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第三章 好きだから

 

 

 

 

「それにしても遅いな……」

 僕が下校してから約十分。

後ろを振り向いても、未だに増田の姿は見えない。

遅く歩いているんだから、そろそろ追いついても良い時間帯なんだけど……。

「まさかあいつ……。教室で寝てないだろうな」

 あれだけ疲れた様子なら十分にありえる話だった。

学校で一夜を明かされても困るので、僕はまた学校に戻る事にした。

「……! ……けて!」

 ? どこかから何か聞こえるような? 気のせいかな?

「……けて! 助けて!」

 っ! 違う! 誰か居る! しかも助けを呼んでいる? ……まさか不審者か! 

もう一度良く耳を澄ましてみると、どうやら丁度目の前にあった路地の奥にいるようだった。

「大変だ! 誰か助けを! ……そんな時間は無い! ……でも僕だけじゃ……。ええいままよ!」

 僕は鞄を道に放り出し、全速力で声のする方へ走っていった。

 

 

 

 

 

 

「嫌っ! 助けて! 誰か!」

「大人しくしろ!」

「きゃあ!」

 間違いない。おそらく例の不審者だ。

暗がりでここからでは良く分からないが、確かにいる。僕は勇気を振り絞って出ていった。

「おい! そこで何をしている!」

「! ちっ。誰だてめぇ!」

「誰か来てくれたの? お願い! 助けて!」

「お前は黙ってろ!」

「ひっ!」

 どうやら最悪の事態にはなっていないようだった。

それにしても今の声はもしかして……。篠原さん?

「面倒な事になったな。…とりあえずぶちのめして殺しちまえば良いか」

「やめて!」

「!」

 やはりそこにいるのは篠原さんだ。間違いない。

しかし男はゆっくりとこちらに近づいてくる。僕もすぐに身構えた。 

「あぁ? やる気かてめぇ? 勇者様気分も良いが、威勢だけじゃ誰も救えねぇよ!」

 その瞬間、男はすぐに僕の近くまで走り込んできて、

その勢いのまま僕の腹部に強烈なパンチを食らわせた。

「うっ!」

 身構えてはいたものの、僕は格闘技なんかしたことは無く、

僕の甘いガードをすり抜け、男のパンチをモロに食らってしまった。

そのまま僕は倒れ込んでしまい、続けて男の蹴りを側頭部に受けた。

「ほらな? こうなると思ったから俺様は注意してやったんだぜ? 

馬鹿な奴だ。まぁ見られた以上死んでもらうがな」

 男が僕にとどめをさそうとする。……やっぱり慣れない事はするもんじゃないな……。

あの時素直に警察を呼んでいれば……。……僕は、好きな人も守れずに、ここで……。

「やめてええええええぇぇぇぇぇ!」

僕の意識が徐々に遠のいていた時、篠原さんの叫びが僕の耳に届いた。

 ……篠原さん? ……そうだ。ここで諦めてどうする? 

まだ、篠原さんに僕の気持ちを伝えてないじゃないか! 

あの絵が完成した事だって伝えてない! 僕はここで死ぬわけにはいかない! 

だって僕は……。

「篠原さんが、好きだから」

「あぁ? てめぇ、今なんて言った?」

「うるさい黙れ。僕は、お前みたいな下衆野郎に、殺されるわけにはいかないんだ」

「はぁ? お前、今の状況分かってんのか? 今お前はな―― !」

 僕は男の言った事は一切聞かず、ただがむしゃらに男に突っ込んだ。

さっきまで倒れていた奴が急に向かって来てびっくりしたのか、男は一瞬ひるんだ。

この好機を逃さず、僕は本気の蹴りを男の下腹部に食らわせた。

その後、間髪入れずに顔面にパンチ。

よろけた所に足払いをかまし、そのまま馬乗りになって男の顔面を何発も殴った。

「てめぇ……。調子に乗るなぁ!」

「!」

 男が激怒し反撃に出た。そのため僕らはもつれ合いの戦いになってしまった。

「てめっ! このっ!」

 しばらく交互に馬乗り状態になって攻防をしていたが、

約五度目の入れ替わりの時に、ついに男が力尽きた。

(……やった……これで篠原さんは……。…あれ? 声が出ない?)

 どうやらもつれ合いの時の砂埃と、顔面を何度も殴打されたからか声が全く出なかった。

(まぁ良いか……。そんなことより篠原さんは?)

 篠原さんは路地の隅で小さく震えていた。よほど怖かったのだろう。

僕はよろける足を何とか奮い立たせ、篠原さんの近くに行こうとした。

しかし篠原さんは、ひどく怯えた顔で……

「嫌っ! 来ないで!」

(……なんで……。僕だよ! 倉崎だよ! くそっ声が!)

 潰れた声で訴えようとしたが、彼女の耳に僕の声が届くことは無かった。

それどころか篠原さんは僕から遠ざかりながら、恐怖にまみれた声で叫んだ。

「来ないで! 嫌っ! 誰か助けてえええぇぇぇ!」

 篠原さんはここら辺一帯に響き渡る声で叫んだ。

僕は彼女の誤解をなんとか解こうと彼女に再度近づいたとき、

「お前っ! 裕子に何してやがるっ!」

 

 ガンッ! 

 

……後ろから誰かに殴られた。

僕は先程の戦いでもう限界だったため、もつれる足で立て直す事も出来ずに、

倒れ込みながら僕の意識は遠のいていった…。

 

 

 

 

 

 

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