… 「ここ、どこだ?」 後ろを見ても道は無い。周りは木ばっかり。 もちろん来た道を正確に引き返すなんて不可能だろう。 「やべぇ。道に迷った……。」 山だから人はいない。地図なんて持ってない。 頭の中が不安でいっぱいになり、俺は無我夢中で走り始めていた。 周りの木々達がより不気味に見える。 何か木々達から嘲笑われているような気さえする。 足には木の葉がまとわりついてきて何回も転びそうになった。 「くそっ! なんなんだよ一体!」 行けども行けども一向に景色は変わらない。 森の薄暗さが不安を倍加させる。嫌だっ。死にたくない! 「うおっ?」 何かにつまずいた。足元の状況なんて全然気にしていなかった俺は盛大にすっ転んだ。
グオオオォォォ!
するとその時、何かの鳴き声が聞こえた。 俺は転んで所々痛む体をなんとか起こし、声の向く方を見た。 「あ、あ……。あぁ!」 今までに見たことが無いほど大きな猪がいた。 しかもかなり怒っている。どうやら俺はその猪につまずいた様だった。 「どうして、こんな所に……」 この山は降りればすぐに住宅街に着く程、人の生活圏とかなり近い。 こんなに大きな猪がいれば駆除されてもおかしくないはずなのに……。 「……」 もう恐怖で声は出なかった。猪はゆっくりとこちらに向かってきている。 こんな時に限って我が腰は見事に抜けており、逃げることすら出来なかった。 俺はこの時、死を覚悟した。出来れば生きていたい。 しかし体がそれを許してくれなかった。 俺は……死ぬ。
グオオオオォォォ!
やられるっ!
…………あれ? いつまで経っても一向に痛みが来ない。俺は恐る恐る目を開けてみた。 「え、……さ、西園寺?」 目を開けた先にいたのは血だらけになった西園寺の姿だった。 「……」 西園寺は倒れている猪を見据えている。 その瞳はとても冷たく、 先程微笑んでいた西園寺からは想像が出来ない程、冷ややかな表情をしていた。 まるで物足りないと言わんばかりに……。 「大丈夫?」 「え? あ、ああ」 いきなり問いかけられたからびっくりした。 そしてその問いかけと同時に西園寺の表情が元に戻った。相変わらず血だらけだけど……。 とりあえず俺は立ち上がろうとして足に力を入れたら、 先程とはうって変わってすんなりと立ち上がる事が出来た。 「……」 俺が立ち上がってるのを見た西園寺は無言のまま、猪を動かそうと手をかけた。 「ちょ、ちょっと待て! もしかして持ち帰るつもりなのか?」 「大丈夫。息の根は止めてる」 それが当然だ。といわんばかりの表情をして、再び猪を持ち上げようとする。 しかし上がらない。 「そういう事じゃなくて、そんなの持ち帰ってどうするつもりだ?」 西園寺は首を傾げた。そして少し考えこんだ後、はっきりとこう言った。 「これ、今日の目的」 は? 今日の目的? 「もしかしてこれを狩りにここに来たのか?」 「……」 無言の頷き。これで説明は終わったと思ったのか再度猪を持ち上げようとする。 だが相変わらず猪は持ち上がらない。 「……どいてろ。俺がやる。」 全然納得がいった訳では無いのだが、なんか深く考えるのが馬鹿らしくなってきた。 もうなるようになりやがれ。 「よいしょっと。って重っ!」 猪は尋常じゃなく重かった。少し体を浮かせる事は出来たが、持ち運ぶなど不可能だろう。 「さて、どうしたものか……」 「バラバラにして運ぶ」 「ダメ。手段が残酷すぎる」 「じゃあ半分に切断する」 「ダメ。ほとんど変わってない」 「じゃあ細切れで我慢する」 「さっきから斬るしか選択肢が無いじゃないか!」 「うるさいな。お前から斬るぞ」 「対象が違うし、本題からずれてるだろが!」 なんか話が噛み合わない……。一体どうすれば良いんだ? 「せめてリヤカーが近くにあれば……」 「? あそこにある」 「は?」 西園寺の指差した方を見てみると、 数十メートルくらい先にリヤカーを置いていった所が見えた。 どうやら無我夢中で走った方向が偶然当たりだったようだ。 しかし、相変わらず道は無いためリヤカーを持ってくる事は出来ない……。 こうなったらもうしょうがねぇ。 「あそこまで持ち運んで行く」 「でも、持ち上がらない」 「西園寺。男をなめるんじゃねぇぞ?」 俺は猪に手をかけた。 「男ってのはやる時はやる奴らの事を言うんだよ! おりゃああああああぁぁぁぁ!」 俺は自分が出せる限りの力を振り絞った。 するとなんとかではあるが、猪を持ち上げる事が出来た。 「西園寺……。指示、してくれっ。前がっ、見づれぇっ……」 「! わ、分かった」 やべぇ程の重量が俺の上からのしかかってくるが、ここで挫けるわけにゃいかねぇ。 なんとかしてリヤカーまで持ち堪えるんだ! 俺は西園寺の必要最低限のナビゲートで徐々にリヤカーに近づいていった。 あと十メートル、五メートル、一メートル! 「どりゃあああああぁぁぁぁ!」
ドスンッ!
