第三章 順応するのは早いもの
次の日。 俺は学校が終わった後、すぐにモスラバーガーに向かった。 「こんにちはー」 「あっ、増田君。いらっしゃい」 「……」 店に入ったら早々とそっぽを向かれてしまった。俺、何かしたっけかな……。 「さぁ増田君。今日から本格的に仕事をしてもらうよ。まず裏に入って着替えて来て。 制服はテーブルの上に置いてあるから」 「分かりました」 促されるままに裏に入っていった俺だったが、終始鋭い視線が俺の体を貫いていた……。 まぁ気にしていても仕方が無い。これからどんどんと親睦を深めていけば良いんだ。 俺は恐らく指示されたであろう部屋のドアを開けた。 「…………」 「あ…………」 目の前にお着替え中の綺麗な女の子がいた……。 「し、失礼しました!」
バタンッ!
なんだ? 待て落ち着け増田。状況を整理しろ。 俺は店長に促されるまま奥に来た。 指示されたと思われる部屋に入った。 着替え中の女の子がいた……。 いやいや明らかに最後がおかしい! 俺が不注意だったからか? 確かに俺に非はある。 だがしかし俺は悪気は無かった。 そして俺は謝った。 ついでに言うとあまり見てもいない。あとでもう一回謝れば許してくれるはず。
ギィ……。
後ろのドアが開いた。よし、すぐさま謝罪を……。 「あ、あのすみま――」 「覚悟!」 「うおわっ!」 謝ろうとしたらいきなり斬りつけられた。 俺はとっさの判断でなんとか躱したけど、なんなんだ一体っ? 「ちょ、ちょっと待って! 話を――」 「問答無用!」 またもや一閃。取り付く島も無い。このままじゃ殺される! 「綾! やめろ!」 「結城……?」 女の子の手が止まった。 た、助かった……。彼女を止めてくれたのはどうやら店長のようだった。 「何故止める? 結城。こいつは紛れも無く不審者だ。だから斬り殺す」 「その子は今日からここで働く増田君だ。不審者なんかじゃない」 「だとしても、私はこいつを殺さないと気が済まない。斬殺が駄目なら惨殺するから大丈夫」 ほとんど変わらないような……。というかさっきよりひどい殺され方してないか? 「もう……。ちょっとこっち来て」 「……」 店長は綾と呼ばれた女の子を近くに呼び、誰にも聞かれないような声量で耳打ちした。 「!」 日本刀を携えた少女は一瞬顔が強ばった後、顔を赤らめその場に崩れ落ちた。 「ふぅ……。大丈夫だったかい? 増田君」 「え、ええ。おかげさまでなんとか……。ありがとうございました」 「ハハハ。礼なんてそんな。……この子もね、うちの店員なんだ」 店長は、未だに崩れ落ちて悶絶している少女に目を向けて言った。 「名前は西園寺 綾(さいおんじ あや)ここモスラバーガーの食材調達を担当している子なんだ。 今日は店の手伝いをしてもらってるけどね」 「西園寺、綾さんですか……」 なんだか清らかなお嬢様みたいな名前だなって思った。 日本刀を持っているこの子を見るととてもそうとは見えないけど……。 「変な形になっちゃったけど、うちの店員はこれで全員だ」 「えっ? 三人で今までやってきてたんですか?」 「え、うんそうだけど……」 少ない。少なすぎる。よく今までそれで滞りなく出来てたな……。 あ、だからバイトを募集してたのか。 「まぁファーストフード店と言っていても所詮個人経営だからね。 あんまり人件費は割けないんだよ」 あ、しかも個人経営なのね……。本当に大丈夫なのかこの店。 「ほらほら、君は早く着替えてきて。この子は僕がなんとかしておくから」 「あ、はい。分かりました」 なんか本当に変な所に来てしまったな……。
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「よし、着替えて来たね。それじゃあ今日は接客でもしてもらおうかな」 「せ、接客ですか?」 「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。 お客様は優しいし、ただ注文を聞いて会計すれば良いだけだから」 だいぶ、ゆるーく言ってるけど、 こっちは初心者なんだからもっと丁寧に教えて貰いたいんです……。 ええい。考えていても仕方が無い。やりゃあなんとかなるだろうなんとか。
