第三章 好きだから
「それにしても遅いな……」 僕が下校してから約十分。 後ろを振り向いても、未だに増田の姿は見えない。 遅く歩いているんだから、そろそろ追いついても良い時間帯なんだけど……。 「まさかあいつ……。教室で寝てないだろうな」 あれだけ疲れた様子なら十分にありえる話だった。 学校で一夜を明かされても困るので、僕はまた学校に戻る事にした。 「……! ……けて!」 ? どこかから何か聞こえるような? 気のせいかな? 「……けて! 助けて!」 っ! 違う! 誰か居る! しかも助けを呼んでいる? ……まさか不審者か! もう一度良く耳を澄ましてみると、どうやら丁度目の前にあった路地の奥にいるようだった。 「大変だ! 誰か助けを! ……そんな時間は無い! ……でも僕だけじゃ……。ええいままよ!」 僕は鞄を道に放り出し、全速力で声のする方へ走っていった。
▲
「嫌っ! 助けて! 誰か!」 「大人しくしろ!」 「きゃあ!」 間違いない。おそらく例の不審者だ。 暗がりでここからでは良く分からないが、確かにいる。僕は勇気を振り絞って出ていった。 「おい! そこで何をしている!」 「! ちっ。誰だてめぇ!」 「誰か来てくれたの? お願い! 助けて!」 「お前は黙ってろ!」 「ひっ!」 どうやら最悪の事態にはなっていないようだった。 それにしても今の声はもしかして……。篠原さん? 「面倒な事になったな。…とりあえずぶちのめして殺しちまえば良いか」 「やめて!」 「!」 やはりそこにいるのは篠原さんだ。間違いない。 しかし男はゆっくりとこちらに近づいてくる。僕もすぐに身構えた。 「あぁ? やる気かてめぇ? 勇者様気分も良いが、威勢だけじゃ誰も救えねぇよ!」 その瞬間、男はすぐに僕の近くまで走り込んできて、 その勢いのまま僕の腹部に強烈なパンチを食らわせた。 「うっ!」 身構えてはいたものの、僕は格闘技なんかしたことは無く、 僕の甘いガードをすり抜け、男のパンチをモロに食らってしまった。 そのまま僕は倒れ込んでしまい、続けて男の蹴りを側頭部に受けた。 「ほらな? こうなると思ったから俺様は注意してやったんだぜ? 馬鹿な奴だ。まぁ見られた以上死んでもらうがな」 男が僕にとどめをさそうとする。……やっぱり慣れない事はするもんじゃないな……。 あの時素直に警察を呼んでいれば……。……僕は、好きな人も守れずに、ここで……。 「やめてええええええぇぇぇぇぇ!」 僕の意識が徐々に遠のいていた時、篠原さんの叫びが僕の耳に届いた。 ……篠原さん? ……そうだ。ここで諦めてどうする? まだ、篠原さんに僕の気持ちを伝えてないじゃないか! あの絵が完成した事だって伝えてない! 僕はここで死ぬわけにはいかない! だって僕は……。 「篠原さんが、好きだから」 「あぁ? てめぇ、今なんて言った?」 「うるさい黙れ。僕は、お前みたいな下衆野郎に、殺されるわけにはいかないんだ」 「はぁ? お前、今の状況分かってんのか? 今お前はな―― !」 僕は男の言った事は一切聞かず、ただがむしゃらに男に突っ込んだ。 さっきまで倒れていた奴が急に向かって来てびっくりしたのか、男は一瞬ひるんだ。 この好機を逃さず、僕は本気の蹴りを男の下腹部に食らわせた。 その後、間髪入れずに顔面にパンチ。 よろけた所に足払いをかまし、そのまま馬乗りになって男の顔面を何発も殴った。 「てめぇ……。調子に乗るなぁ!」 「!」 男が激怒し反撃に出た。そのため僕らはもつれ合いの戦いになってしまった。 「てめっ! このっ!」 しばらく交互に馬乗り状態になって攻防をしていたが、 約五度目の入れ替わりの時に、ついに男が力尽きた。 (……やった……これで篠原さんは……。…あれ? 声が出ない?) どうやらもつれ合いの時の砂埃と、顔面を何度も殴打されたからか声が全く出なかった。 (まぁ良いか……。そんなことより篠原さんは?) 篠原さんは路地の隅で小さく震えていた。よほど怖かったのだろう。 僕はよろける足を何とか奮い立たせ、篠原さんの近くに行こうとした。 しかし篠原さんは、ひどく怯えた顔で…… 「嫌っ! 来ないで!」 (……なんで……。僕だよ! 倉崎だよ! くそっ声が!) 潰れた声で訴えようとしたが、彼女の耳に僕の声が届くことは無かった。 それどころか篠原さんは僕から遠ざかりながら、恐怖にまみれた声で叫んだ。 「来ないで! 嫌っ! 誰か助けてえええぇぇぇ!」 篠原さんはここら辺一帯に響き渡る声で叫んだ。 僕は彼女の誤解をなんとか解こうと彼女に再度近づいたとき、 「お前っ! 裕子に何してやがるっ!」
ガンッ!
……後ろから誰かに殴られた。 僕は先程の戦いでもう限界だったため、もつれる足で立て直す事も出来ずに、 倒れ込みながら僕の意識は遠のいていった…。
続
|