第一章 僕らの出会い
四月二十日、僕達の学年に転校生がやってきた。 隣のクラスに転入してきたらしく、僕が居るクラスでもかなり話題になっていた。 「おい! 倉崎、お前も転校生見に行こうぜ!」 転校生がよほど気になるのかクラスメイトの増田が、友達である僕を誘ってきた。 だが僕は転校生なんかにはまるで興味が無い。 だから増田の誘いをやんわりと断り、 いつものごとく自分の机で愛読書の小説を読むことにした。 「なんだよ。つれねぇな……。転校生はハーフだって噂だぞ? 気にならないのかよ?」 その噂は僕も聞いている。みんながみんな噂しているから、嫌でも耳に入ってくる。 でも興味が無い事には変わりは無い。ハーフだろうがなんだろうが僕には関係の無いことだ。 もう一回改めて断ろうとしたが、増田は既に転校生を見に行ったようだった。
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学校なんかつまらない。 体育祭や文化祭という大イベントがあったとしても、関わらない僕には関係の無い事だし、 自分から率先してやろうとは一度も思った事が無い。 学校は将来のために勉強するだけの場所と、小さい頃から割り切って来ていた。 そんな僕の学校生活を見ていたらしい当時の学級委員が、昔僕にこう言った。 「君は毎日、つまらなそうに生きているな。 限られた学校生活なんだから、もっと青春を謳歌したらどうだ?」 大きなお世話だとその時は思っていた。 確かに無気力に生きてはいるが、他人に言われる筋合いは無い。 しかも僕だって、ただ勉強するためだけに学校に来ているわけではない。 僕が学校に来ている最大の理由は……
好きな子がいるからだ。
篠原裕子。同じ学年で隣のクラスであり、体育や芸術の合同授業で少し見かけられる程度。 顔立ちは整っていて、性格は優しいが気弱な感じ。 そこまで親しくはないけど、名前はお互い知っている。 なぜかというと芸術の合同授業の時に、一時期僕達は隣の席になったからだった。
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その時は、名前も顔も知らずにただ隣同士になっただけ、という認識だった。 だから特に自分から関わろうともしなかった……。 ある日、僕は誤って消しゴムを落としてしまった。 少し気だるく感じながら、身をかがめて消しゴムを拾いあげようとしたら、 僕の手よりも早く彼女の手が僕の消しゴムを拾いあげていた。 「はい。この消しゴムあなたのでしょ?」 「あ、うん。ありがとう」 「気をつけてね。倉崎君」 「? どうして僕の名前を?」 「え!? えーと、倉崎君の絵ってよく美術室に飾られてるし……。 その時名前も一緒に……。この絵も、凄く綺麗だし」 僕の絵を見ながら彼女はそう言った。 「この絵は失敗作だよ。どうもここがうまくいかなくて、描き直そうと思ってたんだ」 僕の言葉を聞いて彼女は驚いた。そして何かを考えるように間を置き、僕にこう言った。 「もったいないよ。こんなに綺麗なのに……。 それにここの部分は、こうすれば良いんじゃないかな?」 彼女の言われた通りに筆を動かしてみた。 「凄い……。どうしてもうまくいかなかったのに……。ありがとう! …………えーっと」 よくよく考えてみれば、隣にいる女子の名前も知らなかった。 僕が慌てている姿を見て、彼女は微笑みまじりに僕に名前を教えてくれた。 「私の名前は篠原裕子。どういたしまして倉崎君♪」 その日以来、時々絵のことについて篠原さんと意見交換するようになり、 時折見せる彼女の笑顔に僕は惚れてしまった。 しかし、篠原さんとの楽しい時間はすぐに終わってしまった。 席替えがあり、篠原さんと話す機会は完全に無くなってしまったのである……。
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話す機会は無くなってしまったが、僕の勝手な片思いはまだ続いている。 いつか、彼女に告白をしよう……。 席替えがあったせいで見せてあげられなかった、 僕と篠原さんとを繋ぐ、あの時の絵を持って……。
