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第四章 ありがとう

 

 

 

 

「……う、うーん。……ここは?」

 目が覚めたら、目の前には綺麗な白い天井があった。

「気がついたか……。倉崎」

「……増田、か?」

 向かって右側に増田の顔が。状況が飲み込めない。

「僕は……。……一体どうして……?」

「お前は、俺が来た時には気を失っていた。詳しい事はそこの二人に聞いてくれ。」

 増田が促した先には、見覚えのある人達が座っていた。

それは篠原さんとレイ君だった。二人は開口一番に

「ごめん!」

「ごめんなさい!」

 と、僕に謝ってきた。訳も分からないまま謝罪されたので、僕は困惑しながらこう返した。

「ど、どうして僕に謝るのさ」

 話し始めたのはレイ君だった。

「ぼ、僕は何も知らずにあんな事を。本当にごめん! 君は裕子を助けてくれてたのに、

僕は勘違いして君を殴ってしまった。本当に、すまなかった」

 裕子? 篠原さんの事だろうか? 少し疑問に思ったが、とりあえず話を進める事にした。

「も、もしかして……。僕が気を失う時に僕を殴った人って……。……レイ君なの?」

「ああ、そうだ。本当にごめん!」

「いいえ! 一番悪いのは私よ! 

だって私、あの時混乱してて、倉崎君がせっかく助けてくれたのに、

勘違いして大声をだしてしまったの……」

 篠原さんが割って入ってきた。確かに叫ばれた時は傷ついたけど……。あれは僕も悪かった。

あの状況で無言の人がよろよろ近づいてきたら、僕だって怖い。

「いや! あれは僕が……」

「あぁもう! 謝り合戦でもしとんのかお前らは!」

「「「!」」」

 増田の一喝で一瞬その場が収まった。続けて増田が言う。

「全員が全員落ち目があるなら、痛み分けで許し合いましょうっていうのが筋だろうが。

いつまでも謝ってばかりだと何も解決しねぇぞ。分かったか?」

「「「はい。分かりました……」」」

「だったらこれで最後だ。ほらみんな一緒に?」

「「「ごめんなさい」」」

 その後、誰からという事もなく四人で笑いあった。

こういう時、増田が友達で本当に良かったと思う。

あ、そういえば……。

「ていうか、なんで増田がここにいるの?」

「うわっ! 今の言葉で俺のガラスのハートは破砕寸前まで……。親友ジャマイカ!」

「よく言うよ……。だったらなんであんなに遅かったの?

あと下らないギャグには突っ込まないよ?」

「あん時はついうっかり仮眠を取っちまって……。

で、気づいて追いかけて走ってたら、お前のバッグが道端に落ちてて……。

うん。一瞬焦っちまったぜ☆」

「まぁ良いよ。あの時お前がいてくれてたら……」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもない!」

 言い切らない僕に対して増田は疑問に思ってたが、さっきの言葉は聞かれてない方が好ましい。

そんな僕達のやり取りを見てた残りの二人は終始笑顔だった。

「この二人には言っても大丈夫じゃないかな?」

「そうね。私もそう思ってたわ」

「ん? なんか言いたい事でもあるのか?」

 二人の会話に増田が反応した。僕も一旦会話を止めたが、その後に続く二人の言葉は、

僕を絶望の底に叩き落とすのに十分すぎる言葉だった……。

「ああ。実は僕達……」

「今……。交際中なんです」

 ……交際中? 付き合っているという事なのか? 二人が? 

僕は何がなんだか分からなかった……。

ただそれは確実に、僕にとって受け入れられるものではなかった。

「おお! おめでたいことじゃないか! おめでとう! 倉崎もそう思うよな?」

「え!? ……あ、うん……」

 増田は当然のごとく二人を祝福した。

対する僕はもはや聞く事を拒絶し、適当な相槌を打つだけで精一杯だった。

交際に至った経緯とか、惚気話とかを聞かされた気がするがほとんど覚えていない。

その後の会話はずっとその話で、僕にとってはかなり苦痛な時間だった。

(早く終われ……!)

残りの面会時間、僕の頭の中はそれしか考えられなかった。

 

 

 

 それからしばらく経ち、ようやく面会時間終了となった。

話していた三人が帰り支度をし始め、帰り際レイ君と篠原さんは僕にこう言ってきた。

「倉崎君。僕が轢かれた時、真っ先に助けてくれたのは君だって聞いたよ。

あの時、君が助けてくれなければ、僕は今……ここにはいない。

裕子とも付き合えていなかった……。ありがとう、君のおかげだ。

本当に感謝している。もし良ければ君とはこれからも友好な関係を築きたい。……駄目、かな?」

「うん。良いよ」

 今思えば凄く心が込もってない返事だったと思う。

「良かった! これからもよろしく! 倉崎君」

「私も感謝してるの。倉崎君。

あなたはあの時、命がけで私を助けてくれた……。本当に嬉しかったわ。

美術の時間の時のあなたでは想像も出来なかったけど。

あの時……二人で一緒に描いたあの絵、出来上がったら私にも見せて。

あなたの絵は、とても、綺麗だから……」

「いつか……必ず見せるよ」

「本当にありがとう。倉崎君」

 そう言って彼女は笑った。

その笑顔はとても優しく……綺麗で……幸せに包まれている……僕が惚れ込んだ……

あの笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 幸い軽い怪我だったため、僕は次の日すぐに退院した。

しかし僕は全然喜ぶ気になれず、むしろ悲しみに包まれていた。

……篠原さんとレイ君が付き合った事が、未だに僕は受け入れられなかった。

「どうして……?……どう……して……」

 僕は泣いた。思いっきり。家中に響き渡るような大きな声で。涙が止まらなかった。

それほど……僕は篠原さんの事が好きだった……。

退屈な日々に、生きる気力を与えてくれた人……。

今まで頑張ってこれたのは、篠原さんの存在があったから…。

泣いてる内に色んな事が頭の中を駆け巡り、泣き止む事は出来なかった。

 

 僕がようやく泣き止んだ時、時間はもう完全に夜中になっていた。

泣きすぎて充血した目で、なんとなく部屋を見渡したら、ある物に目が止まった。

そのある物とは、篠原さんとの思い出の絵だった……。

(こんな物……一体何になる? もう篠原さんは!)

僕がその絵を壊そうと、床に叩き付けようとしたその時

(本当にありがとう。倉崎君)

 っ! 篠原さんの笑顔が目の前にあった。……僕が叩き付けようとした床の所に……

確かに、篠原さんの笑顔が目の前にあった。絵を叩きつけるなんて僕には出来なかった……。

僕と篠原さんとで描いた絵を、壊すなんて出来なかった。

 

「……しの……はら……さん……。

うっ……うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 僕はまた泣いた。先程より長く、深く、そして目一杯泣いた。

……その涙が、僕の中で止まる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

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