チリンチリン。
「ほら、お客様が来たよ」 「は、はい。いらっしゃいませぇっ?」 思わず声が裏返ってしまった……。 これは緊張からでは無い。おおよそファーストフード店には訪れないであろうお客様が、 よりにもよって俺が対応したお客様第一号だったからだ。 「ん? 兄ちゃん新入りか? 見るからにひょろひょろしてんな。ちゃんと立ててるのか?」 俺の知っている言葉を使うと『ヤクザ』という人だろう。 顔には大きな切り傷があり、大きな抗争によって出来た傷なのかと連想させる。 それを隠すかのように(まぁ実質全然隠せていない)サングラスをかけていて、 相手に威圧感を与えるほどのがっちりとした巨体が俺を更に震え上がらせる。 (ま、まぁ一人ならなんとか。別に絡まれている訳じゃないんだ。大丈夫大丈夫) 俺が勇気をだして注文を聞こうとしたら……。 「いやー。疲れた疲れた。」「兄貴、今日もお疲れ様です。」 「龍臣組の野郎共、次会った時には……。」「例の物は?」「はい。こちらに。」 一気に同じ系列の人達が入店してきた。 しかもその内何人かは同じく顔に大きな切り傷があった。 「兄ちゃん。注文良いかい?」 「え、し、少々お待ち下さい」 俺は猛スピードで店長の元へ向かった。 「店長! レジ代わって下さい!」 「え、でもそこは君が……」 「実は俺、人前に立つと極度に緊張してしまって最悪の場合溶けてしまうんです!」 「えっ? 溶ける?」 「そうです! 溶けるんです! それはもうドロッドロに! だから店長代わって下さい!」 「え、うん。分かった」 ふぅ。なんとか当面の危機は回避する事が出来た……。 しかし、我ながら酷い嘘をついたもんだ。溶けるってなんだよ……。 とっさの言い訳とはいえどっからそんな表現が出てきたんだ? 「じゃあ増田くーん! 君は厨房に行ってくれー。後は美影の指示に従ってー!」 レジから店長の声が聞こえた。俺は軽く返事をして、厨房に向かった。 美影って確か、中二病の子だったような……。まぁ怖い人達に囲まれた接客よりマシか。
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俺は厨房に入っていった。 「すいませーん。店長に言われて来たんですけどー……」 「……」 うわっ。ちょっと見られてすぐに逸らされた。 「……」 二度見っ? 「あのー。俺は何をすれば……」 しびれを切らして直接尋ねてみた。すると、意外にも普通に返事が返ってきた。 「……あなた、料理はどれくらい出来る?」 返事というより疑問だった。 「えーと、恐らく人並みには……」 出来ない方では無いと思う。 家庭科の授業じゃ好成績を保っていたし、家でもちょくちょく炊事を担当している。 「そう。……みじん切りと三枚おろしは出来る?」 なるほど。二つとも基本だけど、初心者には一種の関門になりうる料理の二大柱(?)か。 まぁでも俺は、自称玄人なんでな。 「どっちも完璧に出来るぜ」 「ならば、そこの玉ねぎをみじん切りに。 あと冷蔵庫の中に鯵が五尾あるから全部三枚おろしにして」 「了解」 よっしゃ。腕の見せ所だ。
トントントン。
ふぅ。もうちょいで五十%といった所か。にしても柊って意外に料理上手なんだな。 慣れているとはいえ手際が良い。今は俺が下ごしらえ、柊が他全般といった感じだ。 作るスピードはあちらが圧倒的に早い。俺も頑張らないとな。
「全部出来たぜ」 「早いわね」 「そりゃどうも。まぁ君には及ばないよ。次は何をすれば良い?」 「……このメニューの品、作れそう? 作り方の詳細はあそこのレシピに書いてあるから」 「なになに。豚の生姜焼き定食、若鶏の唐揚げ、プレーンオムレツ……。大丈夫だ、任せろ」 「ん。よろしく」 今度は本格的な料理だな。でもこれぐらいは作った事があるから余裕だろ。 でもあれ? ここってファーストフード店じゃなかったっけ?
