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第四章 準備

 

 

 

 

あれから二ヶ月が経ち、療養とリハビリのおかげか僕の怪我はだいぶ治ってきた。

後遺症の心配も無いらしい。

ちなみに轢き逃げの犯人は、未だに捕まっていない……。

もう、自分一人で歩けるようになった僕は気分転換をしようと病院内を散歩していた。

「おい、聞いたか? なんでも今、ここら辺で通り魔の被害が増えてるらしいぜ」

「そうなのか? あれ、それ不審者じゃなかったっけ?」

「いやいや、通り魔で間違いないって」

「そうか? じゃあ、こっちが間違えてたか……」

「いや、多分不審者も出てるんじゃねぇか? なにせ最近物騒だからよ」

……せっかく気分転換しようと思ってたのに。嫌な話を聞いてしまった……。

それにしても通り魔に不審者か。

大丈夫かな……。

 

 

 

 

 

 

それからまた一ヶ月経ち、僕は念願の退院を迎える事が出来た。

やっと学校に行けると思うと嬉しくて仕方が無かった。

クラスメイトのみんなとは毎日のように会っていたけど、

やっぱり僕は元気良くみんなと遊びたかった。

退院した僕を待っていたのは、クラスの厚いお出迎えだった。

男子はもう遠慮なく飛びついてくるし、

女子は僕の退院を祝って、プレゼントをたくさんくれた。

その日は担任の先生も大目にみてくれて、退院してからの登校初日はみんなと楽しく過ごした。

 

 

 

 

 

 

「――ですので、もう安心してください」

「はい。……本当に、ありがとうございました」

「いえ。では、私共はこれで」

そう言って、桜庭さん達は僕の家を後にした。

ドアが完全に閉まった後、母さんが目に涙を浮かべながら、僕の方に向き直りこう言った。

「良かったね。レイドリック……。本当に、良かった……」

「う、うん……」

僕を轢いた犯人が捕まった。聞くところによると、二つほど離れた市街地で捕まったらしい。

桜庭さん達が頑張ってくれたおかげで、ようやく僕達は胸を撫で下ろすことが出来たのだった。

でも……

「…………」

僕は、心の底からは安心出来ていなかった。なんだか嫌な感じが収まらなかった。

「レイ。あまり気にするな」

「……。父さん」

僕の心配をしてくれているのか、

普段は必要最低限しか話さない父さんが話しかけてきた。

険しい表情を浮かべながら、僕にこう言う。

「気持ちは分かるが、いつまでも気にしてたって仕方がないだろう」

「分かってるよ。けど、なんだか嫌な予感がするんだ」

それを聞いた父さんは落ち着いた声で言った。

「そうか……。なら、しばらくは気をつけた方がいい。そういう時の予感は、よく当たる」

そう言って、父さんは自分の部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

いきなりだが、今日から文化祭の準備が始まる。

なぜこんなにいきなりかというと、入院してたからである。

僕が不在だったとしても学校の行事には全く影響が出ないわけであって、

たまたま僕が退院したのが文化祭間近というわけである。

僕のクラスは演劇をやるらしい。

「レイが主役で良いと思う人―!」

「「「「「「「はーーーーーい!」」」」」」」

……という満場一致で僕が主役。

何でもファンタジー物をやるらしく、イメージがぴったりだとか何とか。

(目立つのはあまり好きじゃないんだけど……)

とか思ったって、こんな目立つ金髪では目立たないなんて事の方が難しい。

諦めと心配をかけさせてしまった償いも兼ねて、僕は主役をする事を承諾した。

まだ退院したばかりという事で、本格的には参加しなくて良いらしい。

丁度良いから、家に帰った僕は入院の間に溜まった宿題を片付けることにした。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。やっと数学が終わった。えーと、あとは、英語はすぐ終わるし……。

あ! 古文があった……。苦手なんだよね……。何書いてあるかさっぱり分からないし。

――あれっ? 参考書が無い。おかしいな。……もしかして学校かな?」

僕は時計を見た。現在、夕方の六時。今からならぎりぎり間に合う時間だ。

「はぁ、行くか……。」

面倒だけどあれが無いと分からない。僕は渋々、学校に行く事にした。

 

 

 

 

 

 

六時二十分。

ぎりぎり間に合った。日は暮れかかっており、もう校舎は静まり返っていた。

部活も終わっているようだった。

「早く行かないと」

僕は駆け足で校舎に入っていった。

 

 

 

校舎内の蛍光灯も消えていて、不気味な感じがした。

でもまぁ高校生にもなってこの程度で怖がっていたらキリがない。

二段飛ばしで階段を上り、

教室の前の廊下に差し掛かった所で、自分の教室の明かりが着いていることに気づいた。

(誰かいるのかな?)

この時間に誰かいるというのはあまり信じられなかったが、とりあえず入ってみることにした。

「失礼しまーす」

「きゃっ!」

僕が教室に入ると同時に短い悲鳴と何かがばらまかれる音が聞こえた。

「大丈夫ですかっ! って……篠原さん?」

「えっ? レイ君?」

教室には床一面にばらまかれた文房具一式と、

少し涙目になって尻餅をついてる篠原さんがいた。

 

 

 

「びっくりさせないでよ〜。レイ君。」

「ご、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど」

なんか篠原さんと会うと必ずと言っていい程、謝っている気がする。

篠原さんは身だしなみを整えながら僕に尋ねてきた。

「もう良いよ。でもどうしてこんな時間に教室に来たの?」

「ちょっと忘れ物を取りにね。それを言うなら、篠原さんこそどうしてここに?」

「私は、残業、かな? キリの良い所までやっていこうって思って」

と言いながら、篠原さんは教室を見渡した。

「あと、片付けだけで帰るつもりだったのに……」

僕に非難めいた視線を送る。僕のせいだとでも言いたいんだろうか……。

「やるよ。やります。やりましょう。片付け手伝うよ」

しょうがなく僕が観念して申し出ると、

「ほんとっ? ありがとう! 助かったよ〜」

と言って、篠原さんは笑った。

その笑顔はやっぱり明るく、どこか無邪気で僕はすっかり篠原さんの笑顔の虜になっていた。

――天然って怖いよね……。

 

 

 

 

 

 

軽く片付けを終わらせて、僕達は早々に学校を出た。

現在、帰宅中。もう真っ暗なので篠原さんの家の近くまで送ることにした。

「レイ君。今回、主役頑張ってね」

「えっ?」

不意をつかれた僕はつい間抜けな声を出してしまった。

「もう! また聞いてなかったの?」

「い、いや今回はちゃんと聞いてたよ」

「今回『は』?」

「今回『も』ですっ!」

言ってどちらからというわけでもなく、二人で笑いあった。

「そういえばさ。結局、残業って何してたのさ」

はっきりとした返事が返ってきたわけじゃなかったから聞いてみた。

「残業? あぁ、背景の下絵を書いてたの。ずっと」

「背景?」

「そう、今回の劇のね。選択美術組は大道具担当で私はその中でも背景担当なの」

「ふーん」

明日、見てみよーっと。

「ありがと。もうここまでで大丈夫だよ」

篠原さんの家の近くまで着いたようだった。

「分かった。じゃあまた明日」

「うん。じゃあね、レイ君」

そう言って、僕達はそれぞれの帰路についた。

「あ、参考書忘れた」

何のために行ったんだか……。

 

 

 

 

 

 

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