第二章 不注意
僕が転入してきて一ヶ月が経った。僕はもうすっかりクラスに馴染んできた。 友達も何人か出来たし、楽しい毎日を送っている。 癖のある人達ばかりだけど、仲良くなってみると意外と愉快だったりするものだ。 もう一ヶ月ともなると質問してくる人は少なくなってきているし、 平和な一日も送れるようになってきた。 ただ、転校してきてから三日周期くらいで告白あるいはラブレターを貰う等があるというのは、 一つの懸案事項となっている。 現在放課後。 「悪いレイ! 今日部活あるから一緒に帰れないわ!」 「僕も今日バイトがあるから……」 「私たちはなんか先生に呼ばれたから行ってくる」 と、なんやかんやでいつも一緒に帰っている人達全員に、 一緒に帰れない宣言されてしまった……。 ちなみにレイというのは僕のあだ名だ。覚えやすくまとめた結果、レイになったらしい。 「久しぶりに一人で帰るのも良いかな?」 負け惜しみに聞こえるのは僕だけだろうか。
昇降口を出てからふと思った。 (そうだ、部活……。何入ろう?) 転入してから一ヶ月も経っているのに部活すら入っていない。 これは青春を謳歌すべき高校生にとってどうなのだろう? やっぱり入っておくべきだよね? 「えーと、この学校の部活は何があるんだっけ?」 前に貰ったプリントを歩きながら目を通す。 「運動系だと、野球、サッカー、卓球、陸上……」 「それで文化系だと、文芸、吹奏楽、漫研、美術……」 全部で二十八個か……。結構多いな。どうしよ。 後から考えてみると歩きながら何かをするというのはやっぱり危ないと思う。 この時も普通に下校して家に帰ってから見れば良かったんだ。 僕はこの時、何も確認せず交差点を歩いていた。 そうしたら死角から車が飛び出してきて――。 僕はその車に轢かれた……。
全身を激痛が襲う。一瞬何が起きたのか分からず頭の中が真っ白になった。 その直後に頭、胴体の順に地面に叩きつけられ、意識が遠のいていく。 「レイ君!」 誰だ? ぼやけてて良く見えない。何より意識が……はっきり……しな……い。 そこで僕の意識は途絶えた。
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「…………」 目を開けて見るとそこは知らない所だった……。 真っ白な天井。柔らかい布団。そして周りには。 「レイが目を覚ましたぞー!」 「良かった〜!」「ったく。心配させんなよ……」「やっとか」 「目を覚まさなかったら許さなかったんだからねっ!」「ひとまず安心したわ」 「俺は信じてたからな」「さっきまで泣いてたじゃねぇか!」「とにかく良かった……」 騒がしくも僕を心配してくれた優しいクラスメイト達の姿があった。
面会時間が終わって、現在夜の七時。医師が言うには数ヶ月は安静にしなさいとのこと。 「数ヶ月か……。部活の事なんか考えてなければ良かったよ」 今更自分の不注意を責めても仕方ない。今は怪我の療養に努めないと。
コンコン。
病室のドアがノックされた。誰だろ? 看護師さんかな? 「どうぞ」 「レイドリック。入るぞ。どうぞ、刑事さん」 「ああ、どうも。失礼します」 病室に入ってきたのは、両親とスーツをびしっと着た男性が二人ほど入ってきた。 え、けどさっき刑事さんって言ってたような……。 「お父さん。こちらの人達は?」 「今回の轢き逃げ事件を担当して下さっている刑事さんだ」 「申し遅れました。私は市村警察署の桜庭と申します」 「同じく、市村警察署の井上です。あとこれも。つまらない品ですが見舞い品です」 「あ、これはご丁寧にどうも」 いまいち状況が呑み込めない……。 警察? 刑事さん? 轢き逃げ事件だって? 一体誰が? あ、僕か。 「早速ですが、事故当時の事を詳しく教えてもらって良いですか?」 展開についていけていないけど、とりあえず頷いておいた。
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「なるほど。ありがとうございました」 ひとしきり話を聞き終わった後、僕はさっきから気になっていた質問をする事にした。 「ねぇ、父さん。轢き逃げ事件って何の事?」 「……交通事故にあったのは覚えているだろう?」 「うん」 僕がそう答えると父さんは黙り込んでしまった。 「ここからは私から説明させて頂きます」 先程、桜庭と名乗った刑事さんが代わりに説明を続けるようだった。 「あなたが交通事故にあった後、轢いた方の車が逃走したのです」 「えっ?」 轢き逃げっていうのはそういうことか……。 轢いてから逃げるから轢き逃げ。日本語は時々分からない。 僕が一つ知恵をつけた所で桜庭さんは再び話し始めた。 「現在、市村警察と近隣の警察署と合同で行方を追っていますが、未だ足取りは掴めていません」 「そう、ですか」 「そこで今日はレイドリックさんに協力を仰ぎにきたというわけです」 「ええ。僕が協力出来ることなら喜んで」 「そう言って下さるとこちらとしても助かります。 では早速ですがこちらの男に見覚えはありませんか?」 桜庭さんはある男の顔写真を僕に見せてきた。 ……うーん、どっかで見た事があるような……。あっ! 「この人、あの時おばあさんのバッグをひったくろうとしてた人だ……」 「! すまない、そこの所詳しく教えてもらえないだろうか」 「あ、はい。実は――」
「――という事があったんです」 僕はなんとか転校初日の事を思い出して桜庭さんに伝えた。 「井上君。すぐに署に戻って報告を。 それと明日、おばあさんと現場付近の住人に聞き込みに行くぞ」 「はっ!」 井上さんは敬礼をしてから病室を出て行った。 「ご協力感謝します。犯人は私達が責任を持って捕まえますのでどうかご安心を」 「お願いします」 「どうか一刻も早く……」 両親揃って頭を下げる。僕も頭を下げた。 「承知しました。レイドリック君も協力ありがとう。君のおかげで一歩前進したよ」 「お役に立てて何よりです」 「では、私もこれで」 そう言って桜庭さんも病室を出ていった。
続
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