「はぁはぁはぁ……。なんとかやり遂げたぜ」 「…………」 俺は全精力を使い果たした。西園寺は唖然としていた。 俺が最後まで保つと思ってなかったらしい。 「どうだ、西園寺。……やる時はやるだろ?」 「……」 無言の頷き。 少しは俺の事見直したか? けどまだ全部終わりじゃないのが少し癪だけどな……。 「さぁ、帰るか」 俺は西園寺に帰る事を促しながらリヤカーの梶棒に手を掛けた。 それを見た西園寺は更に驚いた様子で。 「いい。ここから先は私が運ぶ」 と言って俺から梶棒を引き離そうとした。俺はそんな西園寺に待ったをかけた。 「俺なら大丈夫だ。女の子にこんな重い物を運ばせる程、俺はひ弱ではないつもりだからな」 「! …………」 ん? 俺なんか変な事言ったかな? 何か西園寺の様子がおかしいような――。 「って危なっ!」 いきなり西園寺が斬りかかってきた。 「あぶねぇだろうが!」 「……」 西園寺に非難の声を浴びせたら、西園寺は何も言わないまま、そっぽを向いてしまった。 本当によく分からない奴だ……。
帰り道。 行きと同じく俺達は終始無言だった。後方のリヤカーは行きの数百倍重いが…… 「お母さーん。あれなーに?」 「駄目よ。見ちゃいけません」 うっ。周囲の目線がキツイ……。そりゃそうだよな。 血まみれの女の子に、猪の死体をリヤカーで運んでる男なんて嫌でも注目を浴びる。 せめて布か何かがあれば猪だけでも隠せるのに……。 「なぁ西園寺。何か布みたいな物持ってないか?」 駄目元で聞いてみた。まぁ当然持ってるわけ―― 「……持っている。少し待って」 え? 持ってるの? なんだ。もっと早く言えば良かった。まさか西園寺が持ってるなんて。 俺に待つ事を促した西園寺は、鞘から日本刀を抜き自分の着ている服に近づけた。 「って待て待て待て待て!」 「? 何故止める?」 真顔で首を傾げられても困るんだが。なんで止められないと思ったのかこっちが聞きたいわ。 「そこまでしなくて良いって。軽く聞いただけだから。無いなら無いで構わないから」 「……」 西園寺はゆっくりと日本刀をしまってくれた。 俺の言ってた事が伝わったようで何よりだ。 と思ったら、今度は急にキョロキョロし始めた。 その目線をたどって見ると、道行く人達を見ているようだった。 まさか追い剥ぎとか考えてないだろうな。 「人、多い……」 「ん? 人か? まぁここら辺は住宅街だし、人はいっぱいいるだろ」 「……」 少し会話が続いたと思ったらすぐに途切れる。 そんな会話が何回か続き、俺達は順調に帰路についていた。 ただ俺はこの時、西園寺の手がずっと鞘に触れていることには気づかなかった。
続
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