第二章 不幸は続く
あれから一ヶ月。 流石にレイ君関連の騒ぎは収まり、僕たちの学校はいつも通りの平穏を取り戻していた。 レイ君はもうすっかり学年の人気者であり、 常に誰かが彼の近くで談笑し、愛称であるレイはほぼ学年全員が好んで使う程になっていた。
そして放課後。 いつも通りに今日も増田と一緒に帰宅していた。 「それでな? そこで山川が……。ん? あれは……レイか?」 僕達より少し先の所に、綺麗な金髪の青年が歩いているのが見えた。 「そうみたいだね」 あの金髪は見間違うはずも無い。紛れもなくレイ君だった。 だが今日はいつもと違って誰とも話しておらず、一緒に帰宅する人もいなかった。 それを見て増田は嬉しそうに…… 「おい。チャンスだぞ! 人気者のレイとお近づきになる大チャンス! 話しかけてみようぜ! 倉崎!」 「え? あ、うん……」 僕達がレイ君に追いつこうと走り出したその時……
キキィー! ドカンッ!
甲高い車のブレーキ音と、人体がぶつかった鈍い音と共に、 僕達の目の前を歩いていたレイ君は、交差点から飛び出した乗用車に轢かれた。 「お、おい……。あれって……。まさか……」 「! 大変だ!」 増田が突然の事でパニックになっている中、僕は考えるよりも早く体が動いていた。 「レイ君!」 急いで近づいたが、彼の状況は酷いものだった……。 頭からは血を流し、手足はあらぬ方向に曲がり、僕が声をかけても一向に反応しなかった。 「何だよこれ……。どうしてこんな事に……」 「増田! ぼーっとしてないで大人の人を呼んできて! 僕は救急車を呼ぶから!」 「! お、おう。分かった。すぐに呼んでくる!」
数分後救急車が到着し、レイ君は近くの病院に搬送された。 その後は緊張の糸がきれたのか、よく覚えていない。 ただその日はずっとレイ君の事が心配だった。
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結果から言うとレイ君は無事だった。全治三ヶ月の大怪我だが、命だけは助かった。 僕と増田はこの事を聞いてとても安心した。 しかしこの事故はレイ君と仲が良かった人を始め、学年でも多くの人が悲しみ、 それにともなって学年全体の雰囲気が落ち込んでしまった。 それほどレイ君の存在は僕達の学年にとって大きな存在であり、 そして大切な存在となっていた…。
レイ君が入院してから、多くの同級生がレイ君のお見舞いに行った。 レイ君と同じクラスの人はもちろん、僕や増田もレイ君のお見舞いに参加した。 しかし、どの日も見舞い客は多く、面会は一度も出来なかった。 その後は、特に何事も無く順調に回復し、そして約三ヶ月後、レイ君は退院する事が出来た。 レイ君が完治した事で学年に活気が戻り、いつもの騒がしさも取り戻していった。 いつものごとくレイ君の周りに人だかりが出来て、いつものように笑顔が生まれ、 そしていつも通りに平和な日々がまた始まる。
……と、誰もがそう思っていた。
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事の始まりは文化祭が始まる少し前、先生が伝えた一つの事件から始まった。 「えー、皆さん。この頃この学校付近で、不審者が度々目撃されています。 すでに我が校の生徒も、不審者に猥褻な行為をされた等の被害も起きています。 皆さん下校の際は十分に注意して下さい。特に今の時期は文化祭の準備等で、 下校時間が遅れる場合があると思うので、なるべく複数人で帰るように心がけて下さい」 その一言をもって今日の学校は終わり、現在放課後。 「不審者情報か……。僕には関係無いか……」 「な〜に言ってんだ。そんな事言ってる奴が真っ先に襲われるんだぞ?」 「だって僕は遅くまで文化祭の手伝いしないから明るい内に帰れるし、 そもそも僕は男だから狙われないでしょ?」 「確かにその通りだな。……だが、お前の大切な人は襲われるかもしれないぞ?」 増田のその言葉に僕はドキッとした。 ……確かに僕は狙われなくても篠原さんは? 今は文化祭の準備期間だから誰しも遅くに帰る可能性はあるし、 篠原さんは女子だから大いに狙われる可能性がある。 僕が不安と心配に駆られ動揺していると、 増田が先程とはうってかわって、おどけた様子でこう言った。 「な〜んてな。まぁ大丈夫だろ。 それともさっきの慌てようからして、お前にも大切な人がいたりして」 「!」 まずい。今まで隠してきたのがばれてしまう! 「まぁもちろんそれは俺――」 「違う」 言い切る前に即答してやった。 慌てた僕が馬鹿だった。そうだよ、増田はこういう奴だ。何の心配もいらなかった。 こんな感じに、いつも通り馬鹿げた会話をしてこの日は帰路についたが、 僕はこの時、なんだか嫌な予感を感じていた。
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文化祭前日。不審者情報が伝えられてから今日で約二週間。 不審者は全く捕まらず、逆に被害者は増える一方だった。 いずれも僕達の学校の女子生徒が被害にあっており、 警察がここら辺一帯の警備を強化しているようだけど、 ここの地域は路地や人気の無い所が多いため、 被害が抑まる事は無かった……。 そのため僕らの学校でも、文化祭の準備は程々にして早めに帰るように先生達に言われていた。 しかし、今日は文化祭前日。 最後の仕上げのため、多くの生徒が夜遅くまで学校に残って作業していた。 かく言う僕と増田も 「今まで手伝ってなかったんだから手伝え!」 とクラスの学級委員に言われ、渋々残ってクラスの作業を手伝っていた。
「よし! これで終わり! みんなお疲れ様! 明日もこの調子で頑張ろう!」 「ふぅ。やっと終わった〜」 「ったく。どうして俺らまでこんな夜遅くまで手伝わにゃならんのだ」 学級委員の終了報告を聞いて、僕は開放感に包まれ、増田はぼやく。 只今の時刻は、夜の八時十分前。えらい遅くまで手伝わされたもんだ……。 「ほら、増田。帰るよ? もう遅いから早く帰らないと。みんな帰る準備してるし……」 「あ? あぁ〜。無理無理。 今すぐなんか無理だって。疲れと疲労が溜まって死にそうだから……」 「疲れと疲労は同じでしょ? 変なこと言ってないで早く帰るよ?」 「えぇ〜」 そうは言ったものの、増田は本当に疲れているらしく体を起こそうとはしなかった。 クラスの手伝いをするなんて慣れないことをしたからだろうか? 「分かったよ。じゃあ僕、先に帰ってるからね?」 「うぃ〜。俺も少し休んだら行くわ〜」 僕は手早く帰る準備をして教室を出た。 すると篠原さんのクラスも少し前に終わったようで、多くの生徒が廊下に出てきた。 篠原さんはいなかったが、クラスの真ん中辺りに、綺麗な金髪が見かけられた。 どうやら、レイ君もこの時間まで作業していたようだった。 「さて、帰るか……」 疲れた体に鞭を打ち、増田が追いつくまでの間、僕はゆっくりと帰ることにした。
続
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