「きゃー!レイドリックくーん!」 ……甲高い声が僕の耳を突き抜けていった。 一体なんだ騒がしい。落ち着いて小説も読めやしない……。 このままではゆっくりと読めないので、僕は廊下に様子を見に行くことにした。
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「お? 倉崎、やっぱりお前も気になったのか?」 先程転校生を見に行った増田が、教室を出た僕の目の前にニヤニヤしながら立っていた。 不本意ながら、増田の言ってる事は僕にとっては図星も図星なので、渋々返事を返す。 「……まぁ、そんなところ」 「そうかいそうかい。んじゃついて来い。良い所教えてやるから」 「え? ちょっと!」 僕の制止を完全に無視して、増田は僕の腕を掴んで僕を何処かへと連れていった。
「ここだ。ここ。ほらあそこに見えるだろ?」 連れてかれたのは学校の屋上。 そして到着してまもなく、増田はある一方向を指差していた。あれは……誰だ? 「分かんねぇか? あの金髪イケメン君が転校生のレイドリック君だ」 確かに人ごみが出来てて分かりにくいが、その人ごみの中に一際目立つ金色の髪が見えた。 顔がイケメンかどうかは流石にここからでは分からないが……。 「イギリスと日本のハーフらしい。 幼少期は日本で暮らし、小学校からイギリスで勉強したんだと。 母親が日本人だから日本語ペラペラだし、イギリスにもいたから英語も出来るそうだ。 英才教育ってやつかね?」 それは違うと思う……。 「それより、なんでそんなに知ってるのさ……。もう友達になったの?」 「ん? いや、あの人ごみの中でも、質問したら全部丁寧に返してくれてな。 噂通りの良い奴だったよ。まぁでも、あの調子じゃ今も質問地獄でしょうよ」 「ふーん……」 「なんだ興味深々か? よし! もののついでだ。また何か分かったら報告してやるよ」 「ええ〜良いよ。興味ないし」 転校生の事なんて分かったって何の得も無い。知ってどうするんだよ……。 「遠慮するなよ! ついでだから気にしなくて良いって。 そうと決まれば善は急げ! いざ行かん! 決戦の地へ! ……あ、じゃあな倉崎。また後で!」 「あっ、ちょっと!」 増田はそう言って、勢い良く走っていってしまった……。 人の話を聞かない奴だ。もう休み時間が終わるというのに、どこに行ったんだろう。 軽く疑問を持ちながら、僕は自分のクラスに帰ることにした。
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レイドリック君が僕達の学校に転入してきて、一週間が経った。 いまだ収束の兆しも見せず、学年中がレイドリック君の事で騒いでいる。 おかげで僕は、休み時間にのんびりと小説を読む事が出来なくなった。 だからこの頃はいつにも増して、暇な毎日を送らされている。 そんな僕とは違って、 増田はあれから毎日、休み時間になる度に情報収集をしているようだった。 ある時は人ごみを掻き分けて本人に質問。 またある時は、隣のクラスの人達にまで質問し、情報を聞き出そうとしていた。 ちなみに今は放課後なので、帰宅部である自分はもう帰ろうとしていた。 その時、教室の扉を勢い良く開けて…… 「く〜らっさき〜! 大量に調べてきたぜぇ〜」 増田が入ってきた……。満面の笑みで……。
僕は早く帰りたかったので、帰宅しながら増田の収穫した情報を聞く事になった。 増田が言うには、レイドリック君の愛称はレイ。頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗。 性格は優しく、見ず知らずの人でも助けてしまうお人好し。超が付く程良いやつらしい……。 だからこそ転校して早々とクラスの人気者。学年の女子の大半も彼にメロメロのようだ。 ……そんな事、僕が知ってどうなるというんだ……。 僕が家に到着するまで、僕は増田の戦果報告を聞かされるはめになった…。
続
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