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第一章 市村町

 

 

 

 

四月二十日。今日から新しい生活が始まる。

久しぶりの日本で、なんだか懐かしい気がする……。

「市村町か……。一体、どんな町なんだろ?」

日本に住んでた事はあったけど、市村町という名前は初めて聞いた。

……なんか誤解されそうな名前だ。

市村町(いちむらまち)日本のとある所にある小さな町。

必要最低限の施設はあるが、特別田舎でも都会でも無い。

まぁ強いて言うならその中間ぐらいの町。

「ここで、新しい生活が始まるのか……。」

天気は晴天。風は程よく、春らしいぽかぽかとした陽気がとても気持ち良い。

なんて清々しいんだ!

「誰か! そのひったくりを捕まえて〜!」

なんて運が悪いんだ……。

声がした方を見てみると、バッグを持った男がこっちに向かって走ってきた。

「どけっ! どかねぇとぶっ殺すぞ!」

そう言ってポケットから小型のナイフを取り出して今にも刺しそうな勢いで突進してきた。

「そんな構えでは赤ちゃんも刺せませんよ?」

「なんだとっ!」

だいぶ近づいた所で男はナイフを前に突き出し僕を刺そうとした。

僕はナイフをギリギリまで引きつけ刺さる直前で左へ避けた。

「うおっわ!」

男は避けられるとは思って無かったらしく、大きく態勢をくずした。

そこにすかさず腹部に蹴りをかます。

「ぐおっ……!」

男の力が抜けた所でバッグを逆にひったくる。

「どうする? まだ続けるか?」

「くそっ!覚えてろ!」

そう言って男は逃げていった。良かった、上手くいって……。

バッグについた汚れを軽くはたき落としおばあちゃんの方へ向かう。

「はい、バッグです。お怪我はありませんでしたか?」

「ありがとう。私は大丈夫だよ」

「気をつけてください。最近何かと物騒ですから」

おばあちゃんは何度もお辞儀をしながら去っていった。

僕はその姿を笑顔で送ってからふと時計を見た。

「やばい! このままだと遅刻だ!」

登校初日から遅刻なんて洒落にならない! 僕は急いで学校に向かった。

 

「ふーん。あれが転校生のレイドリック君ね……」

 

 

 

 

 

 

「今日から皆さんと一緒に勉強する転校生を紹介する。おーい、入ってきなさい」

教室のドアを開けると、おぉという驚きの声と共に色々な会話が飛び交った。

この感じ二回目だな。

「イギリスから転校してきたレイドリックです。これからよろしくお願いします!」

「やっぱ外国人だ!」

「イギリスって言ってたぞ」

「けど日本語ペラペラ……」

「しかも結構かっこよくない?」

「綺麗な金髪……」

様々な言葉が聞こえてくる。これも二回目。

「レイドリック君の席は……。あそこの空いてる席だ。分かるね?」

「はい。大丈夫です」

席に向かう間も席に着いてからも好奇の視線を向けられる。

二回目とは言っててもやっぱりこの感じは苦手だ……。

ここしばらくはこの状態が続くんだろうな。

うまくやっていけるのかな? 今更ながらだけど不安になってきた。

 

そして休み時間。案の上僕は質問攻めにあった。

なんで日本に来たの? 日本語喋れる? 好きな食べ物は? 等と様々。

これに加えて色んな人から自己紹介された。

みんな我先にと話し始めるものだから、何も聞き取れない状態がしばらく続いた。

とりあえず聞こえた物だけ返答していって僕はどんどん質問を捌いていった。

自己紹介? 誰一人覚えてない……。

 

 

 

 

 

 

授業中は一応平穏な時間が過ごせた。

しかし各授業間にある休み時間毎に質問や自己紹介をされた。

フレンドリーなのは助かるけど、これは度が過ぎてると思うんだけど……。

現在昼休み。昼食の時間は大人数に囲まれてまともにとれなかった……。

残った自由時間はクラスメイト(多分学級委員の人かな?)に学校を案内してもらっている。

もちろん相変わらず質問等は飛び交っている。

「レイドリック君! ほらっ! お前らどけっ!」

? この騒がしさの中、一際大きな声が聞こえて僕は思わず立ち止まってしまった。

「レイドリック君! ちょっと質問したいんだけど今大丈夫?」

「え、うん。良いよ何でも聞いて。けど歩きながらでも良いかな?」

「全然構わないぜ。あ、俺は隣のクラスの増田ってんだ。これからよろしく」

「うん。よろしく」

「ズルいぞ増田!」「私たち順番待ちしてたのに〜」

「うっせ。本人に了解取ったもん勝ちだ」

数々のバッシングを受けながらも、それを見事に受け流しながら僕に質問してくる増田君。

質問の内容は、趣味はある? 等のありきたりな質問から、

小さい頃は何してたの? 等のプライベートな質問まで聞いてくる。

しかもそれを織り交ぜて質問してくるため、

なかなかに隠しておきたいことも流れで答えてしまい、

結局個人情報を全部話してしまった気がする……。引き出し上手な人だ。

「じゃあ最後の質問! 今日なんかあったでしょ?」

「え?」

「良いじゃないの。別に悪い事したわけじゃないんだから。俺はかっこいいと思ったよ」

「いや、あれは別に……」

「え? レイドリック君なにかしたの?」「おい、もったいつけねぇで教えろよ増田」

「落ち着けって。レイドリック君は今日の朝、

おばあちゃんのバッグをひったくった男を撃退してバッグも取り戻したのさ。

な? レイドリック君?」

「え……。あ、うん。まぁ……そうだね」

「すげぇ!」「やっぱりかっこいい!」「きゃー!レイドリックくーん!」

大きな歓声が上がる中、僕は少し恐怖していた。

情報を吸い取られただけでなく、知り合う前からの行動も把握されている? 

そんな事が起こるのだろうか? いや単なる偶然だ。たまたま見られてただけだ。

「あれ……」

いつの間にか増田君は姿を消していた。最後の最後まで謎な人物だった。

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、僕の考え過ぎだった。

増田君はただの知りたがりで人一倍友好的なだけだった。

あれからもちょくちょく質問しに来て、僕の情報を吸い取って行く。

そして人ごみにまぎれて姿を消す。この繰り返しだった。

増田君についてクラスの人達に聞いてみても、みんなは口を揃えてこう言った。

「あいつはそういう奴だ」

言われてみれば物凄く納得できる答えだった。それ以外はまるで分からないけど……。

最近は誰でもしてくるようなポピュラーな質問ばかりしてくるけどその数は多く、

一週間近く増田君からの質問攻めで休み時間はそれでほぼ埋まっていた。

こっちの方が良く聞き取れて僕的には助かるんだけどね……。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

「おっと、チャイムか。んじゃこの辺でバイビー」

「あ、うん。バイバイ」

今日も一仕事終えた気分。

なんだかんだ言ってもこの学校の人達は優しいから結構馴染めている気がする。

まぁ、変わっている学校とも思うけどね……。

 

 

 

 

 

 

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