その後もありとあらゆる種類の料理を作り続けた。 集中してて気づかなかったが、今はもう五時か……。随分時間が経ったもんだ。 今はシーザーサラダを作っている。作業に余裕があるし、ちょっと親睦を深めてみよう。 「柊ってさ。誰から料理習ったんだ?」 「……初めては結城から、後は独学でなんとか」 あれ? 意外と会話が成り立ってる? てっきり『料理なんぞ習ったことなど無い。これは我が自ら魔物達を調合しているにすぎぬ』 とか返ってくると思ってたのに。 そういえば料理を始めてから一回も中二病っぽい事を言ってない気がする……。 考えすぎかね。 「へぇーそれでその腕前ってすごいな。尊敬するよ」 「べ、別に小さい頃から料理してればこれくらい自然に出来るようになる……」 「そんなもんなのか。今度料理とか教えてくれよ。コツとかも聞きたいしさ」 「……分かった」 なんか滞りなく親睦が深まっている気が……。 今度一緒に料理する約束まで取り付ける事が出来た。 最初の異様な程の牽制は何だったのかと問いたくなる。 しかし、良く見てみると柊って整った顔立ちしてるな。 包帯で半分隠れてたから気付かなかったけど、結構可愛い顔をしている。 透き通るような白い肌、隠されていない左目はぱっちりとしていて、 油断しているとすぐにでも吸い込まれてしまいそうな漆黒の瞳。 そう、それはまるで―― 「って痛っ!」 やばい。見とれ過ぎてつい注意力が散漫に……。 包丁で指を切ってしまった。くそっこんな初歩的ミスを。 「大丈夫っ?」 「え? ああ、大丈夫だよこのくらい。ほっときゃ勝手に治るから……」 「駄目! 小さな傷が悪化することだってあるんだから! ちょっと手出して!」 「あ、ああ」 俺は戸惑いながらも、怪我をした左手を柊に差し出した。 意外だった。俺の事をこんなに心配してくれるなんて……。 しかもこんな小さな切り傷で。 柊はとても手馴れた手つきで俺の手の傷口を消毒し、ガーゼと包帯で止血した。 ……って! 「ちょ、ちょっとそんな大袈裟な!」 「良いの。手持ちはまだあるから」 そういう問題じゃないんだけど……。 なんかぱっと見、突き指したみたいになってしまった。情けねぇ……。 「どう? きつくない? 痛かったら言って」 「いや、大丈夫だよ。丁度良い」 ツッコミ所が多かったから気付かなかったけど、自然と痛みは感じなくなっていた。 関節もスムーズに曲がる。包帯を巻いている感覚は全然無い。 「ありがとう。助かったよ。それにしても、応急処置上手だな。これも店長の教え?」 「違う。これは毎日のように巻いてるから」 え? あぁ……。そういえば巻いてますね。身体の五割以上常時応急処置状態ですもんね……。 「にしても包帯はやっぱり大袈裟な気が――」 「呪縛布」 「え?」 「あなたが包帯と呼んでいる物はこの空間において存在しない。 あなたの指を保護しているのは私の中に封印されしアルテミスの力を具現化、 そして繊維化した物。 この俗世における名称は呪縛布。あなたもそう呼ぶと良い」 「え、でもこれはほうた――」 「呪縛布。異論は認めない」 「わ、分かった」 何のこだわりなんだか……。 この前の状態に戻っちゃったし。 まぁ話せるようになっただけでも進歩かな?
続
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